大人のスキンシップ、教えてください!「じゃあ、先生が……大迫先生が練習台になって下さいよ。あの時みたいに」
「は……何言ってるんだ小波、少し冷静になれ。そういうのは例え酒の席でも言っちゃ駄目だ」
お酒に呑まれて感情的になっていたことは認める。それでも、堰が切ったように溢れる思いの止め方がわからなかった。
元はと言えば先生の所為だ。先生の所為で、わたしはここまで拗れてしまった。あなたに憧れて、恋愛に憧れて、一歩も前に進めていない。
ああもう。責任転嫁して何考えてるんだ、わたし。でも今更止められない。
「先生は、わたしがお願いしたらスキンシップの練習に付き合ってくれましたよね。何回も、何回も」
「あの時は、おまえの顔が本気だったから……でも——」
言葉の続きを言わせずに、逞しい胸元を拳でドンと叩き、そのまま縋った。ふに、と体の柔らかいところを押し当てるように密着させる。男の人の誘い方なんて知らないから、本能に従った。こんなに強く先生の匂いを感じたことがなくて、お腹の奥がきゅう、と苦しくなった。
疎に座る周りの客は、それぞれ自分たちの酒に夢中になり、気づいていない。丁度ホールに出ていた店員は、わたしたちのことを見て見ぬふりしていた。
「器だけは大人になったかもしれません。それでも、わたしの心は高校生の時から……あの日から止まったままです。だから、お願い——」
先生を見上げる。人生初の上目遣い。ばっくんばっくんと心臓は今にも破裂しそうだった。
「小波……」
先生の顔が赤いのはお酒の所為かもしれなかったけれど、眉を顰めて何処か堪えているようにも見えた。初めにわたしを拒もうとした腕は、ただ宙に浮いている。
最後の一押しだ、と先生にしか聞こえないように吐息を多く含んだ声で囁く。お酒がなかったら、絶対にこんな大胆な行動なんて出来なかった。
「……一度だけで良いから、抱いてください」
漫画かドラマでしか聞いたことのないその台詞を、たった今わたしは自分の意思で口にした。
***
「はばたき学園まで、教材の配達に行ってきます」
「あれ、小波さんってはば学の担当でしたっけ?」
「今日からね。佐藤先輩が産休控えてるから、わたしがその分のエリアを一部引き継ぐことになったの。さすがにもう重いもの持たせるわけにいかないから」
「えっ、小波さん今でさえ担当校多いのに……大丈夫ですか?」
「平気平気! こう見えて体力には自信あるから! 行ってきます!」
配達から戻ってきたばかりの後輩の田中くんと入れ替わるように、学習ワークが山積みに入った段ボールをいくつか台車に乗せ、社用車の軽バンまで運ぶ。入社したての頃は積み下ろしの肉体労働がなかなかに辛かったけれど、元々体力はある方だったから慣れた今ではなんてことなくこなせている。
地元を離れて、名の知れた企業でバリバリのOLとして働く選択肢も悪くなかったけれど、やっぱり地元に貢献したいという思いが強くて、はばたき市内に昔からある、学習教材を取り扱う会社に就職した。市内の学校や塾を中心に近隣の市町まで、教材や備品を配達する日々だ。
かつての通学路を車窓越しに懐かしい気持ちで眺めながら母校に到着した。遅刻しそうだと時々走った思い出もあるけれど、車だとあっという間だ。駐車して、再度納品書リストを確認する。今日は中等部への配達だ。わたしが通っていたのは高等部のみだから、中等部に入るのは初めてで新鮮な気持ちになる。台車にダンボールを積み、早速高等部とは反対側に位置する、中等部の職員用玄関へ向かう。来客用よりも職員室が近く、先生に会える確率も一番高いから、受け渡しがスムーズなのだと佐藤先輩から教えてもらったのだ。タイヤがアスファルトに擦れてガラガラと大きく音を鳴らす。いくら台車があっても荷物が多いことには変わりないので、ここまで押してくるのにも一苦労だ。
高等部ならまだしも、中等部だしさすがに知っている先生は居ないだろう。職員室に居る先生方には担当が佐藤先輩から自分に変わったことを伝え、挨拶をしようと決めてノックをして職員室のドアを開けた。
