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    Shimra_ss

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    Shimra_ss

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    前回(https://poipiku.com/821796/7823416.html)からさらに続いた妄想。一応これで終わりです。やりたい放題だしキャラ出したい放題です。楽しかった…

    ※注意※
    !うちよそ要素有り
    !うちの子CP有り
    !よその子の能力を捏造している(解釈違いがあればご指摘ください)
    !オリジナル怪異が出た

    最終更新:2022.12.14

    相方の助けがないと帰れない村(後編)+おまけ*

    「ホンットあり得ない」

    ○✕村での騒動から2日後。
    玖朗はA4サイズの紙切れを見ながら、溜め息混じりに言い放った。

    「2週間絶食、ケガして不衛生なところで放置、おまけに生水まで飲んどいて、血液検査が全部正常値なんて……普通どこかが炎症起こしてたり貧血や栄養失調の兆しが見えたりするはずなのに……」
    「正確には9日間な。最初の3日は"下調べ"してたし、2日は食料あったから」
    「うるさい黙れこの疫病神」
    「アッハ!超機嫌悪ィじゃん!」
    玖朗の診療所の病室に、耳障りな笑い声が響く。
    笑い声の主である霊霊は右足にギブスをはめ、左腕に点滴を繋がれた状態でベッドに横になっていた。
    「大体、あの状態から2日でここまで回復するのもおかしくない?……しぶとさもここまで来るとゴキブリ超えてるよ」
    「なぁ~、異常が無ぇならもうこの点滴要らなくね?一滴落ちるごとに金かかってる気がすんだけど」
    「正確には1袋開けるごとに、だ。この袋が終わるまで大人しくしてろ、人渣(クズ)」
    「おとなしく!してろー!」
    霊霊が寝ているベッドの横にある丸いすに、劉仁とマツリが並んで腰掛ける。マツリの手には、小さめのボストンバッグが握られていた。

    「れーれー!着替え!」
    「お~、サンキュー」
    霊霊はマツリから受け取ったボストンバッグの中身を確認すると、早速着替えようと入院着に手を掛ける。
    しかし、そんな霊霊の手を一回り大きな手が掴んだ。
    「この点滴が終わるまで待ってろと言っただろう。少しはジッとしておけないのか」
    手の先で劉仁が眉間に皺を寄せている。しかし、霊霊はそんなことでは怯まない。
    「ジッとしとくのは性に合わねぇんだよ。動けるならひとつでも良いから情報取りに行きてぇの。あの祠も"本物"だって分かったしもっと詳しく調査を…」
    「あんなところに!また1人で行かせると思うか!」
    「おもうかー!」
    「あの村にオレの車置きっぱだし、取りに行きてぇんだけど」
    「それならもう手配済みだ」
    「手配?」
    そういうが早いか、店の入り口の方から『若~!』という低い声が響いた。

    「若!言ってた車、回収してきやしたぜ。とりあえずうちのビルの前に停めて来たんで、後で移動させてくだせぇ」
    左の目元に傷のある大男が、車のキーを片手に病室にやってきた。
    その後ろからは、不機嫌そうな顔をしたメガネの男がついてきている。

    「阿近、吽凱、すまない助かった」
    「若の頼みならいつだって大歓迎ですぜ!なぁ吽凱!」
    「……オーナーの頼みだから仕方ありませんがね、そもそもなぜ我々がそこの宅男(オタク)野郎の車を回収に行かなければならないのか、甚だ疑問です」
    阿近と呼ばれた大男は持っていた車のキーを劉仁に渡すと、吽凱と呼ばれたメガネの男に向き直る。
    「若のダチだからだろ?あの脚じゃ当分動けねぇんだから仕方がねぇじゃねーか」
    「あの怪我は自業自得でしょう。ファミリーでもない男のために『虎仁帮』の幹部が2人も出向くのは些か度を過ぎていると言ってるんです」
    「若の優しさは度を越してるよな!分かるぜ…」
    「貴様、私の話を聞いているのか?」
    嫌みの言葉になぜか感動を覚える阿近に、吽凱は辟易としながら小さく頭を抱える。

