行楽日和 マナの女神に選ばれた勇者たちは、昨夜遅く商業都市バイゼルに到着した。
神獣との連戦続きで武器も道具も心許なく、さらに疲労が溜まっているのも確かでせっかくならばすべて揃う大きな都市に行くぞ言い出したのはデュランだった。
そして一夜を過ごし泊まる宿の窓を開ければ、雲ひとつない清々しいくらいの青空、いま自分たちの置かれている状況「神獣を倒す旅」のことを忘れてしまいそうだった。
この土地をよく知るフォルセナ出身のデュランは、せっかくなら朝市で飯を調達しないかと砂漠育ちと夜の森で育った二人の仲間を外へ連れ出す。
街の中へ歩みをすすめるだけで気持ちのいい潮風が活気のある声とともに身体をすり抜ける、戦いの息抜きには丁度いいなと思わず口角を上げていた。
「この街はどうしても夜のいかがわしい店が賑わってるイメージがあるんだが、朝も随分賑わってるんだな」
意外だとばかりに数歩後ろを歩いてるホークアイが朝市を軽く見渡しながらデュランの背中へ話しかける。
「あぁ…バイゼルはどうしてもブラック・マーケットばかり目立つんけどよ、朝市もかなり賑わってるんだ、伊達に商業都市じゃねぇんだよ」
「早朝なかなかこの辺歩くことないから知らなかったぜ、朝もいいなぁ…美女と散歩だったらもっと最高だったな」
「ったく、お前はそういうやつだよな。おい、ケヴィン。さっきからうつむいてるけどお前まだ眠いのか?」
「……うぅ…」
食いしん坊なのに先程から空腹を訴えることもなくうつむきがちで二人の後ろをとぼとぼとついてきている、彼は時折目元を擦りながら小さくあくびをしていた。
もともと夜の森育ちなのか、朝日の元だと寝起きがあまり良くないのも知っているのでデュランはいつものことだろうと励ました。
「あともうすこしの辛抱だ!早朝の採れたての魚が食える店が見えてくるぜ!」
「……ぐぅぅぅぅ…ほっホークアイ…」
「ん〜ケヴィンどうした?ん?あれは…」
どうもホークアイはケヴィンの様子で何かに気がついたらしいのだが、デュランは特に気にせず、ずんずんと歩みを進める、どうせ朝食をたらふく食べさせればいつもの調子に戻るだろう。
「お前ら、あそこの飯量もあるしマジでうまいから今から覚悟しとけよ〜ってあれ、あいつらどこ行った?」
そう言いながら笑顔で後ろを振り向いてみるが、いつの間にかついてきたはずの二人が後ろにいない。
キョロキョロとあたりを見渡せば、どこで手に入れたのかイカの串焼きをむぐむぐと食べながらこちらに向かってくるケヴィンが視界へ飛び込んできた。
「むぐむぐ…むぐっデュラン、これ、うまいな!」
「はぁ?なんだよお前、いつの間に食ってんだよ!無駄遣いはできねぇって言っただろ!」
「むぐ?むぅぅ」
突然片眉を上げたデュランに突っ込まれたケヴィンは串焼きを口に入れたまま眉毛をハの字に下げた。横から同じ様に向かってきたホークアイが助け舟のように身体を乗り出す。
「おいおい、そうかっかすんなよ。旨そうな匂いだったからね、そこの屋台で俺もほらつい買っちゃってさ」
気がつけばホークアイの手にも同じものが握られている、どうもデュランの分は頭数にいれていないのがありありと見え隠れし思わず串焼きを凝視してしまった。
「なんだよお前ら、俺達は観光してんじゃねぇんだぞ!?」
「このくらいはいいじゃないか?それにデュランのこだわりに付き合ってるとケヴィンの腹が空腹音で破裂しそうだったしさぁ」
それでさっきから黙ってうつむいてたのか……勝手な真似しやがってと腕を組んで二人を交互に睨みつける。
「ったくしょうがねぇな。もう少しで着くんだぞ!?それに無駄遣いできねぇってお前も言ってたじゃねぇかよ!」
「そうそう、だからお前のぶん買ってないんだけどね」
「ホークアイ、てめぇ…」
ホークアイはしてやったりという顔をしながら、眉毛がハの字のままのケヴィンをなだめるよう肩に回した腕で軽くたたきながらいつもの調子で話題の矛先をそらし始める。
「お前さんも朝からそんなに眉毛下げるのやめなよ。しかしなぁいい天気だし潮風も本当にきもちいいし、この行楽日和に歩きながら食うのうまいよなぁ、ケヴィン!」