「お世話になります、はばたきワークスです。注文いただいた二年生国語の文法ワークをお届けに来ました」
「いつもありがとうございます。あれ? 担当の方、変わられたんですか?」
呼びかけると、職員室に入って直ぐ前方のデスクに座っていた事務員さんらしき人が、顔を見て話しかけてくれる。
「はい。佐藤に変わって今日からはばたき学園の担当になりました、小波です。事務用品の注文もわたしに直接ご連絡いただければお受けしますので、よろしくお願い致します」
名刺を差し出すと事務員さんは、ありがとうございます、と頭を下げて受け取ってくれた。名刺には社用携帯の番号が記されているから、会社ではなく直接担当者に注文の連絡をくれる学校が多いのだ。
「あの、二年生の国語科の先生は……」
「ああ、今ちょうど授業が入っていない時間なので居ますよ。大迫先生ー! 教材販売の方がお見えです」
「え……」
立ち上がった事務員さんが呼んだのは、聞き馴染みのありすぎる名前だった。
思わず営業用の笑みが崩れて、拍子抜けした声が漏れる。同時に自身の鼓動が跳ねるように強くなるのがわかった。
いや、わたしが知っている大迫先生は高等部の先生だ。同じ苗字の人が中等部に偶然勤務しているだけかもしれない。でも、苗字に加えて教科まで被るなんてことがあるのだろうか——ここまで考えること僅か数秒。答え合わせの時間は直ぐにやって来た。
「はい、直ぐ行きます!」
ああ、この声をわたしはよく知っている。明るく快活で聞き取りやすい、でもわたしを切ない気持ちにさせる声。立ち上がってこちらに向かってくる先生の背丈も格好も若々しさも、わたしの記憶の中の先生から何も変わっていない。
落ち着け心臓。これ以上辛くなるのは嫌だ、と自分から遠ざけて何年経った。先生とは色々あったけれど、一生徒であるわたしの存在なんて簡単に上書きされるほど、沢山の生徒を受け持ったはずだ。もう忘れられている可能性だってあるし、見た目だって学生時代と全然違うから気付かれないかもしれない。なのに、懐かしさと期待で全身が脈打っている。
はば学を担当校として引き継いだ時点で、もしかしたら再会する日が来るかもしれない、とは覚悟していた。でもよりによって中等部に用がある今日だなんて、予想するわけがない。
「お待たせしました、自分が発注したワークの件ですよね! ありがとうござい、ま……」
荷物の側におかしな顔で佇んでいるわたしが、大迫先生の視界に入る。先生はわたしの前でぴたりと足を止めると、驚いて目を見開いた。何も知らずにわたしたちの間に立つ事務員さんは、え、知り合い? と大迫先生とわたしのことを見比べている。
「……お久しぶりです。わたしのこと、覚えてますか?」
納品に来た以上は黙っているわけにもいかず、この様子では知らないふりをするのも無理があるだろう、と思い切って話しかける。すると数秒の間の後、大迫先生は目を輝かせてわたしの手を取った。絶対にないと思っていた展開だった。大きな声が職員室に響き渡る。
「小波か⁉︎ 小波だよな⁉︎ 高校卒業以来だから、何年ぶりだ? まさかこんな所で会えるなんて……立派な社会人になったんだなぁ……! 先生、感動だぁ!」
覚えてくれていた。先生の温もりに包まれた手が、熱を帯びる。真っ直ぐな目で見つめられて、卒業以来に名前を呼ばれて、うっかり感極まりそうだった。ああ、まだ自分は思いを断ち切れていないのだ、と嫌でも実感させられる。
「大迫先生……」
名前を呼び返した時、職員室の片隅から咳払いが聞こえた。まずいと言わんばかりに大迫先生の肩が跳ねる。もしかしたら氷室先生のような重鎮が中等部にも居るのかもしれない。
「小波さん、ここの卒業生だったんですね。積もる話もあるだろうし、教材室にワークを納品しながら大迫先生と少しお話してきても大丈夫ですよ。次の授業まではまだ時間がありますから。大迫先生、小波さんを二年の教材室まで案内してもらえますか?」
