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    Shimra_ss

    @Shimra_ss

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    Shimra_ss

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    前回(https://poipiku.com/821796/7783368.html)からまさかの続き。霊霊救出編です。そしてさらに続きます。妄想が止まりません助けて。

    ※注意※
    !うちよそ要素有り
    !うちの子CP有り
    !よその子の能力を捏造している(解釈違いがあればご指摘ください)
    !オリジナル怪異が出る

    相方の助けがないと帰れない村(前編)追眠が霊霊の危機を知らせて回ってからは早かった(主に劉仁が)。

    劉仁は部下に命じて四駆を手配し、不機嫌で出渋る玖朗をほぼ引き摺るように車に突っこみ、飲茶を買い食いしていたマツリを問答無用で担いで車に乗せてナビを依頼し、制限速度ギリギリのスピードで○✕村まで向かった。

    村に着いたときはもう真夜中だった。
    スーツ姿のままで山に入ろうとする劉仁を玖朗が何とか言いくるめて、近くの民宿に泊まることにした。
    深夜に訳有りっぽい男4人が泊めてくれと懇願しにきたため、民宿の主は当初強盗かと思い交渉は難航した。しかし、最終的にはマツリの"おまじない"で事なきを得て、4人は何とかこの日の寝床にありついたのだった。

    だが、「このメンツで同室は絶対やだ」という玖朗の一言で、皆それぞれ別の部屋で過ごすことになった。
    民宿の主人が好意(?)で出してくれたおにぎりを夕飯にして、4人は思い思いに朝が来るのを待つ。


    追眠も、明日は山に入るのだから体力を温存しなければと思ったのだが、どうしても気になって劉仁の部屋を訪ねた。

    「悪い、こんな夜中に」
    「構わない、どうせ眠れないと思っていたところだ」
    劉仁はスーツから民泊備え付けの浴衣に着替えていた。身体が大きい劉仁にとって標準サイズの浴衣は少し小さかったようで、着丈が絶妙に足りていないのが追眠から見ても明らかだった。
    促された部屋は追眠の部屋と同じく7畳ほどの和室で、奥に板間があり籐椅子が置かれていた。突き当たりには大きな連窓があって、外の景色が見えるようになっている。

    「何か飲むか?と言っても備え付けのお茶くらいしかないが」
    「いいよ、様子見に来ただけだから」
    窓から、さわさわと穏やかな風が入ってくる。カーテンは全て開けられており、その向こうには暗い闇が佇んでいた。

    「そうか」と言う劉仁は、少し疲れているように見えた。
    無理もない。あの中華街からこの村まで、長い道のりをほぼ休みなしで運転してきたのは他でもない劉仁だった。
    なりふり構わずここまで来た劉仁に、追眠は何か言葉を掛けてやりたいと思った。

    「……霊霊なら、大丈夫だ。簡単には死なないよ」
    「……そうだな…」
    劉仁が力無く頷く。
    予想外の反応に、追眠はかける言葉を間違えたのかと思った。
    劉仁は、追眠を部屋の中央にあった座椅子に座るようすすめると、自分は板間にある籐椅子に腰かける。窓に耳を傾け、外の音を聴こうとしているようだった。

    「なぁ…信じてるのか」
    「何をだ?」
    「俺の…言葉を……」
    今さらすぎる疑問だが、追眠は聞かずにはいられなかった。
    脳内を駆け巡った不可思議な"記憶"をもとに、劉仁たちに声をかけて回ったのは他でもない自分なのに。
    だが実際、ここに来るまでの間「どうしてそんなことを知っているのか」と玖朗から散々質問責めにされたし、マツリも不思議そうに首を傾げていた。
    けれど、劉仁は何も聞かなかった。それどころか誰よりも先に行動を開始した。追眠は有り難いと思う反面、普段の劉仁からは考えられないことだと思っていたのだ。