    そのやり取りを見ていた玖朗が、吽凱と同じくらいあきれた表情をしながら声をあげた。
    「分かったから、用が済んだら出てってくれない?狭いんだから図体デカイやつばっか溜まらないでほしいんだけど」
    それを聞いた阿近は「おっと、すまねぇ先生!じゃあ若、あとでな!」とさっさと病室を出ていってしまった。吽凱も溜め息をつきながら「ではオーナー、後程」と劉仁に声をかけて阿近の後を追う。

    「…あの2人は相変わらずだね。あれでよく息が合うもんだよ」
    「まぁ、それなりに付き合いが長いからな」
    玖朗と劉仁のやり取りをよそに、霊霊は劉仁が手に持っている鍵を見て
    「オレの車の鍵、無いと思ってたらワンワンが持ってたのかよ。窃盗じゃん。返せよ」
    と、抗議した。
    しかし、その訴え虚しく劉仁は鍵を自身の胸ポケットに入れて霊霊から遠ざける。
    「車を回収してきてやったんだから文句言うな。あと、これはしばらく我(オレ)が預かる」
    「は?なんで?」
    「アシがあったら、また出掛けるだろう。骨がくっつくまで返さん」
    「はぁー?意味わかんねーんだけど」
    「なんだ、また喧嘩してるのか?」

    ふいに、今までなかった中性的な声が全員の耳に届く。声のする方に目をやれば、病室の窓から追眠が顔だけ覗かせていた。

    「猫…入り口から入ってきなよ…」
    「表の入り口は阿近と吽凱が騒いでたから避けてきた。で、こっちも喧嘩してるのか?」
    そう言うと、追眠はするりとした滑らかな動きで窓から病室に侵入する。本物の猫を思わせるような動きに、マツリが拍手を送った。

    「まおまおスゴーい!あのねあのね、いまのはケンカじゃなくて、わんわんがれーれーにメッ!してたんだよ!」
    「ぶっふ!!」
    マツリの言葉を聞いて玖朗が噴き出す。
    笑いを堪えながら玖朗が追眠に通訳すると、追眠は苦笑して
    「なんだ、そう言うことか。叱られるってことは心配されてるってことなんだから素直に受け入れたら良いだろ、霊霊」
    と、答えた。
    まさか追眠にまで諭されるとは思っていなかった霊霊は眼を丸くし、訝しげに眉をひそめた。

    「お前がそういうこと言っちゃう?どっちかってーと"こっち側"だろ、風猫?」
    霊霊の言葉を玖朗が訳す。その言葉に追眠は苦笑するような表情を見せた。
    「…そうかもな。でも、次からは改めるよ。その…時間は……かかるかも、だけど……」
    追眠の言葉は語尾に行くにしたがってゴニョゴニョと小さくなる。しかし、その場にいる全員にしっかりとその声は届いていた。

    「猫……」
    「追眠……」
    「はぁ~そういうこと。玖朗先生の"しつけ"の賜物ってやつ?オアツイことで~」
    追眠の言葉に感動している玖朗と劉仁。一方霊霊は、つまらなそうに溜め息をついた。
    「…お前はどうしてそう穿った見方しか出来ないんだ」
    「事実じゃん。他に言いようある?」
    「れーれー、味方がいなくなってつまんないんだよ!」
    「お前な…ガキじゃないんだから……」
    「良いじゃあないか、その素直さが霊霊くんの魅力なんだから」
    霊霊、劉仁、マツリの応酬の間に、さらに新たな声が割って入ってきた。その場にいた全員が声のした方に振り返る。
    そこには、漆黒のチャイナドレスを優雅に揺らす紅蘭の姿があった。

    「霊霊くんが入院したと聞いたのでね、お見舞いだよ」
    病室の入り口から霊霊のベッドまでの短い距離を、まるでレッドカーペッドの上を歩くが如く恭しく進む紅蘭。その手には大きな紙袋が握られていた。
    「ここにいる皆で食べると良い。好みが分からなかったので私のオススメで恐縮だが、口寂しさを紛らすくらいはできるだろう」
    紙袋を霊霊に見せたあと、そのままの流れでマツリに託す。「霊霊くんの代わりに皆に配ってくれるかい?マツリくん」と紅蘭が言うと、マツリは「たのまれたー!」と嬉しそうにはしゃいだ。