「う?」
「くっそ、お前はそうやっていつもはぐらかすよな…」
その様子をデュランは横目で呆れたように睨みつけると、はぁっと諦めたようにため息を付く。
「それに、今日くらいは戦いのことはすっかり忘れて美女と砂浜デートしてもお咎めうけない気もしてきたな」
「おい、突然何言ってやがる」
「よし、せっかくだし今日はもう武器調達や道具調達もやめて久しぶりに休息とするかい?義賊だって一週間は働き詰めないぜ、それに剣士だって休息は必要だろ?」
「おっおまえが、勝手に決めるなよ!」
ウィンクしながら話しかけるホークアイの横で、いつの間にか串焼きをすっかり腹に収めていたケヴィンは、空いた手のひらでデュランの服を少し引っ張る。
「あっあの、デュラン、もし今日戦いをやすむっていうなら、オイラちょっとだけ行きたいところがあるんだ、行ってもいいか?」
あまり主張しない彼が珍しくそんなことを言ってくるので、ホークアイと思わず顔を見合わせたあと早速聞いてみることにした。
「行きたい場所って、どこだ?」
「モールベア高原」
「えぇ!?」
「はぁ!?」
あまりにも予想外の場所だったので二人して思わず同時に大きな声を上げてしまった、通行人が何事とちらりとこちらをみてくる。
「こんなに天気のいい日になんでモールベア高原なんだい?デュランみたいなツンツンヘアーの生き物しかいないじゃないか」
「くってめぇ。というかお前、今更なんであんな穴だらけのところ行きたいんだよ?めぼしい物はないぜ?」
「うーん。行ったら、おしえる」
デュランはそんな彼の予想していなかった申し出に思わず腕を組み難しそうな顔をしてしまう、たしかにここ最近の神獣戦は立て続けだった。
二人共絶対に口には出さないが、疲労も限界まで来ているは手にとるようにわかる、だからこそ一旦バイゼルに戻り今日はまず装備品や道具を揃えてから今後のルートを考えようと思っていたのは確かだ。
ケヴィンがなにかいいたそうに様子を伺いながら上目遣いで眺め、さらに手持ち無沙汰なのか指をうごかしてはじめた。
「う〜〜やっぱり、だめか?」
その様子にこういうときは妙に感のいいホークアイは何かを納得したかのように、うんうんと頷きながらデュランの肩をポンポンと叩く。
「デュラン。たまにはいいんじゃないのか?ここ連日ずっと厳しい戦いばっかりだ、さっきも言ったとおり息抜きは大事だぜ?」
「たしかにそうなんだが…俺達は急ぐ旅じゃねぇか、あまり寄り道をするのは…」
「いや、ちょっとくらいの寄り道したって、まぁ、大丈夫さ。すぐにでも世界が終わるわけじゃないし、な。それに、俺もケヴィンもわりと限界ってしってるだろ?」
いつのまにか笑うのを止めた切れ長の眼差しではっきりそう言われてしまうと首を横にふる理由が他に思いつかず、答えのかわりにふうっと一回息をついた。
「…よし、ケヴィン。朝飯食って昼飯調達したらまずはモールベア高原いくぞ」
「ほんとか!?ありがとうデュラン!」
満面の笑顔を浮かべたケヴィンの頭を返事のかわりにぽんぽんと軽く叩いていると、ホークアイはその光景ににやりと口角を上げ何を思ったのかデュランの肩に肘を乗せた。
「まぁーやっぱりお兄ちゃんっていうのは、可愛い弟のおねだりには弱いもんだよなぁ〜?デュランく〜ん?」
「うっうるせぇなお前!あと人によっかかるなよ!うぉっいきなり体重かけんな!」
ケヴィンがどうしても行きたいと言った場所は、モールベア高原の中でも崖の上のため自力歩行で行くのはかなり厳しい場所であり、フラミーの力を借りて上空から行くことにした。
「あっあった!あそこ、みて」
人指の先には、真っ青で小さな花の群生地。
それは一斉に太陽に向かって咲いており、時折潮風に吹かれる。
キラキラと光を受ける花びらが潮風に揺れる様子は、まるで陸の上に現れた海のような波打ち際のようにもみえた。
「すげぇ、なんだこりゃ……」
さすがのデュランもその光景には感嘆の声をあげてしまう。
フォルセナは知り尽くしているはずだったが、まさかこんな群生地がモールベア高原にあるのは知らなかった。