    「追眠はこんなことで嘘をつく奴じゃないだろう。医生(センセイ)もマツリもそのぐらい分かってる。だから皆ついてきたんだ」
    「……そっか」
    劉仁の言葉に、追眠は自身の頬が緩むのを感じた。自分の言葉を疑わず、真っ直ぐ向き合ってくれる劉仁は、あの街では貴重な存在だと思う。
    「それに……車内での話を聞いて、我(オレ)も思い出したことがあったんだ。夢かと思っていたんだが、夢にしては鮮明すぎて……」
    「え、どんな?」
    「霊霊が我(オレ)を……いや、その話はよそう…。とにかく、追眠と同じような経験を我(オレ)もしている。長い映画の一部を切り取ったかのような不自然な記憶が、何故かあるんだ」
    「それって………」
    追眠は最後に一瞬だけ見た、あの歪んだ文字を思い出した。
    「我(オレ)は医生(センセイ)と妙な部屋で話をしていた。そばにあったテーブルの模様も覚えている。夢ならそんなことまで覚えていないだろう?だったら、追眠があの人渣(クズ)と話していたとしても不思議ではないと思って」
    「劉仁……」
    「いや、その……分かってる。普段の我(オレ)らしくない。こんな中途半端な記憶を夢だと片付けられない………片付けたくないんだ…」
    追眠は、最後に視界に捉えたモニター越しの劉仁と玖朗を思い出そうとする。しかし、どんなに頭を捻っても『2人を見ていた』という事実は分かっても『なぜそうなったのか』を思い出せなかった。
    そして、霊霊から聞いた『○✕村で遭難している』という話。普段の霊霊は追眠と同じ言葉をしゃべれない。それなのに、あのときの自分達は意思の疎通ができた。何故なのか。そこに至るまでの記憶が"切り取られている"。そう思わずにはいられなかった。

    「…あの人渣(クズ)……変なところに出掛ける前は誰かに声をかけろと前々から言っていたのに……しかもよりによって電波が届かない山の中だなんて……あぁ、クソッ」
    劉仁が苛立ちを吐き出すように呟く。小さな声だったが、追眠にはしっかり届いていた。
    「心配、なのか?」
    「………認めたくはないが、そうだな…。あいつに振り回される度に、この気持ちに気付かなければ、こんな思いはしなかったのにと思うこともある……」
    劉仁が窓の外を見る。
    暗闇の中で、さわさわという木々の葉が擦れる音だけが響いていた。
    「……だが、失くしてから気付いたらもっと酷い後悔をしていただろうな……こればかりは、儘ならない…」
    劉仁はぐしゃぐしゃと自身の頭をかいた。
    すぐにでも山に入って霊霊を探したいという気持ちを必死に抑えているのだと、追眠は感じた。
    「りゅ………」
    声をかけようとしたところで、劉仁がバッと部屋の入り口に顔を向けた。つられて、追眠もその視線の先を目で追う。

    「ご……ごめ……なさ……ぼく…だ、よ……」
    扉の向こうから、か細い声が聞こえた。
    マツリだ。
    劉仁が籐椅子から立ち上がって入り口へ向かい、扉を開ける。
    そこには頬を真っ赤にして枕を抱えたマツリが立っていた。

    「ごめ…なさい……よなか、なのに……」
    「構わない。眠れないのか?」
    劉仁は、優しい声でマツリに話しかける。
    マツリは目隠しの隙間からボロボロと涙を溢して、しゃくり上げながら枕をぎゅうっと抱き締めた。
    「れーれー……ひとり、で……ぼ、ぼくが…いっしょに行かなかったがら…!ご、ごめんなさい……わんわんがくるしいの、は…っ…ぼぐのぜいなの……!」
    そう言うと、マツリは我慢が限界を迎えたのか、堰を切ったかのように泣き出してしまった。
    「それは違う、マツリ」
    劉仁はマツリの目線に合わせるように身を屈め、頭を撫でた。
    「いま、苦しいのは我(オレ)じゃない、お前だ。マツリ」
    「ぅえ……?」
    「お前が泣いているのは、お前自身が、アイツを心配して、こわくて、辛いからだ。その感情はお前だけのものだ。大事にしろ」
    「で……でも…」
    「それに、マツリは悪くない。誰も悪くないんだ。強いていうなら……あの人渣(クズ)の日頃の行いだな」
    冗談じみた劉仁の言葉にマツリは思わず「ぇへへ……」と小さく笑う。