    「今回は災難だったようだね、霊霊くん。でも、却って良かったと言うべきかな」
    「は?どこが?」
    「劉仁くんとマツリくんの気持ちを再確認できただろう?追眠くんも玖朗くんの気持ちが身に染みたようだし。こういうのを日本では『雨降って地固まる』と言うんだったかな。物には換えられない美しさを見つめる、良い機会だったんじゃあないかい」
    滔々と語る紅蘭を、追眠以外の全員が目を点にして見た。皆『一体この人はどこまで知っているのだろう…』と、同じ思いを心の中に浮かべる。
    言葉が分からずひとりキョトンとしている追眠を見て、紅蘭は「あぁ、追眠くんには分かりづらかったね」と一言謝ると中国語で言い直した。
    その言葉を聞いて追眠は一瞬赤くなったが、次の瞬間には皆と同じく訝しげな顔になった。

    「姉様……」
    病室の入り口からまた別の声が聞こえた。ドアの隙間から中学生くらいの少女が顔を覗かせている。肩の高さで切り揃えられた黒髪が滑らかで美しい。

    「姉様…そろそろ……」
    「あぁ、白蓮。待たせたね」
    紅蘭は白蓮と呼ばれた少女のもとへ向かうと、一同へ向き直り「今から2人で仕事なんだ、そろそろお暇するよ」と声をかけた。
    白蓮は近付いてくる姉に嬉しそうにはにかむと、次の瞬間には霊霊に向かって般若のような顔を向け
    「姉様のお手を煩わせたこと忘れるなよ。あと、そのお菓子も全員心して食べろ」
    と言い放った。
    そしてさっさと病室をあとにすると、紅蘭は「ふふ、すまないね」と残して白蓮のあとに続いて行ってしまった。

    「…相変わらずお互いしか見えてないね、あの姉妹は」
    「何言ってるか分からなかったけど、顔怖かったな……」
    「ぼく分かるよ!あーいうの『しすこん』って言うんだよね!」
    「つーか、コレ菓子なのか。大きさ的に焼き菓子か?」
    「気にするところそこか、この人渣(クズ)」
    五者五様の反応が一通り終わったところで、玖朗は手に持っていた紙をファイルに収め、カルテを片付け始める。
    「じゃ、検査結果の報告も終わったから後は勝手にして。一応抗生剤も出すけど、退院するなら払うもんきっちり払ってってよね」
    「あぁ、医生(センセイ)。感謝する」
    「お、退院していいの?じゃあマツリ、次の仕事だけどさぁ」
    「「大人しく!してろ!!」」
    劉仁とマツリの声が綺麗にハモるのを聞きながら、玖朗は病室をあとにする。
    その後ろ姿を、追眠が追った。

    「退院させるのか?まだ脚の方は万全じゃなさそうだけど」
    病室から処置室を抜けて、診察室に来たところで追眠が声をかける。
    玖朗はデスクの一番手に取りやすい位置にカルテを片付けながら、追眠の問いに答えた。
    「言ったって聞かないからね。それに今回のことで劉仁もマツリも今後ガラクタ屋の行動に目を光らせるようになるだろうし、しばらくは無茶できないでしょ。良い気味だよ」
    霊霊が2人に行く手を阻まれて嫌そうにする顔を想像したのだろう、心底楽しげな笑顔を浮かべて玖朗は追眠に向き直る。
    「で、どうしたの?今日は割りの良い仕事が入ったんじゃなかった?」
    「あーーーー……うん」
    追眠は少し言いづらそうにしたあと、診察室の回転イスに腰かけた。そして、イスごとくるりと回ると玖朗に背を向ける。
    「やめた」
    「ん?」
    「だから、今日の仕事、受けるのやめた」
    「なんでまた?」
    「……………」

