匂い「あーー、終わったーー」
「今日も疲れたでやんすねぇ…」
夕暮れ時、雷門中サッカー部の練習が終わり、部員たちは部室に戻ってきていた。
全員みっちり練習していたため、汗だくで砂埃にまみれていた。
「皆お疲れ様!今日も汚れたねぇ💦」
サッカー部マネージャー、藤宮 千咲(ふじみや ちさき)は、疲れ果てた部員たちのためにタオルとドリンクを手渡していた。
「!ありがとうございます、マネージャー」
「いえいえ、皆はたくさん練習してたんだもん、このくらい当然…」
すると、途中まで普通に喋って動いていた千咲がピタッと止まった。
「?マネージャー、どうしたんすか?」
傍にいた壁山が不思議そうに千咲を見る。
「……竜吾……」
「あ?」
千咲はじとっとした目で、目の前にいる染岡竜吾を見つめていた。
「…竜吾、めっちゃ汗臭い……」
「はあ!?」
「(;゚;ж;゚;)ブッ」
千咲の放った一言に、染岡は怒りの表情を見せ、部員たちは必死で笑いを堪えていた。
「何だよそれ💢!」
「だ、だってそうだもん💦!」
染岡は千咲に詰め寄り、歯をむき出しにして怒る。
「俺が臭いってのか!?」
「……う……うん………」
間違ってないが間違ってる答えに、染岡は更に目を吊り上げた。
「千咲てめぇ…💢!」
「きゃ…!?」
だんっ、と染岡は千咲にいわゆる「壁ドン」をした。
壁に追いやられ逃げ場が無くなった千咲は、恐る恐る目を開ける。
「…っ!」
千咲の目の前には、怒りに満ちた表情の染岡がいた。
こうなった染岡は中々機嫌を直してくれない。
その怒りを何とか出来ないものかと、千咲は頭をフル回転させた。
「んえ…ど、どうしようかな……っ!そうだ……!」
千咲は、何か閃いたかのように明るい表情を見せた。
「はっ!」
「な!?//」
そして、千咲はそのまま染岡に抱きついた。
染岡は顔を真っ赤にし、周りの部員たちは唖然とした表情で二人を見ていた。
「な、ななな何するんだよ!//」
「私の匂い分けてあげる!この間洗剤を新しくしたんだ!これで竜吾もいい匂いになるはずだよ♪」
必死で考えた結果にしてはどうしようもない事をしながら、千咲は笑顔で答える。
「い、いいから離せ!!//」
染岡は全力で振りほどこうとするが、どうにも千咲相手にはそれが出来なかった。
「もう少しだけ!ね、いいでしょ??」
おねだりするような表情を浮かべながら染岡をホールドする千咲は、小悪魔以外の何者でもなかった。
「す、すごい…」
「染岡さんにあんな事出来るのはマネージャーくらいでやんす…」
部員たちは口をあんぐり開けて、変わらず2人のやり取りを見ていた。というか、見ている以外の行動が出来ないくらい驚いていた。
「も、もう十分だろ!//」
「んにゃ!」
染岡は千咲をなるべく優しくひっぺがすと、後ずさって深呼吸をした。
「ぜぇ、はぁ……//」
「あう…ご、ごめんね竜吾…💦//」
千咲は申し訳なさそうな表情で染岡を見る。
「…ま、まぁ、別にいいけどよ……//」
「!よかったぁ…!そうだ、どう?いい匂いになった??//」
無邪気に聞いてくる千咲に、染岡はため息をつく。
「知らねぇよ全く…ほら、さっさと着替えて行くぞ//」
染岡はそう言うと、さっと着替えて荷物をまとめ始める。
「あ、ま、待ってよー💦」
千咲も慌てて自分のカバンにタオルや筆箱をしまい始めた。
「千咲ちゃん、ちょっとこっち手伝ってくれるー!?」
「!はーい、今行くー!」
ふと、同じくマネージャーの秋が、グラウンドから千咲を呼ぶ。それに返事をして、千咲は走って部室から出ていった。
「…はあぁ…………//」
それと同時に、染岡は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「!染岡、大丈夫か?」
「散々千咲に振り回されてたからなぁ笑」
円堂や半田が声を掛けるものの、染岡の耳にはほぼ入ってきていなかった。
(…本当にいい匂いしたし…いきなり抱きついてくるとか、あいつわざとやってるのか……?//)
染岡はそんな悶々とした気持ちが暫く胸から離れなかった。
そして、毎回あんなことされては心臓がもたないと、染岡は翌日から制汗剤を持ち歩くようになったそうな。