    「大丈夫。アイツは何度死にかけても、その度にヘラヘラ笑いながら戻ってきた。今回だって一緒だ。心配しなくて良い…というのは無理かもしれんが……とにかく、今日はもう寝ろ。疲れているだろう」
    劉仁の声はどこまでも落ち着いていて、先程まで滲ませていた焦りを微塵も感じさせなかった。
    けれど、追眠は気付いていた。
    劉仁に向き合っていたマツリが、より一層枕を握りしめていること。戸惑い、視線をさ迷わせるような動きをしていること。
    マツリは、劉仁の心の中が2つに裂かれていることを感じ取っているのだ。

    マツリを気遣う優しさと、霊霊を思う痛み。

    相反し、それでいて同じ根源を持つ感情を覗いたマツリは、自分がこれからどうしたら良いか分からずモジモジと枕を抱き締めた。

    「……それとも、一緒に寝てくれるか?この季節とはいえ少し冷えるから、マツリが側にいると助かる」
    劉仁が手を差し伸べる。
    マツリは戸惑いながらも「…うん」と小さく頷いて、劉仁のそれとは一回り以上小さい自分の手を重ねた。
    「じゃあ布団を敷こう。追眠、すまないが手伝ってくれ」
    「え、あぁ……」
    追眠は中央に置かれていた座椅子とテーブルを部屋の隅に移動させると、劉仁は窓とカーテンを閉める。そして、押し入れから布団を引っ張り出した。
    畳の上に並べた布団の数を見て、追眠ははたと手を止める。
    「なんで3つ出した?」
    「追眠も寝ていくだろう?」
    「ね…寝ねぇよ!部屋に帰る!」
    「歳の近い追眠が近くにいた方がマツリも落ち着くと思うんだが」
    「かわのじ!かわのじ!」
    先程までの泣きっ面はどこへやら、楽しくなりそうな気配を察知したマツリは上機嫌に真ん中の布団に飛び込んだ。
    「わんわんはこっち!まおまおはこっちね!」
    と、両脇にある布団をバンバンと交互に叩く。
    追眠はマツリの言っていることは分からなかったが、『まおまお』と言う自分を指す呼称と布団を叩く仕草で『ここに寝ろ』と言われているのだと感じ取った。

    先程まで泣いていたマツリが、自分を見て笑っている。
    追眠は、その笑顔を裏切る気にはどうしてもなれなかった。
    「はぁ~…分かったよ……しょうがねぇな……」
    マツリが『まおまお』と言いながら叩いた方の布団に追眠が潜り込む。
    反対側の布団に劉仁が移動すると、電灯から垂れ下がる紐に手を掛けた。
    「じゃあ消すぞ。おやすみ」
    「おやすみなさーい!」
    「晩安(おやすみ)」

    カチカチッと言う音のあと、部屋は真っ暗になった。
    木々が月の明かりを反射する仄かな光だけが、カーテンの隙間から部屋に差し込む。

    「あのね、まおまお」
    不意にマツリが追眠に向き直り、話しかけてきた。内緒話をするような小さな声に、追眠はマツリに向かって身を屈める。
    「まおまおはわんわんのこともれーれーのことも、心配してくれたでしょ。らんらんも、今のまおまおと同じ気持ちを、まおまおに持ってるんだよ」
    追眠に、マツリの言葉はほとんど分からない。"わんわん"、"れーれー"と言う呼称を聞き取るだけで精一杯だ。
    けれど、"らんらん"と言う今この場にいない人物の呼び名だけはいやにハッキリと耳に残った。
    「だから…まおまおも……分かるよ…きっと……」
    マツリの言葉がどんどん辿々しいものになっていく。やがて、すぅすぅと小さい寝息が聞こえてきた。

    逆に、追眠は目が覚めてしまった。
    劉仁と霊霊と玖朗と自分、このメンツを結ぶものが何なのか、追眠には見当がつかなかった。
    「(今の状況の話か…?いや、玖朗も霊霊もこの場にいないし…名前の順番には何か意味があるのか…?なんで俺のこと何回も呼んだんだ…?)」
    グルグルとマツリの言葉が頭を駆け回る。眠ってしまったマツリや疲れている劉仁に声をかけるのは憚られ、追眠はひとり悶々とした夜を過ごすことになった。



    ***


    早朝。

    民宿から提供された朝食を摂り、一同は霊霊が迷い込んだと言う山の登山口に集まった。
    民宿を出るとき、主人から再三「山にある祠には恐ろしい神がいる。絶対に近付くな」と言われた。しかし、全員の目標(霊霊)がその祠付近にいる可能性が一番高かったため、詳しい場所を聞き「気を付けます」と返すことで誤魔化した。