    追眠はモゴモゴと口を動かし、やがて意を決したように話し出した。
    「……今回の仕事、博打の代打ちだったんだけど」
    「うん」
    「…仕事相手、少し調べたら虎仁帮と同盟組んでる組織の構成員だったんだ。でもそいつは同盟を解消したいらしくて、俺が代打ちで稼いだ金を元手にして抗争の準備をするつもりらしい」
    「!」
    「さっき、そのことを阿近と吽凱に伝えてきた。そいつが潰されるのは時間の問題だと思う。阿近は、俺と劉仁の個人的な繋がりがバレたらヤバイから匿うって言ってくれたけど、それも断った。ここにいた方が安全だしな」
    追眠はそこまで言うと再びイスを回し、今度は玖朗に向き直った。
    「安全が確認されるまで、ここを拠点にする。しばらく空いてる部屋、借りるから」
    「……借りるもなにも、あそこは猫の部屋だよ」
    心底安心したような、嬉しそうな表情で玖朗が笑う。その顔を見て、追眠は胸の奥からじわじわと暖かいものが溢れてくるような心地がした。
    くすぐったくて、心地良い。
    この気持ちを目の前の男も感じているのかもしれないと思うと、頬が緩むのを止められなかった。

    「猫」
    玖朗の手が、追眠の頬を撫でる。
    そのまま顎のラインを滑り、優しく追眠の顔を上向かせた。
    サングラス越しに見える玖朗の瞳が視界の半分を占めようとしたところで、追眠は慌てて自身の両手で玖朗の口元を抑えた。
    「バカ!劉仁たちがいるんだぞ!」
    「何言ってんの、今さらじゃん」
    「今さらでも何でも、嫌なもんは嫌だ!マツリもいるし…!」
    「キスくらい、マツリも見慣れてるでしょ」
    「そんなわけ…!……いやあるかもしれないけど………でも、見られるかもしれないのは嫌だ!」
    羞恥からくる追眠の抵抗に、玖朗は内心ほくそ笑む。玖朗にとってそう言う初(うぶ)な反応が堪らなくそそるのだが、追眠はそのことを知る由もない。

    玖朗は自分の口元を抑える追眠の手を取ると、指先に口付け、そのまま甘く食んでみせた。
    「ひ、んっ…!」
    「しょうがないから、今はこれで我慢してあげる」
    顔は残念そうに眉を下げているが、玖朗の声は明らかに愉悦の色を含んでいる。
    それに気付いた追眠は、顔を真っ赤にして玖朗の手を振りほどいた。
    「この……色魔!」
    「その色魔にいつもアレコレされてるのはどこの仔猫かな?」
    「てめぇ…いい加減に…!」

    イスから立ち上がり、玖朗に殴りかかろうとしたところで追眠の動きがピタリと止まった。

    -視線を、感じる

    追眠が処置室へと続く扉の方へと目を向けると、開いた戸の影から白い着物の端がヒラヒラと見えかくれしていた。

    「マツリ……そんなところにいないで出てこい」
    「バレちゃったー!」
    扉からヒョコっと出てきたマツリは、診察室に入って追眠の隣までトコトコと駆け寄った。
    「なかなおり、できたねー!」
    変声期前の高い声が診察室に響く。
    ニコニコしているマツリを見て、追眠はどうにも照れ臭くなり視線をそらした。
    「マツリ、劉仁とガラクタ屋はどうしたの?」
    「まだ部屋に居るよ!わんわんが『"おせっきょー"するからちょっと外に行っててくれ』って!」
    マツリは診察室の隅から予備のイスを取り出すと、追眠の横に置いて腰掛けた。

    「なかなおり、できてよかったね!まおまおとらんらんが同じきもちを持ってるって分かったんだね!」
    「同じ気持ち?どういう意味?」
    「あのね、まおまおもらんらんも、お互いのこと大好き!ってきもちでいっぱいなんだよ。だから、お互いが危ないときはハラハラして、ソワソワして、胸の奥がギリギリ~って苦しくなるの。3日前のわんわんみたいに!」
    「……それ、猫に言った?」
    「言ったけど、通じなかった」
    「そう……」
    マツリの言葉を聞いて、玖朗は2日前の劉仁のように微妙な顔をした。
    笑っているような、泣いているような……むず痒さを堪えているような表情に追眠は首を傾げる。
    「マツリ、何だって?」
    「……ごめん、今は訳せない」
    追眠が、自分と同じ想いを感じている。その事実を知っただけで、玖朗の胸の奥にあるなにかが肺を押し潰すように膨らんだ。そのせいで苦しいはずなのに、それはどこかあたたかく、悪くないと思える心地がする。
    そんな複雑な想いを抱えたまま、マツリの言葉を冷静に追眠に伝えるなんて、いまの玖朗には到底できなかった。

