御帰宅　主のルーティーンはこうだ。屋敷に帰ると主はフラフラしながらバスルームに向かい、フェネスは入浴の準備をする。歩きながら脱ぎ捨てられた服をフルーレが回収する。フェネスはシャワーをさせ、フルーレが着替えさせ、ロノの夜食を食べる。ここまでの一連の動作の中、主はほぼ会話が無く、無気力で自ら動く事はほぼ無い。フルーレやフェネス、ロノに世話を焼かれ、身の回りの事は全て済まされる。人形の様な主は、フェネスに身体を清められ、フルーレにナイトウェアを着せられ、ロノによって口に運ばれた食物を飲み込み、その料理を食べ終わる頃、やっと自我を取り戻すのだ。ゆるゆると起き上がってくる意識に、執事たちはいつもホッと胸を撫で下ろす。主が仕事から帰った時は毎回、執事たちは、このまま人形の様な状態から戻らなかったらどうしよう、という不安に襲われるのだ。心臓が動き、呼吸をする、体温を持っただけの、人形。中身の無い器。そうなってしまったら、という恐怖は、主が生に執着しない限り、終わる事は無いのだ。
　自我を取り戻すと、主は酒瓶を持って屋敷を徘徊する。気分で適当な執事に声を掛け、話を肴にして微睡むまで酒を煽る。意識が遠のいてくると、声を掛けられた執事は主を抱え部屋に運び、添い寝をするのだ。
　正直、執事たちは、初めは戸惑う事も多かった。価値観も感覚も、まるで違う。主の世界の平均なのかとも思うが、本人自身マイノリティだと言うからには、執事たちの感じた戸惑いは、主の世界でも一般的なのだろう。だが、確実に言える事は、主は執事たちに心身の全てを委ねており、また、執事たちの事を大切にしているという事だ。その証拠に、彼女の口癖の1つとして「私の可愛い可愛い大切な」という台詞がある。枕詞として多用するが、そこに嘘偽りが無い事は確かだ。
　彼女は何方かと云うと理屈っぽく、感情論は好まない所がある。物事を数字で捉え、天秤に掛けて益を取るのだ。それは多角的で長期的に捉えている事が多く、しばしば、執事たちの理解の範疇を越える。彼女の超理論を全て理解する事は、困難だ。彼女の仕事も、その性格に拍車をかけているのかもしれない。しかし、彼女は執事たちに自分の価値観を押し付ける事はしない。良い意味でも、放任主義、個人主義なのだ。理解出来ないのならそれで良い、人間が完全なる相互理解をする事など不可能だ、と彼女は言う。
　彼女は朝が弱く、ロングスリーパーだ。仕事が休みの時は昼過ぎまで寝ている事も多い。寝起きで誰も居ないと彼女は少し不機嫌になる。ムーだけでも居てくれたら良いのだが、ムーが起きて活動をしてしまったり、添い寝をしていた執事が仕事で、どうしても目覚めに立ち会えない時、彼女は朝食を摂らない、というちょっとしたストライキをするのだ。彼女は日に1〜2回程度しか食事をしないので、朝食のストライキは執事たちがやきもきする原因の1つにはなる。
　そんなこんなで彼女は1日を始め、仕事に行ったり、休日を過ごしたりするのだ。



END 2023.09.18
改変 2023.10.25