    「主人の話では、祠は登山道から少し離れたこの辺り。川はその付近を南北に流れている。最短ルートかつ川の付近を歩いていたなら、この辺りから登山道を外れて進んでいった可能性が高いな」
    劉仁が登山口にある地図看板を見ながら推測を立てる。
    マツリに分かるように日本語で喋っているため、追眠には玖朗が通訳した。しかし、玖朗が始終ブスくれた態度で追眠に話したため、追眠はそっちの方が気になってしょうがなかった。

    「……何怒ってんだよ」
    「…別に」
    玖朗はますますムスッとした態度で劉仁の言葉を訳す。
    追眠も、前日に玖朗と大喧嘩したことを忘れたわけではない。だが、似たような事案は今までも度々あった。ここまで引きずるほどのものだとは到底思えない。なら、別に理由があるのか……等々ぼんやりと考えていると、不意にマツリの高い声が耳についた。

    「れーれーはね、いつもと違ううわぎを着てったよ!」
    (玖朗を通して)話を聞くと、出掛けた当日の霊霊の服装について劉仁がマツリに尋ねているようだ。
    追眠も、あの不思議な記憶を思い起こす。決して夢とは言えないほど鮮明で、けれどあまりにも不完全な一場面。

    「いつもと違う上着…?どんなのだ?」
    「えっとね、えっとね…モコモコで、サラサラで、キラキラなの」
    「モコモコで…サラサラで…キラキラ……?」
    劉仁が首を傾げる。
    追眠が玖朗を見ると、どう訳したものかと困っているようだった。
    玖朗が訳すのに困る言葉……追眠はこれまでの経験から、それは日本語特有の擬音の類いであると推察した。
    そして、改めて最後に見た霊霊の姿を思い起こす。

    「……羽绒服(ダウンジャケット)」
    追眠がこぼす。
    それを聞いて劉仁が追眠の方を見た。
    「ダウンジャケット?」
    「あぁ、たぶんマツリが言いたいのは派手めな色の、薄手で丈の短いダウンジャケットだ」
    「それ!それ!いま、まおまおが思い浮かべたやつ!」
    マツリが嬉しそうに追眠を指差す。そして、パタパタと腕を上下させながら必死に言葉を紡いだ。
    「山だから!天気が変わりやすいから!あったかくて、濡れない服がいいって!わんわんの服!」
    「え、我(オレ)?」
    「えっと…えっと……れーれー、暑がりだから…普段なら絶対着ないって!でも、今回はしょーがないからって!わんわん、れーれーにあげたでしょ?モコモコしてて、サラサラした生地の、キラキラした色の服!」
    「……!!」
    思い当たる節があったのか、劉仁の顔が驚愕を露にした。
    「それ!今思い浮かべたやつだよ!わんわんの服!」
    「いや、劉仁の服ってどういう意味なの?」
    今まで通訳に徹していた玖朗が思わずつっこむ。
    「昔……雪が降るくらい寒い日に薄着で仕事に来やがったから、その場で服を買ってやったことがある……黄色の撥水ダウン……え、アイツあれをまだ持っていたのか!?『趣味じゃない』って散々文句言っていたのに!?」
    「持ってたよ!ずーっと!屋根裏のね、段ボールのなかにね、入れてたの!今回の仕事のためにね、引っ張り出して、着てったの!」
    「…………真的嗎(マジで)?」
    思わず中国語が口をついてしまった劉仁は、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
    泣いているような、照れているような、怒っているような、笑っているような……とにかく、たくさんの感情が混ざり合った微妙な顔をしていた。
    「喜んでる場合じゃないでしょ劉仁。目星が付いたならさっさと行こうよ。こっちは仕事休んできてるんだから、これ以上無駄な時間使いたくない」
    マツリに理解されないよう、玖朗はわざわざ中国語で劉仁に話しかける。
    今日は土曜日。本来であれば、玖朗の表の店は週で一二を争うほどの売り上げが見込める日だった。
    それを、大嫌いな人間のために臨時休業してまで辺鄙な集落へ来ているのだ。玖朗の性格を考えれば苛立つのも無理はない。
    「(なるほど……だからずっと怒ってんのかこいつ…)」
    追眠も、玖朗が不機嫌な理由にようやく合点がいった。玖朗は金と仕事のルールにうるさい根っからのインドア派だ。本来であれば表の仕事をなげうってまでこんなところに来ないだろう。
    どこまでも自己中心的な考え方に、追眠は呆れつつもどこか安堵を感じていた。