    「……劉仁たち、何してる?」
    話題を切り替えようと、玖朗は普段なら絶対気にしない話を持ち出す。
    その思惑の真意を汲み取っているのかいないのか、マツリは聞かれたことに素直に答えた。
    「うーんとね~、今はわんわんが話してるよ。わんわんの"いいなずけ"?の話みたい」
    「は?劉仁、許嫁がいるの?」
    思わず口に出た言葉に、玖朗は違和感を覚えた。まるでつい最近も全く同じ発言をしたかのような、既視感にも似た感覚だった。
    マツリはそんな玖朗には目もくれず、虚空を見つめるような姿勢で次々と状況を説明する。
    「いるけど、いないって!わんわん、ちょっと嫌な感じがしてるみたいだけど、れーれーは笑ってるね~。あ、今れーれーがちょっとわんわんのことバカにした。わんわん怒ってる!…あれ?でも、心は安心してる……嬉しそう…?」
    マツリがふらふらと視線をさ迷わせる。事の顛末と2人の感情が噛み合わないことを不思議がっているようだった。
    「れーれーはわんわんのいいなずけ?のこと知ってて…わんわんはそのせいですごくドキドキして……でも、れーれーはわんわんのこと見てたから、いいなずけ?なんていないって分かってて……わんわんはそれが嬉しくて………………あっ」

    最後に明らかに今までと違う声色を発したマツリを、玖朗と追眠が覗き込む。
    マツリは斜め上を見つめたまま、目隠しの上に手をかざして顔を隠すようなポーズをとった。次いで「きゃー!」と照れたような声を上げ、楽しそうに笑う。
    「マツリ、なにして…?……!! あいつら、まさか…!」
    何かに気付いた玖朗が病室の方向を苦々しく睨み付ける。次の瞬間、追眠の方に向き直りその両頬を自分の両手で包み込んだ。
    「? 玖朗?」
    「黙って」
    追眠が頭に疑問符を浮かべている隙に、玖朗は目の前の小ぶりな唇に自身のそれを重ねた。
    否、噛みついた、と言った方が正しいかもしれない。
    その口付けはあまりに突然で荒々しく、愛し合うと言うよりは奪い取ると言うものに近かった。

    何が起こったか分からず目を白黒させている追眠の視界の端で、マツリが「きゃーー!!」っと先程よりも高く大きな声を上げる。
    玖朗の舌が最後にゆっくりと追眠の唇を舐め上げると、玖朗は身体ごと追眠から離れた。

    追眠は呆気にとられていた。
    だが、湿った自身の唇とそれを撫でる空気の冷たい感触が脳にまで到達すると、次第に顔に熱が集まって来るのを感じた。
    「お、おま…!何やって…!!」
    「あいつらがイチャついてるのに俺だけお預けなんて不公平でしょ。恨むんなら、先に手ぇ出した劉仁を恨んでよね」
    マツリが居るのにねぇ、と付け加えて、ニヤニヤと笑いながら玖朗はマツリの方を見る。
    玖朗が言っている意味を図りかねた追眠は、説明しろと言わんばかりにマツリを睨んだ。
    「えへへ!あのね、いま、わんわんがれーれーにちゅーしてたの!れーれーが言ってたけど、わんわんはちゅーするの好きなんだって!今のは『嬉しいのちゅー』だよ!」
    明るく楽しそうなマツリの言葉を、怪しく笑う玖朗が訳す。
    追眠は頭の中でこれまでの流れとマツリの発言を足し合わせ、『(理由は分からないが)劉仁が嬉しさのあまり霊霊にキスをした』という結論に辿り着いた。