ホークアイも心底感心しながら眼差しを緩め、少し興奮気味のケヴィンを見つめる。
「お前…たまにすごいところに着目するよな、よくこんなところみつけたね」
「えへへ…ちょっと前ここ通ったとき、フラミーからみえた。こんなふうにたくさん咲いてる花、オイラみたことなかったから、もっとよくみたかった」
「まじですげぇなこりゃ…ちょっとフラミーに降りてもらうか」
「え?降りてくれるの?」
「あぁ、もっとよくみたいんだろ? 」
「やった!うれしい!ありがとう!」
そう言いながら、ケヴィンは満面の笑みで正面からデュランへがっしりと飛びついた。
「うっわ!フラミーの上で飛びつくな!あぶねぇ!」
群生地のそばでフラミーにおろしてもらいお礼を言うと、返事のように一鳴きして飛び立っていった。
ホークアイが腕を組みながら改めて感嘆の声を上げながら真っ青な群生地を見渡している。
「うわぁ〜降りて近くで見るとほんっとすごい景色だな、あぁ崖の下の海と空と花びらの青か…今男三人なのが残念なくらいだよ」
「あのなぁ…お前…っておいケヴィン!どこ行くんだ!」
この光景にあっけにとられている二人をよそに彼は青い花の中へずんずんと進んでいった、暫くするとちょうど日の当たる場所でごろりと寝転ぶ姿がみえた。
その様子にデュランは眉毛を寄せながら思わずはぁっとため息をつくと、同じ様に青い花の中を進んで寝転んでいるケヴィンに近寄り隣へ座ってやる。
後ろを振り向くとホークアイは腕を曲げてやれやれとポーズをしている、どうやらここまで来る気はないようだった。
「あぁ…あったかい…いい匂い…」
こういう時のケヴィンは何を考えてるのかホークアイ以上によくわからない、正直に思ったことをつぶやく。
「お前、ここで何がしたいんだ?」
「あの、デュラン、オイラ、空が青いの知らなかったし、おひさまがこんなあっかいっていうの知らなかった」
夜の森で育ち外を知らないならあたりまえの話だが、やはり言いたいことがよくわからい。さらに申し訳ないような言い方だったのでぶっきらぼうに返した。
「知らねぇことはいちいち気にすることじゃねぇよ、憶えていけばいい」
「うん。こんな空みたいな、海みたいな花があるのもしらなかった、まだ知らないこと、たくさん。なのにこの世界がなくなるの嫌だなって思ってる」
「……」
潮風が再び流れて青い花びらがゆっくりとゆれるのが見える、何かを言いたげなケヴィンの横顔を何気なく眺めていると、ようやく口元がゆっくりと動き出した。
「確かにちょっと戦うの疲れてた。でも、これみてオイラやっぱり思う。この世界をまもらなきゃって、戦わなきゃって」
「へっそうだな…俺もそう思うぜ、こんな光景を二度と見れなくなるなんてありねぇよな、世界は俺達しか救えねぇ」
「うん、マナの女神様、助ける」
はっきりとそう言いながら彼はゆっくりと起き上がる、そこには朝のようにどこかうつむきがちだった姿はもうなかった、おそらく連戦続きで疲れも不安もあったのだろう、デュランは改めてここへ来てよかったんだなと思わず笑顔になった。
「マナの女神様助けたら、またここにきたい」
「そうだな、今度は男三人は嫌だとかとか抜かすやつ無しで来ようぜ!」
「うわわ、デュラン!」
デュランは笑いながらそういうとケヴィンの頭をがしがしと勢いよく撫でてやった。
するといつの間にか二人の側へ来ていたホークアイがじぃっとこちらを見下ろし、突然片方の手のひらを頬に当てながら寂しそうにつぶやきはじめた、わざとらしく棒読みで、いつもの調子だ。
「うっわぁ、ひどいなぁ〜俺だけ仲間はずれなんて、デュランくんよぉ。二人だけでくるのずるいんじゃない?」
「わざとらしくくねくねしながら言ってんじゃねぇよ、気持ちわりぃ」
「あはは」
再び青い花びらはざぁっと音を立てながら風で揺れる…それはさざなみのようで、キラキラと花に反射する光は水面にもみえた。
「さてと、だいぶ一息ついたよな。そろそろフラミーを呼ぶか?一旦バイゼルに戻って装備品と道具の見直しだな」
「待ったく気が早いなーデュランは。今日は休みを満喫してるんだから、もう少しいてもいいだろ?