    「…言っとくけど、それだけじゃないからね」
    「え?」
    「ほら、さっさと登るよ」
    玖朗は一瞬だけ追眠の方に向き直ったが、またすぐに劉仁たちの方へ行ってしまった。
    やっと胸のつかえが取れたと思っていたのに、追眠はまたモヤモヤとした気持ちを抱えて劉仁たちの後ろについて行くことになった。


    ***


    「……ねぇ、本当にこっちであってるの?」

    山に入って約2時間が経過した辺りで、玖朗が口を開いた。
    マツリの案内で道無き道を行く一行。
    そこら中に生い茂っている草や枯れ枝などが鬱陶しく足に絡み付き、地味に体力を削ってくる。

    「合ってるよ!…でも、なんだろ…れーれーはハッキリ見えるのに、周りがモヤモヤしてて……よく見えない……」
    マツリは劉仁に肩車をされた状態で辺りを見渡す。玖朗たちから見ればどこを向いても木と草しかないのだが、マツリには何かが見えているらしかった。

    肩車のしたで、劉仁が眉間に皺を寄せている。劉仁は本来、マツリがその"能力"を使うことを良いこととは思っていない。
    けれど、一行は昨日からずっとマツリの"能力"に頼りきっている。その状況を劉仁はひどく苦々しく思っているのだ。

    「もう、れーれーの近くに居るよ……でも…何だろう……とっても、嫌な感じがする……暗くて…じめじめしてて……れーれーの周りに…何か、いる……?」
    マツリの言葉がいつもより辿々しい。疲れているのかもしれないと、様子を見ていた全員が思った。
    「暗くてじめじめ……どっかに埋まってんじゃないのアイツ?」
    「おい医生(センセイ)!」
    「冗談だよ」
    自分じゃ分からない言語で繰り広げられる会話を、追眠はなんとか雰囲気で理解しようとした。
    真面目な顔をしたマツリ、やる気のない玖朗、怒っている劉仁……恐らく玖朗がまた変なこと言ったんだろうな、と予想を立てる。

    玖朗が呆れたように話しながら、横にふらりと歩を進めたその瞬間


    玖朗の姿が 消えた


    「!? 玖朗!!」
    追眠が叫ぶ。
    その声を聞いて劉仁が振り返ると、先程まですぐそばにいた玖朗がいなくなっている。
    「医生(センセイ)!何処だ!?」
    「玖朗!おい!居たら返事しろ!!」

    追眠は、全身が一気に冷えていく感覚を覚えた。

    -玖朗が、居なくなった
    -どうして、なぜ、自分を置いて
    -このまま玖朗が見付からなかったら
    -もう二度と玖朗に会えなかったら
    -俺は、どうしたらいい?

    そんな考えが光線のように脳内を駆け回り、心臓が体内で音を立てて暴れだす。
    無意識に指先が震える。それを掻き消そうとするように、悲鳴のような叫び声が口をついてあふれた。

    「玖朗!玖朗!!どこだ!!どこ行ったんだよ……なぁ!!」
    追眠は玖朗が先程までいた方向に走り出す。背の高い草を掻き分けて、その場所に飛び込もうとした。しかし、

    「まおまお!ダメ!!」

    マツリの叫び声と共に、追眠の身体がビタッと硬直する。
    追眠が目だけでマツリの方を見ると、マツリの鋭い"視線"が追眠に向けられていた。
    目隠しで見えないはずなのに、朱く、大きな瞳がこちらを射貫いているような心地がして、追眠は思わず息を飲む。

    「それ以上進んじゃダメ、わんわんも動かないで。そこから先は"隠されてる"の」
    「隠されてる……?」
    追眠の頭に直接マツリの"指示"が響く。
    それに従うように追眠が身体から力を抜くと、追眠が下手に動かないことを理解したマツリは硬直を解いた。
    追眠は自由になった体で四つん這いの状態になり、恐る恐る前に進む。すると、3歩目に突き出した右手が空を掻いた。
    生い茂っていた草を掻き分けて見ると、その向こう側は急激な崖になっていた。