    あの理性の塊のような劉仁が他人の家のなかで、マツリという"視える"人間が近くにいる状況で、人には言えない行為に及んでいるという事実。
    全ての点が繋がって線となった追眠は、首まで真っ赤になった。
    「なっ……!」
    「劉仁の性癖なんてどうでも良いけど、あの2人に先を越されるのは面白くないよね」
    「お、面白くないってだけで俺を巻き込むな!俺は、こんなとこじゃなくて…!」
    そこまで言うと、追眠はハッとした顔をして慌てて口を噤む。
    その様子を見て、玖朗はますます笑みを深めた。
    「こんなとこじゃなくて、何?」
    言葉の続きを促すように玖朗は優しく問いかける。

    追眠は分かっている。
    わざとらしいほどに優しく語りかけるときの玖朗は、ろくなことを考えていない。反発する自分を都合の良い方向に陥れて、羞恥で激昂する姿を眺めるための手を何通りも計算しているのだ。
    分かっている。だからこそ、追眠は玖朗が本来求めているであろう言葉を伝えることにした。


    「……2人きりで、ちゃんと、したい」


    追眠の発言に、辺りは一瞬シンッ…となった。
    目の前にいる男は口をポカンと開けて、文字通り言葉を失っている。
    隣にいる少年は余計な声を漏らすまいとしているのか、今度は両手を口元に当てて言わざるの姿勢をとっている。
    沈黙が羞恥をより研ぎ澄まし、チクチクと追眠の肌を刺した。

    「ま、お……それって、つまり……」
    やっと口を開いた玖朗は明らかに動揺していた。今までほぼ聞くことがなかった追眠からのデレ発言に、思考回路が追い付かなくなっているようだった。

    追眠はうっすらと口角を上げる。玖朗の狼狽した姿を目にして、羞恥に耐えた甲斐があったことを噛み締めていた。

    「…………はぁ~~~…………」

    バカでかい溜め息をついて項垂れたあと、玖朗は恨めしそうな顔で追眠を睨み付けた。

    「……うちにいる間、覚悟しててよ?」
    「そっちこそ。仕事に支障を来すんじゃねーよ?」
    売り言葉に買い言葉。しかしその実、それらは色気を孕んだ愛の言葉だった。
    2人のなかで燃え上がる感情を目の当たりにしたマツリは、再び両手で顔を覆って「きゃっ」と小さく喜色の声を上げた。


    「にぃさま!!」

    突如高く愛らしい声が表の店に響き渡る。
    定休日特有の冷たく静かな空気は一瞬で消し飛んだ。そのついでに、隣の診察室に漂っていた甘い雰囲気も泡のごとく弾ける。
    トトトトト……と言う子どもの足音がしたと思ったら、店と診察室を隔てる扉が勢いよく開けられた。

    「お茶やさん、ごきげんよう!にぃさまはいらっしゃる?」
    満月のような明るい金髪と青空のような碧眼を輝かせ、物語の登場人物のような美しい少女が現れた。

    「あいりんちゃん!」
    マツリが嬉しそうに少女こと愛玲(アイリン)に駆け寄る。
    「マツリくん、ごきげんよう!にぃさまはここにいる?」
    小柄なマツリよりもさらに小さい愛玲は上目遣いでマツリを見上げる。
    無意識ではあるが、あざといともとれる愛玲の仕草に子どもが苦手な玖朗はあからさまに嫌な顔をした。
    「わんわん、奥にいるよ!れーれーも一緒!」
    「こっとうやさん、いっしょにいるのね。よかった!にぃさま、こっとうやさんに会えなくてずっとおちこんでたから、心配だったの」
    「"今なら"ダイジョーブだから、一緒に行こ!」
    「うん!」
    そう言うと、マツリと愛玲はキャッキャと笑いながら奥の病室に向かった。
    その直後、「愛玲!なんでここに!?」と言う劉仁の驚いた声が聞こえてきたが、玖朗はスルーを決め込んだ。
    「はぁ…良いとこだったのに……空気が読めないガキは嫌いだよ」
    ぶつぶつ言いながら玖朗はイスから立ち上がり、診察室から出て隣の通路へと進む。
    追眠がその背を目で追っていると、途中で振り返った玖朗が「何してんの」と声をかけてきた。
    「しばらくうちに泊まるんでしょ。部屋の準備するから手伝って。その後、お茶でもしよう。それが済む頃にはガラクタ屋の点滴も終わるでしょ」
    これから始まる時間を愛おしむように玖朗が微笑む。
    滅多に見られない表情。その顔のまま見詰められるのが気恥ずかしくて、追眠はそっぽを向いた。
    「……茶請けは」
    「そうだね、『桃華(トウカ)』から桃まんでも頼もうか。この時間だからすぐ来るでしょ。それとも他のものが良い?」
    「いや…それでいい……」
    「良かった。じゃあほら、おいで」
    そう言いながら、玖朗は追眠に向かって手を差し出す。追眠はその手をとってイスから立ち上がり、玖朗に引かれるまま2階へと続く通路に歩を進ませた。


