穴講座 社畜街道まっしぐら、激務の積怒が5日ぶりにやっと帰ってきた。自分の晩飯もまだだろうに、弟たちのために買ったドーナツを片手に。
「俺は先にシャワーを浴びてくる。お前たち、食べてていいぞ。」
リビングに入り、箱を置いたかと思えば 顔も見ずに浴室へ消えていった。
「ワ-イ 積怒ありがと〜」
最初に飛びついたのは天真爛漫、末弟の空喜だ。どれにしようかな〜、と好き勝手に物色している。
「儂は穴の空いたやつは好かん…。空喜はそっちを食え。」
よく分からないわがままを押し付けているのは空喜の一つ上の兄、哀絶。
「それでは〜!可楽センセイのアナル講座ハジマリハジマリ- 助手を務めますのはコチラの哀絶クンです。」
「なんか始まった…」
気持ち悪い講座を開催し出したこの可楽というのが、積怒のすぐ下の弟で大学生だ。
巻き込まれた哀絶が、サッと距離をとって空喜の後ろに隠れる。
「穴?なに?とりあえず食っていい?」
盾にされたとは気付いていないようだ。
「ダメじゃ!穴を侮ってはならん!アナだけにwww」
「キモ…え、可楽 酔ってる?」
「あ〜晩飯の後にアレ飲んでたぞ!」
空喜の指した先には、ストロング0のロング缶があった。それも2本。
「おい!聞いとるんか!お前ら!高校生にもなって穴を知らんと、将来怪我をするぞ!」
「うるさ…知ってるし。」
「俺はこれ食うね!」
空喜は哀絶に言われた通りの普通の丸いドーナツを手に取った。
「ハイ!空喜クン、そのタイプの穴はドーナツ界ではスタンダードでも、人間界ではあり得ません!ダダ漏れwww」
「空喜、向こうで食べよう…なんでこんな荒れてんだろ…」
「こらっ逃げるな!お前は助手だと言うたじゃろうがっ!」
首根っこを掴まれ哀絶だけ捕まってしまった。
「この中にクリームが入ってるタイプのドーナツの、この穴を見ろ…。入り口が狭い…無理に入れると中が破けてしまう…そっと、入れるんじゃ…」
「本当に気持ち悪い。食べ物で遊ぶな。あっちょっと!可楽!」
「えぇ、なんで哀絶のズボン脱がしとるんじゃ。」
可楽に組み敷かれて綺麗なお尻が見えている。哀絶は武道を習っているので、普段なら大学生の可楽相手でもこうはならなかっただろう。お酒のパワーと気持ち悪い奇襲で醜態を晒してしまった。
「女体盛りの男バージョンでもすんの?」
空喜の素朴な疑問に哀絶が絶望する。助けてはくれないのか。
「人間の穴は、こっちのドーナツと一緒だ!見てみろ!」
「嫌じゃ!見せるなら自分のを見せろよ!」
「いや、どちらのも見たくはないが。」
そこに風呂上がりホカホカの積怒がリビングに入ってきた。
「騒がしいな。何を見せるんだ…っ可楽!何をしている!?」
あ、雷が落ちる。みんながそう思い身構えた。可楽ただ一人を除いて。
「うるさい!帰れるなら事前に連絡くらい寄越せ!!」
「何をそんなに怒って…」
「こんなもの買って帰る暇があったら儂のメッセージくらい読めるだろうが!!!」
そう、可楽は積怒の恋人だ。ただでさえいつも仕事で忙しくて相手をしてもらえないのに、今回はいつ帰れるかわからないとまで言われていたのだ。今日も帰ってこないと思い、珍しくヤケ酒をしてしまったようだ。しかし、帰ってきたのだから喜べばいいものを…。
「さ、酒飲んだらシないってっ!積怒が言ったからっ我慢してたのに!な、なんで今日に限って、帰ってくるんじゃ!バカ!帰ってくるなあ!うぁー!」
可楽が、泣いた。
組み敷かれていた哀絶は這々の体で逃げ出し、空喜に抱き締められている。男子大学生のマジ泣き、ど迫力である。
「積怒。楽兄、酔ってるぞ。」
空喜に言われて気がついたようだ。テーブルの2本空き缶を見て大きなため息が出た。
「…はぁ、巻き込んで悪かったな。ドーナツはお前たちで好きにしろ。」
着ていた部屋着の上からジャケットを羽織る積怒をみて哀絶が尋ねる。
「お帰りは明日の夜じゃな」
「あぁ、世話をかけるな。家事を頼む。」
「なんじゃ、また出かけるのか?楽兄どうするんじゃ」
吐きそうなほど泣いている兄を足蹴にする空喜。
「無論、連れて行く。」
可楽を立ち上がらせ、颯爽と担いで出て行った。
「積怒、滞在時間20分じゃ…」
そうか。社畜は大変だよな。哀絶は無心でドーナツを食べるマシーンと化した。
積怒の激務はまだまだ続く。