    「崖だ……ってことは、玖朗はここから落ちたのか…!」
    崖の天端を触ると、それは岩盤で出来ているようでゴツゴツとした触感が伝わってきた。
    目障りな草や枯れ枝を退かしてみると、その崖はほぼ垂直に落ちているのが見えた。それより下は、法面にたくましく育った樹木のせいで確認できない。

    「玖朗!玖朗!!」
    追眠が崖の下に向かって叫ぶ。

    ―この崖にとんでもない高さがあったら?
    ―落ちた先に巨大な岩があったら?
    ―鋭利な木の枝が生えていたら?

    嫌な想像ばかりが頭をよぎる。それを掻き消すように、追眠は何度も何度も叫び続けた。

    「玖朗!なぁ玖朗!!頼むから返事してくれ…!」
    その声が悲痛な色を帯び始めた頃、遠くから聞き慣れた声が返ってきた。

    「…ぉ……まお………」
    「! 玖朗!!」
    追眠は飛び出しそうになる身体をグッと堪えて、声が聞こえてきた方向へ叫ぶ。それに答える玖朗の声が、追眠の耳に緩やかに届いてきた。

    「……猫! 聞こえるー!?」
    「聞こえる!無事だったか!!」
    「ちょっと意識飛んでた!それよりさぁ!3人ともこっち降りてこれる!?見つけたくないもん見つけたんだけど!」
    「は!?どういう意味!?」
    「……ガラクタ屋!ここに居る!!」
    その言葉に、追眠・劉仁・マツリは一斉に顔を見合わせた。
    「かなり衰弱してるけど生きてる!マツリにこっちへ降りてくる道探してもらって!待ってる間に応急処置するから!」
    「分かった!頼んだ玖朗!」
    3人は玖朗の指示に従い、マツリの案内で崖下へ降りる道を探し始めた。

    崖沿いに山を下ると、落差が比較的小さくなっているところを見つけた。そこから崖下に飛び降りて、玖朗とはぐれた辺りまで引き返す。
    道中で、サラサラと水が流れる音が聞こえることに気が付いた。
    「川だ。やはり追眠の言った通りだったな」
    劉仁が嬉しそうに呟く。それを聞いて、追眠は何だかむず痒い気持ちになった。



    川を遡って歩くこと数百メートル。
    3人はようやく玖朗の姿を捉えることが出来た。

    「玖朗!」
    追眠が駆け寄る。
    玖朗は所々汚れた服を腕まくりして、霊霊の脚に添え木を縛り付けているところだった。
    霊霊は崖面に背中を預け、ぐったりと横たわっている。全身細かい傷だらけで、所々に包帯が巻かれ消毒液の匂いがした。
    「遅かったね、もう処置はあらかた終わったよ。運ぶのは任せたから」
    玖朗が霊霊から離れる。それと入れ替わるようにして劉仁とマツリが霊霊に近付いた。
    「れーれー!!」
    肩車から降りたマツリが霊霊に抱きつく。しかし、いつものように背中を撫でてくれる手は返って来なかった。
    代わりに、冷静な玖朗の声が降ってくる。
    「まだ意識はないよ。こんな場所でそんな状態でも生きてるなんて、それだけでも奇跡だね。相変わらずしぶといことで」
    「……謝謝、医生」
    「全くだよ。本来なら劉仁とマツリが最初に見つけるべきじゃない?立場的に。こいつと一番に感動の再会を果たしたのが俺だなんて最悪すぎる」
    玖朗は医療道具を片付けながら辟易とした態度で言い放つ。
    よく見ると、玖朗の腕にも真新しい包帯が巻かれていた。
    「猫の話じゃ、川の水飲んで凌いでたんだっけ?帰ったら血液検査ね。感染症と内臓の損傷調べるよ。栄養点滴も必要かな……出張料金も上乗せしてやるから覚悟するよう言っといて」
    玖朗が妖しく笑う。いくら吹っ掛けられるか思案しているときの顔だ。金に無頓着な霊霊でも、さすがに引くくらいの金額を考えているのだろう。
    「金なら何とかしよう……こいつを頼む、医生(センセイ)」
    玖朗の言葉に劉仁が頭を下げる。それを見た玖朗は意外そうな顔をし、追眠も声をあげた。
    「え、劉仁が払うのか?」
    「医生(センセイ)をここまで引っ張ってきたのは我(オレ)だし、こいつを診てくれと頼んだのも我(オレ)だ。まぁ原因はこいつの行動だが……我(オレ)とこいつで折半する。出張料金の方は我(オレ)につけてくれ」
    「ちゃんと払ってくれるなら別に良いけど……あんまり甘やかさない方がいいんじゃないの?」
    玖朗はやれやれと肩を竦めてみせた。
    「あと、外傷の方は心配ないよ。腰から上に傷が少ないことと低体温症にならなかったのは劉仁のダウンジャケットのお陰かな。もうボロボロだけどね」
    そう言って、玖朗は霊霊のそばに置いてある黄色いダウンジャケットを指差した。
    処置のために玖朗が脱がせてしまったそれは、所々裂けて綿が飛び出していた。

