私のサルバドル 転機は突然訪れた。死を覚悟し固く目を閉じた刹那、胸部への鋭く冷徹な刺激の代わりに聞き慣れた女性の呻き声を聴覚が拾う。
カランと床に響く刃物の音に続き伝わるどさりと何かが倒れた衝撃、短く繰り返される嗚咽、そして断末魔に未練がましく溢された父の名。それっきり、この廃れたアパルトメントのこぢんまりとした一室から一切の気配が消え去った。
開け放たれた窓から夜風が入り、埃っぽい薄地のカーテンが舞い上がる。その音を聞いて俺は恐る恐る目を開く。
母が、倒れていた。殺意を迸らせた目から生気はもう伺えない。腹部から同心円上に広がる黒緋の先端を追う内に、使い慣らされた形跡の残る男性物の革靴が映る。
俺には母以外の同居人が居ない。嘗ては父と三人暮らしだったが、物心が着く前に姿を消していた。どうやら俺は父の遺伝子を強く受け継いでいるらしく、母と目が合えば必ずと言っていいほどの頻度で暴力を受けていた。
恐る恐る視線を上へと動かす。少々草臥れたジーンズ、正面を血でべっとりと染めたワイシャツ。血濡れになっている点を除けば、何処にでも居るような男性のように思えた。
さらに目線を上げる。そこには夜空に光る数多の一等星を粉々に砕いて眼球に埋め込んだような瞳が浮かんでいる。光と目が合う。それは暫くこちらを見た後ゆっくり俺へ歩み寄る。水溜りを踏んだ時とよく似た音が数回続いた。
暗闇の中にぽつりと置かれた双眼は一見不気味でありながら、しばらく見ているとなんだか安心もするような、不思議な色をしていた。
「ポルトガル」
男が呟いたのは聞き慣れない言葉だった。こちらに呼びかけているようにも自分に言い聞かせているようにも、はたまたそれ以外の誰かに向けられているようにも思えた。
「……迎えに来たで」
男は俺に手を差し伸べる。美しい双の円形が少しだけ横長の楕円形になる。
こういう存在をなんと呼ぶのだったか。人形?侵略者?どれも違う。脳内を遡る中、とある記憶が掘り起こされた。
母に無断で外出した時、人だかりの中心で胡散臭い中年男が言っていた。そいつが身に降りかかる不条理を断ち切り、俺達を掬い上げてくれるのだと。
――救世主。俺の人生に於いてこの男は間違いなくそう呼称するのに最も相応しい存在だった。
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なんとなくの設定
西(吸血鬼、前世の記憶あり)
・やっとポルトガル見つけた思たら親に殺されそうになっとるし92の化身時代の記憶持ってないしなんなん!?
・ポに記憶を取り戻してもらいたい
・太陽の光耐性あり、その代わり人の血をあまり受け付けない体質(合わない血はとことん合わないため最悪死ぬ、そのせいで転生して暫くは苦労した)
・ポを噛んで同族にするか、また前世のことを明かすかで葛藤している
葡(人間、前世の記憶無し)
・いよいよ親に刺殺されそうになってたら知らない男が家に上がり込んで部屋が血祭りになった(ついでに知らない男に育てられることになった)
・旧葡と同じ位置に傷がある
・西と出会った当初9歳くらい、最終的に18歳くらい(西と同君組んでた時と重なる外見年齢)になる
この後親分宅に移動させてさせたかったやり取り集
「にしてもポルトガル、こんな久しぶりの再会なんやからもっと喜びを顔に出してもええやん!」
「………」
「あ、もしかして期間空きすぎて人見知り発動しとる?それとも今の俺にビビってる?いやお前に限ってそれはないかぁ」
「……れや」
「ん?」
「……誰や、お前」
「……えっ」
「おっさんフシンシャやろ?」
「ほんまにサツ呼ぶで」
「あかんあかんあかん!!!」
目の前の“フシンシャ”はいちいち激しい挙動をしながら一頻り意味の分からないことを口走ったかと思えば突然黙り込み、何か考え込んだ後みるみるうちに顔を真っ赤にして、こちらを横目で見遣る。
「……忘れたって」
先程までの威勢をすっかり萎ませた声色がなんだか愉快で、笑いが噴き出す。こんなに笑顔になったのは何時振りだろうか。
「おっさん、ばりおもろいわぁ」
「あ〜もう、なんでこの期に及んでも俺がつつかれなあかんねん……」
「おっさんなんか言うた?」
「こっちの話!!!あとおっさんは傷付くからやめたって!!!」
「ちぃとははっきり言ってもらえん側の気持ちも味わえや」
「なに訳分からんこと言っとぉの」
「いーや、こっちの話やで」