空気を察した事務員さんが、上手くわたしたち二人の退出を促してくれる。
「わかりました」
大迫先生は頷くと、そそくさと廊下に出た。
「小波、こっちだ。ついて来てくれ」
「は、はい!」
歩き出した大迫先生の後ろを、台車を押しながら追いかける。静かな廊下に再びからからとタイヤが回る音が響いた。職員室から少し離れたところで先生が「あとで絞られるな……」と、ばつが悪そうに呟いた。
「氷室先生の時みたいに耳引っ張られるんですか?」
「ふはっ、おまえ……よく覚えてるなぁ?」
不意に出た質問に大迫先生が吹き出す。
「だって、割と衝撃的な光景だったというか……」
「あれは氷室先生にしか出来ない荒技だぁ。さすがにここに来てからはそういうことはないな。ちょっとお小言をもらうだけだぁ」
「ふふ、そうなんですか。それより、大迫先生がまさか中等部に異動されてたなんて……ちょっとびっくりしました」
「ああ、去年からな。中高セットで国語の免許を持ってるのが俺しか居なかったみたいでなぁ。また一から勉強中ってわけだ」
「そうだったんですね」
「そんなことより、先生もこんな所で小波に会えると思わなくて驚いたぞ」
「それはですね——」
当時あんなことがあったのに、わたしたちの会話は自然だった。離れていた時間が解決してくれたのだろうか、それとも自分が大人になったからか、先生と思った以上に普通に話せていることに安堵する。先生が上手く会話をリードしてくれているからかもしれないけれど。
「さ、着いたぞ」
わたしが今の会社に入社した経緯を話しているうちに、二学年棟の教材室に到着する。先生が扉を開けた先には、沢山の段ボールが積み上がっていた。これから配る問題集や、長期休み明けに使う業者が作成したテストなどが恐らく入っているのだろう。他にも授業で使った痕跡のある道具が乱雑に置かれている。
「ええと、どこに置けば……」
正直、教師という仕事の忙しさがよくわかる散らかり具合だった。今までにも多くの学校の教材室に入ったことはあるけれど、なかなかのレベルだ。教科別に荷物が分けられているわけでも無さそうだし、先生たちが空いているスペースに取り敢えず荷物を置いていったらこうなりました、と言うのが一番当てはまるだろう。他の学年も似たような惨事だとしたら、佐藤先輩はいつもどうしていたのだろうと少し心配になった。
「悪いなぁ。整理しましょうとは学年会議で話が上がるのに、結局いつも後回しになってさ。ちょっと待っててくれ」
困ったように笑った先生はシャツの袖をくるくると捲ると、中に立ち入って段ボールを動かしてスペースをつくり始めた。いくら大迫先生がパワフルでも、一人では大変に違いなかった。
「わ、わたしも手伝います!」
「いや、いくら教え子でも外部の教材会社の人に手伝わせるわけには……」
「でも二人の方が早いです。それに毎日の配達で重い荷物は運び慣れてますから、自信あります」
「じゃあ……内緒で頼む」
真っ直ぐ目を見て言うと、先生は苦笑いで頷いた。半ば無理やりの了承を得て、スーツの上着を脱いで台車の持ち手に掛ける。先生の指示に従って段ボールを動かし、協力して空いたスペースに運んできたワークを運び入れた。
時々、荷物を運ぶ大迫先生の逞しく筋張った腕に目がいってしまう。何年も前、上手い言い訳を考えては何度も触れた先生の腕。
相変わらず鍛えているんだろうなぁ、と汗を滲ませながら海岸を走る先生の姿を想像して、仕事中に邪な感情を抱くなんて最低だと首を振った。
「これで納品完了ですね。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ助かったぁ。ありがとうな、小波」
「では、今日はこれで失礼します。また何か発注したい教材があればいつでも連絡してください」
「ああ、よろしく頼む」