    「それにしても……マツリが安全な道を選ばないなんてね。たしかにある意味近道だったけどさ……」
    玖朗の言葉にマツリの表情が曇る。
    「分からない…なんでだろ……見えなかった……あの崖も……まるで、隠されてるみたいに……」
    「隠す?どういうことだ?」
    劉仁がマツリに問いかけるが、マツリは首を横に振った。
    「わからない……黒くて、モヤモヤしたものがこの辺りにただよってるの……とっても、嫌な感じがする……」
    話しながらマツリは泥だらけの霊霊の服をぎゅうっと握りしめた。

    「なぁ……アレ」
    追眠がある一点を指差す。
    そこには、古ぼけた小さな祠が静かに佇んでいた。周りには草や木がぼうぼうと生えていて、今にもその祠を自然の無常のなかに取り込もうとしていた。
    「あれが、ガラクタ屋が探してた呪われた祠?ボロボロじゃん」
    玖朗が無遠慮に祠へ近付こうとすると、マツリが「ダメ!!」と叫んだ。
    「ダメ……そこは、ダメ……近付いちゃ………黒いの、そこから……出てきてる……」
    マツリは声を震わせてますます霊霊にしがみつく。言葉が分からない追眠も、マツリが異常なまでに怯えていることが嫌でも分かった。
    「れーれーのそばだけ…キレイなの……黒いのを追い払ってる……"あの人"が……」
    「あの人?」
    「わんわん……れーれーのとこにいて。わんわんが近くにいると、"あの人"も安心するから…」
    マツリの言葉に疑問を抱きつつも、劉仁は霊霊に近付く。そして霊霊を抱えあげると、小さい声が聞こえた。

    「……ぁ、お……」
    「…! おい!?」
    劉仁が叫ぶ。自分の腕のなかにいるその人が、確かに声を発したのだ。
    「おい、この人渣(クズ)!しっかりしろ!」
    「……ぅ、るさ………きこぇ、よ……」
    か細く、掠れた声で霊霊が話す。薄く瞼を開き、焦げ茶に濁る瞳を覗かせた。
    「………ぉ…」
    「え?なんだ?」
    劉仁が霊霊の口元に耳を寄せる。
    唇が触れるのではないかと思うくらいに距離を縮める2人の姿に、玖朗は眉をひそめた。「イチャつくなら他所でやれよ……」と、小さく舌打ちする。

    「追眠、呼んでる」
    「え、俺?」
    思いがけない指名に追眠は訝しげにしながらも、霊霊とそれを抱える劉仁に近付いた。
    追眠が近くに来たのを確認すると、霊霊は力無く笑って
    「…ほ、んとに…来たんだ……ばか、だね……」
    と溢す。その言葉を劉仁が追眠に分かるように訳した。
    「当たり前だ、約束したろ」
    「あ、は……ほんと…善人、だね……」
    霊霊の口元が弧をえがく。いつもの嫌みったらしい表情を見て、追眠は胸を撫で下ろした。

    「…わ…んわ…」
    「なんだ?」
    「……ぽけ、と…」
    「ポケット?このダウンのか?」
    「……て……ぅ…」
    「なんだ?…マツリ、ダウンのポケットに何か入ってるか?」
    「入ってるよ、手帳!」
    ポケットを確認するまでもなくマツリが答える。
    「……なか、み…」
    「中を見ろってことか?マツリ、頼む」
    「うん!」
    マツリは霊霊が着ていたダウンのポケットから手帳を取り出すと、開きぐせがついているページを開く。