    今までよりも一層愛しい日常が続く幸福を、どちらともなく噛み締めた。











    ***以下、オマケ集***


    【劉仁と霊霊】

    「マツリ、こいつに説教するからすこし外に出ててくれ」
    「はーい!」(部屋を出ていく)
    「説教~?今さら何言うわけ?」
    「言いたいことは山ほどある。が、まずは………我(オレ)の許嫁の話だ」
    「は?」
    「お前、誤解したままだったろう。訂正しておかないと、"この先"の話も録にできないし、聞かないだろ」
    「え、訂正?なにを?」
    「……我(オレ)に許嫁は居ない。結婚する予定もない。だからお前に『おめでとう』といわれる筋合いはない。と言うか、お前にだけはそれを言われたくない」
    「……………………」
    「お前が許してくれるうちは、お前としかそういうことを考えてない。誰が何と言おうと我(オレ)が選ぶのはお前だ。その事を忘れるな」
    「……………………」
    「………………なんとか言ったらどうだ…」
    「……え、いや、ワンワンに許嫁が居ないことくらい知ってっけど」
    「は?」
    「だってお前、噂が出回る前の日までオレと寝てたよな?お前みたいな奴が影でこそこそ他に相手作るとかぜってー無理だし。え、そんなことずっと気にしてたの?バカじゃねーの?」
    「なっ…!ば、バカとはなんだバカとは!!」
    「いやバカじゃん。何年一緒に仕事してると思ってんの?ワンワンの人間性くらい把握してるし、遊びでセックスしたり二股かけたりできるほど器用なヤツじゃねーってことも知ってる」
    「…!」
    「まぁ…オレを選ぶなんてクソみたいな趣味をお持ちだとは知らなかったけどなw 『おめでとう』って言った直後の顔も初めて見たしw 傑作だったな~アレ!」
    「お前っ…!知っててあんなこと言ったのか!?人渣(クズ)が!クソッ…助けなきゃ良かった!!」
    「アッハ!そーいうこと言っちゃう?山から出たあとに『生きててよかった…』って人の背骨折る勢いで抱き締めてきたのどこのどいつだよ?」
    「うるさい!どうせお前は殺しても死なないだろ!」
    「いや、さすがにあれはトドメになるかと思ったw ま、ワンワンの腕で死ねるんなら死に方としてはマシな方かも知れねーけど」
    「ッ………お前な…そう言うことはこんなタイミングで言うことじゃないだろ……」
    「んぁ?どーゆー意味だよ?」
    「…………少し黙れ」
    「は?………ん」