事務員さん同様に社用の携帯番号が記された名刺を渡し、荷物がなくなって楽々押せるようになった台車に手を掛ける。
「小波、あのさ」
「はい?」
脱いだスーツを羽織り直し、挨拶回りのために職員室に戻ろうとしたところで、先生に呼び止められた。
「これから沢山世話になると思うんだが、先生の姿を見つけた時はいつでも話しかけてくれよ」
突拍子もなく言われて、目をぱちぱちと瞬かせる。同時に、もしかしたら先生も当時のことを覚えているのだろう、と察してしまった。わたしへの気遣いか、はたまた罪滅ぼしか——
廊下が薄暗い所為もあって、先生の心の内は表情からは読み取れない。けれど、その言葉はわたしを複雑な心境にさせるには十分だった。嬉しいのに、素直に喜べない。
「大迫先生が忙しくなさそうだったら、話しかけますね」
そう言葉を濁して、その日は大迫先生と別れた。先生も、何も追求せずに見送ってくれた。
社用車に戻ってきて、ハンドルを腕置きにし顔を突っ伏す。溜め息と同時に独り言が漏れた。
「……相変わらず、素敵だったなぁ……あと狡い」
自分でもおかしいとよくわかっている。告白前に振られたにも関わらず、初恋を今でも拗らせていることに。しかも相手は元担任だ。
お陰で、大学を出て社会人になっても次の恋愛には進めなくて、これまでにされた告白は全てお断りした。何の経験もないまま、恋愛豊富そうという外見イメージだけが先行して気付けばこの歳になってしまった。根も葉もない噂を立てられたことだってある。周りからのイメージと現実の自分が乖離し過ぎていて、すっかりコンプレックスになっていた。
思いを伝えられたら楽なのに、チャンスだって作ろうと思えたら作れたのに、一度振られた経験からすっかり臆病になったわたしは、どうせ無理だろうと今日が来るまで何の行動も起こせなかったのだ。その癖、思いだけがどんどん大きくなってしまって。
「もう結婚、してるのかなぁ……」
先生に掴まれた手を、ぼんやりと見つめる。今日の先生の表情や視線を思い出して、ぎゅうと握り込んだ。
指先には、まだ触れられた時の熱が宿っていた。
***
好きだった。落ちこぼれだったわたしを見捨てずに、引っ張り上げて導いてくれた先生のことが。憧れは、気付けば立派な恋心へと育っていた。
勿論、勉強に部活に取り組めることは全力で取り組んだ。先生にわたしのことを見て欲しかったから。褒めてくれる時の、とびきりに眩しい笑顔をわたしだけに向けて欲しかったから。だけど、それだけじゃ物足りない。先生に触れたいという感情が、日を増すごとに自分の中に湧き上がっていく。恋をすると、人は欲深くなるのだと知った。
けれど、相手はあの大迫先生。一筋縄ではいかないことはわかっていた。だからこそ、一生懸命な悩める生徒の立場を利用した。自分がここまで狡い人間だったとは思わなかった。
「大迫先生、前みたいにスキンシップの練習に付き合ってくれませんか? こんなこと頼めるの、先生しかいなくて……」
生徒思いな先生が頼みを断ることはまず無いだろう、という教え子としての勘通り、大迫先生は度々練習と称したスキンシップに付き合ってくれた。今振り返ると自分のやっていたことは、まるで我儘な子どもの戯れのようだったのに。
「わかった。小波が納得いくまでとことんやってみろ!」
内心はどう思っていたかはわからないけれど、先生は困惑する様子は一切見せなかった。常にどんと構えていた。それどころかアドバイスまでくれる始末だった。
放課後、誰も居ない教室で二人という最高のシチュエーション。わたしとしては焦らしたり、時には大胆に出たり、大迫先生が意識してくれるようにと緩急をつけたスキンシップを試した。けれど、どれも暖簾に腕押しだった。
一度だけ聞いたことがある。
「先生は、どんなスキンシップが一番好きですか?」
これも、大迫先生に意識してもらえる足がかりになると思ったからだ。すると先生は、からりと笑ってわたしの手を取った。
