バレンタインデーというのは厄介な日だと思っているが、厄介なことばかりではない。行事ごとにしっかりとアンテナを張っており、マメなところがあるアレンは毎年バレンタインデーの贈り物をしてくれるのだ。貰ったバレンタインデーのチョコレートの大多数は好意だけを受け取って口にはできないけれど、アレンから贈られるものは感謝の言葉と一緒に味の感想を伝えるようにしている。ボクとアンそれぞれのことをよくよく考えた上で選ばれているのであろうアレンからのバレンタインは、毎年楽しみにしているところがあるくらいだ。アレンに言ったことはないけれど。
「あ、夏準」
「どうしたんですか?」
「喉乾いたから」
「コーヒーでも淹れましょうか」
「いい。今それ食べてるんだろ」
アレンから貰ったチョコレートをリビングで食べていたタイミングで、作曲作業で部屋にこもっていたアレンがリビングへとやってきた。椅子から立ち上がろうとしたボクを静止したアレンは、冷蔵庫を開けて覗き込んでいる。何を選ぶのだろうかとぼんやりと思いながら、アレンから貰ったチョコレートを一粒摘んで口に運ぶ。
「……それ」
「いただいてます。今年もありがとうございます」
「いや、俺がしたくてやってるだけだし……口に合うか?」
エナジードリンクを選ぶのかと思ったが、アレンはミネラルウォーターを選んだらしい。ペットボトルを手にしてすぐ近くまで歩いてきたアレンに「味見します?」と聞いてみたら「それ、おまえにあげたやつだろ」と返された。
「そうですね。この美味しさを共有できないのは残念ですが……」
「……そう言われると気になるだろ。自分用も買えばよかったかな」
「アレン」
「ん?……、」
手招きをすると素直により近くまで来てくれたアレンのくちびるにキスをする。ぱちぱちと瞬きをしたあとに、キスの意図がわかったらしいアレンに「いや、これじゃ分からないだろ」と冷静に返されて、くつくつと笑ってしまった。
「もっと熱烈なキスをご希望ですか?しょうがないですねぇ」
「してほしいとは言ってないけど……」
「では、やめますか?」
「やめるとも言ってないだろ」
なんとも言えない、という顔をしたアレンからちゅ、と触れるだけのキスをされた。そのまま遊ぶようにわざと音をたてなから啄まれる。そういう気分なのだろうか。
かわいらしいキスを繰り返すアレンに「そのキスでは、チョコレートの味は分からないのでは?」と言ってみたら「じゅうぶん甘いからいい」と返されてしまった。そう言われると味わわせてあげたくなってしまうものだろう。
「しっかりと味わってくださいね」と宣言してから、薄くあいたくちびるの隙間に舌をねじ込んだ。