    「……今そういう流れだったか?」
    「………気付いてないなら、いい」



    ***


    【祠のその後】

    「是山さーん!見えましたー!?」
    「おっかしいなぁ……霊霊の話じゃこの辺に……あ!あった!ありましたよ仲谷先生!ほらあそこ!」
    「わぁホンマやぁ!これが噂の呪われた祠ですかぁ。めっちゃボロボロやけどそれはそれで歴史の流れを感じますねぇ」
    「ゼェ…ハァ……先生…はしゃいでるところ悪いんですけど……なんで私まで来なきゃならないんですか……私インドア派なんですけど……」
    「悪いなぁ鶴川ちゃん。この情報をくれたヤツの話によると、男ばっかで近付くと危ないらしいんだ。現にそいつ大ケガして今は入院中で」
    「だから!なんでそんな危険なところに来るんですか!仲谷先生の研究と関係ないのに!!」
    「せやかて、是山さんからの依頼やし…僕も興味あるしなぁ……地元の民話を科学的に検証するなんておもしろそうやない?」
    「それは確かに楽しそうですが……だからって……」
    「あ!この辺から後ろ側見えへんかな!?鶴川さん!墨書とかあるかもしれへんから赤外線カメラ貸して!」
    「見つけたら私にも見せてくださいよ!?」
    「(なんやかんや言っても現場に来たらテンション上がるんだから…研究者って意外とチョロいのかもしれない……)」
    「あ、是山さん写真撮る?僕ら退いた方がええかな?」
    「まだ大丈夫ですよ~。…次の号の特集は『呪われた祠の真実!地元の民話の闇に迫る!』で決まりだな~♪仲谷先生と鶴川ちゃんの考察入れて、霊霊と地元の人たちのインタビューも載せて過去の新聞記事と写真と…10ページはかたいな!いっそ連載にしちまおうかな~♪」








    ***

    今回のオリジナル怪異についての真相と言うか裏設定(無粋な話を含む可能性があるのでスルー推奨)

    話のなかで霊霊が「男に殺された女が呪いの根源」というところに辿り着いてましたが、実はこれはまだ真相の半分。
    今回の怪異は「男に殺された女の恨み」と「男に罪を擦り付けられた山の女神の怒り」の融合体という設定でした。

    呪いを解放する方法は玖朗が指摘したように「犯人が狩人(男)であるという事実を正しく世間に知らしめること」だったのですが、女も女神も恨みと怒りが強すぎて祠に近付いた人間(特に男性)をうっかり殺してしまっていたため、全く真実が広まらないという悪循環に陥ってました。
    そこに何百年という時間が加わったことで女と女神の自我が曖昧になり、「男を殺す」というだけの悪質な怪異になり下がってしまいます。

    そこにホイホイされたのが霊霊ですw

    普通の人間なら崖から落下して即死するんですが、霊霊には『母親の呪い』があったので即死は免れました。ゲームで言うとダイスでCON+10で対抗したみたいなノリで、怪異の呪いを母親の呪いが相殺しました。呪いを祓えるのは呪いだけですから(by呪●廻戦)
    玖朗も本来なら崖から落ちて死ぬはずでしたが、落ちた地点のすぐ近くに霊霊がいたので『母親の呪い』の恩恵を受けました。ゲームで言うとCON+5で対抗です。いや呪いの恩恵ってなに()
    マツリくんは男の子ですが怪異にとっては守備範囲外の年齢だったため、呪いのパゥワーからは地味に逃れてます。そのため”おまじない”が通用しました。マツリくんのヒプノーシスと怪異のPOW-100で対抗ののち勝利というイメージ(ゲーム脳)。


    前編でマツリくんが『あの人』と呼んだのは言わずもがな霊霊の母親です。
    『あの人』にとってマツリくんと劉仁は「(霊霊にとって)良い人間」判定なんで、2人が霊霊の側にいると安定します(実は由華ちゃんもその枠でした)。

    霊霊の『母親の呪い』は本来『霊霊に害なすものを排除する力』なんですが、霊霊の身内をブッコロ☆するのに力を使いすぎて、もうかつての威力はありません。
    今回(私の妄想の中だから)特別に発動したくらいで、普段は鳴りを潜めてます。それこそダイス(運)次第のレベルで。


    最後おまけで是山と仲谷と鶴川が祠に近付いても何事もなかったのは、マツリくんの”おまじない”と玖朗の説得のおかげで怪異がわずかに自我を取り戻し始め、「この人たちが真実を伝えてくれる」と気付いたから。
    もうあの村で人が死ぬことはないでしょうし、是山の雑誌も地元でよく売れたことでしょう。
    その後、情報提供のお礼として霊霊に献本されてきたのを見つけた劉仁が「カタギを巻き込むんじゃない!」て怒ってそうですが。

    収拾つかなくなってきたのでこの辺で終わります!
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