私の箱庭あれはそう、ファントムが私の前に現れる少し前までのことだ。
私はごく偶に夢を見ることがあり、その内容も舞台もいつでも決まって同じ場所であった。
淡い色をした青空の下、昼下がりでも少し肌寒い風と青々とした草の匂い。
そして母から習ったばかりのピアノの曲を口ずさむ幼い私の声。
そしてその傍らには何の濁りのない柔らかな笑みを浮かべた母の姿がそこにあった。
その場所は母と暮らしを共にしたあの家の庭だったのだ。
偶にある事も年数を重ねて事象が続けば常へと変わるもので、何度もその庭を訪れるうちに私は、はたと気づいたのだ。
あれは私の「幸福」の姿なのだと。
――時は経ち、濁りきった情念全てを注ぎ込んであの男を追いかけている中で、美しい情景は粘ついた感情で塗りつぶされていった。夢を見ることも無くなった。
その庭の行き方も、そして存在すらも全て記憶の奥底にしまい込んでいたらしい。
だのに
近頃またあの庭が夢に現れるようになったのだ。
かつての光景と風も草の匂い。そして遠くに見える母の姿や、幼い私の歌までも変わることなく、再び鮮やかな姿で私の目の前に広がっていた。
…だというのに、強烈な違和感に眉をひそめる。この庭に似つかわしくない異物がひとつ、あの頃には無かった人の気配だ。
――私と母の他にももう1人、この庭にいる…!
がばりと気配の方向を向くと、周りを取り囲む風景に溶け込む気は微塵も無いかのように、調子の良い口をぺらぺらと回しながらいつの間にか母と和やかに話す男が1人、そこにいた――
◇
「あれ、起きちゃった。チェズレイ、おはよ。」
私を包むのは柔らかなシーツと毛布、そして肩に乗せられた暖かな手のひらだった。
「…もくまさん…貴方って人は…」
「えっ?なして…?」
「…いえ、こっちの話です。」
「…そっか。でも分かるよ、お前さん何か良い夢見てたんでしょ。寝てる時すごく穏やかな表情してたよ。」
私はなんとなく気恥しいような気持ちになり、再び毛布を深く被って布団へ潜り込んだ。
モクマさんはそんな私の身体を優しく撫ぜてくれている。
彼の腕の中、私は微かな声で歌を口ずさんだ。
夢で聴いていた音より1オクターブ下で口ずさんだ。
――もう二度と幸福を手放してしまわぬように…「〜♪」
「……モクマさん…曲を知りもしないのに鼻歌を被せて入るのはやめてください。」
「いやぁ、すまんすまん、今度どんな曲か教えてよ。お前さんのピアノでさ。」