ほらよく見てやれよケヴィンがなにかしてる」
ホークアイに肩を叩かれたので横を振り向けば、たしかに彼はあちら側に後ろを向いて何かを作っているようで、デュランは不思議そうにその背へ声をかける。
「なにしてんだ?お前」
「できた!デュラン、手のひらをだして!」
「あっああ」
デュランの手のひらにそっと置かれたのは小さな青い花かんむりで…かんむりというには少し無理がある、腕輪くらいの大きさだった。
「…は?これは…花かんむりか?まさか、これ俺にか!?」
「うん、連れてきてくれたお礼」
海と空の真ん中にさいた青い花の群生地の真ん中で、想像もつかないものがデュランの手のひらに置かれている、思わず小さな花かんむりとケヴィンの笑顔を交互に凝視していた。
ざわざわと心の奥から不思議ななにかが湧き上がってくる、こういう時はどうすればいいのか言葉に詰まるのだが…ひとまずお礼くらいは言っておこうと思った。
「そっそうか……あっありがとよ、でもさすがにこれは身に付けねぇぞ」
「いいよ、べつに。これしかお礼、おもいつかなかったし」
突然となりから「ぶっ」と盛大な吹き出す音が聞こえた、目元を必死で抑えながら笑いをこらえているホークアイの姿がうつるのでデュランの眉間の皺が一気に増えた。
「くくくく……ケヴィン、お前、すげぇ…その花…花言葉の意味もわかって無くやってるだろ…」
「え??はなことば?なに?」
「やっぱり…お前…たいした皇子さまだわ…くくく…そのままでいてくれよ…くっデュランの面まじでやべぇ…うける…鏡がねぇのがもったいねぇ…」
キョトンとしながら首を傾げているケヴィンの横でもう耐えられないと腹を抱えて爆笑するホークアイに顔を指摘され、額にびきりと青筋が走ったのを感じ、思わずホークアイの胸ぐらを掴んでいた。
「ホークアイ、ててててめぇなに爆笑してやがんだ!?あぁ!」
「ぷっくくくく…デュランくん〜おや?何耳まで赤くなってるのかな〜?ガラじゃないんじゃなーい?」
「はぁ!?うるせぇよ、何で赤くなるんだよ俺が!てめぇまじで殴るぞ!?」
「いや〜やめて〜脳筋の暴力反対!!」
「え?まっまって!ふたりとも喧嘩はだめ!!」
結局ケヴィンに止められて、本気でホークアイの横っ面を殴らなくてすんだ。
そして潮風の気持ちよさと行楽日和なのも相成りすぐにフラミーを呼ぶことをやめて結局男三人で昼飯まで満喫してしまった。なんだかんだ言って一番楽しんでいるのは文句を言っていたホークアイのような気もしてくる。
デュランはケヴィンからもらったちいさな青い花かんむりを手のひらにのせて何気なく眺めた、先程胸の奥へ浮き上がった不思議な気持ちがなにかはまだ、わからない。
※ネモフィラの花言葉
「愛国心」「成功」「清々しい心」「荘厳」「私はあなたを許します」
デュランのことを言ってるような花