「先生はやっぱり握手が良いなぁ! 相手に対して友好な関係になりたいっていう意思が伝わる。親愛の証とも取れるし、世界共通の挨拶としても使われているからなぁ」
偉い人同士の挨拶みたいな握手は、恋愛対象の相手にするスキンシップとは程遠いものだった。
大迫先生なら言いかねないと思ってはいたけれど、ここまで上手く躱わされると不満と焦りが出るのも事実だった。まだまだメンタルが未熟な高校生の自分と、大人の余裕を見せる先生。その差は埋まることはないし、ここまで迫っても先生はわたしのことを全くそういう目では見ていないのだ、という現実ばかりを突きつけられて、どうしても辛くなる。
そうして痺れを切らしたわたしは、ある日、先生と疎遠になるきっかけの一言を口にしてしまった。卒業式を意識し始める、三年生三学期に突入して直ぐのことだった。
「大迫先生。もういい加減、気付いてますよね? わたし、先生のこと——」
「ストップ。それ以上はダメだ」
先生は大きな掌をわたしの目の前に突きつけた。
「え……わたしまだ何も……」
戸惑うわたしに、大迫先生は首を横に振る。先生の顔は見たことのないくらい真剣で、恐怖さえ感じるものだった。わたしの肩がびくりと揺れたのを見逃さなかった先生は、悲しそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「小波は一生懸命だし、ここまで自分で選択して、努力して、ちゃんと結果を出してきた。この三年間で物凄く成長した。本当にすごいやつだ。だからこそ言う」
「先生……」
「もしかしたら小波はもう自分のことを、自分の意志で色んなことを決められる大人だ、って思ってるかもしれない。でもな、二十歳になるまでは、まだ未熟だから〝未〟成年なんだ。今おまえの中にある感情が間違っていることは、大いにある」
育ててきた恋心にナイフを突きつけられた気分だった。
「そ、れを、今だって言うんじゃ……」
否定して欲しかった。大迫先生はいつだってわたしの話に耳を傾けて、肯定してくれたから。でも、現実は甘くない。
「そうだ」
ぴしゃりと言われて、足元が揺らぐ。
間違っていたの? わたしの、この気持ちが?
「自分に優しくしてくれる、自分のことをわかってくれる。そういう大人に好感を持ち依存しやすくなるのは、よくあることだ」
「でも、わたしのこの気持ちは」
「小波が抱いてる気持ちは大人への憧れであり、錯覚だ。おまえは前に進むべき人間だ。これから先、どんな選択をするかで未来は何倍にも広がっていくんだ。だから、こんなところで自分の可能性を捨てちゃあいけない」
「っ!」
重い足を先生の方へ一歩、二歩と進めて思わず肩を掴む。
じゃあなんでここまでスキンシップの練習に付き合ってくれたの。もっと早く断ってくれたら良かったのに。
言いたいことは色々ある。でも一番嫌だったのは、溢れそうなくらい膨らんでしまった行き場のない恋心を否定されたことだった。
「嘘じゃないです……! わたしっ、先生といられるならここから進めなくたっていい!」
わたしの力が加わったところで先生はびくともしなかった。先生の言葉と、意志の固さと同じだった。
「小波!」
大きな声が教室に響く。先生は、取り乱すわたしを綺麗で真っ直ぐな瞳で見つめ続けた。先生の視線が、ここまでわたしの心を苦しませたことはなかった。どれだけ縋っても先生の心は動かない。動かせないのだと突き付けられた。
「頼む……わかってくれ」
小さい子に諭すような声色でそう言った先生は、わたしの腕を体から離しながら本当に悲しそうに笑った。そんな顔を見せられたらこれ以上は何も言えなくて。
わたしは鞄を乱雑に掴むと、泣きながら教室を飛び出した。そこから卒業式まで、わたしと大迫先生が二人で話すことはなかった。
続
進捗はここまでです!
ここから、交流を重ねて小説冒頭のシーンに繋がっていきます…読んでみたかったTL系の再会大人迫バン、完成目指して頑張ります…!