    そこには、本の一部をコピーした紙が貼られていた。

    『「○✕村の民話」より
    昔々、たいへん器量の良い女の子が村に生まれた。村人はみな彼女を可愛がり、大切に育てた。そのせいか、その子はとてもワガママな性格の娘になってしまった。
    ある日、村の若い狩人が山へ兎狩りに出掛けた。その狩人のことを好いていた娘は、二人きりになろうと狩人を追って山へ入ってしまった。それを見た山の女神は娘の美しさに嫉妬し、娘を谷へ突き落として殺してしまう。
    村人は娘の死をたいへん悲しみ、女神の怒りを静めるために祠を築いた。それ以来、○✕村では美しい娘は山に入ってはいけないと言う決まりができたと言う。』
    紙の余白部分には走り書きのメモがいくつも書かれていた。
    『ここに出てくるのが呪われた祠?』
    『是山に確認。女に嫉妬する山の女神というのはよくある話。この民話もその類例のひとつか』

    ページをめくると、山で起こった事故の新聞記事がいくつも貼られていた。
    『○✕村在住の男性(36)、遺体で発見。山中で遭難か』
    『ハイキングに来ていた大学生グループ、遭難。男子学生2人死亡。女子学生2人は軽症』
    『県外在住の家族、遭難。父親(42)死亡。母親(41)と子供(10)は軽傷』
    古いものから最近のものまで、小さい記事ばかりだが、丁寧に切り取られて隙間無く貼られている。
    そして、ページの一番下に走り書きで『山で死んでいるのは男だけ、女子供は無事』と書かれていた。
    さらに次のページをめくると、またメモが続く。
    『是山から連絡。仲谷先生にも意見を聞いたとのこと』
    『嫉妬した山の女神は山中に"迷わせる"のが一般的。直接谷に突き落として殺す話は聞いたことがない。興味深い、との返答』
    『是山も興味を示したため、自分の仮説を話す』
    最後の行は一際大きく
    『仮説:"呪い"が本物なら、祠にいるのは男に殺された女なのではないか』
    と書かれていた。

    「こ、れは……?」
    劉仁の顔が驚愕に歪む。
    「れーれーの調査ノートだよ!れーれー、外で"しんぎふめい"?のおたから探すときは、いつも近くで"したしらべ"?してから行くの!」
    さも当然のようにマツリが説明する。玖朗は劉仁の手にある手帳を覗き込むと「なるほどねぇ…」と独りごちた。

    「つまり、その美しい娘は、本当は好いていた狩人に殺されてたってわけか」
    「な、なぜそんな…!」
    「娘を殺した女神のために祠を建てたのに、それ以降死んでいるのは男だけなんておかしくない?逆なんだよ。ワガママな娘に言い寄られて狩人は迷惑してたんじゃない?だから、山にまでついてきたその娘を故意か事故か、殺してしまった。でも、山の女神のせいにして自分は罪を逃れた。そんなところでしょ。この祠は、せめてもの罪滅ぼしなんだよ」
    玖朗は祠を見据えて、話を続ける。

    「でもそれじゃ娘の気は済まなかった。自分を殺した"男"という存在を憎んで、今もこの祠にいる。だから山に入ったら男だけが死ぬ。理不尽だけど、感情論としてはまぁ筋が通ってるんじゃない?問題は……」
    マツリがビクリと身を震わせる。視線の先には例の祠が静かに佇んでいた。
    「……今、ここには男しかいないってことだよねぇ」

    ほとんど崩れそうになっている祠の扉がキィという音を立てて小さく、開いた。

    全員の背に寒気が走る。
    "それ"を、マツリだけが視ていた。
    得体の知れない黒い靄がユラユラと祠から這い出て、ゆっくり、ゆっくり、全員に近付いてくる。

    「ぅあ……あぁ…!」
    マツリが劉仁に抱きつく。その小さい手は酷く震えていた。
    「どうしたマツリ……なにか、居るのか…?」
    マツリが見つめる先を劉仁が睨む。しかし、そこには祠が寂しく佇んでいるだけだった。

    だが、全員の足元から背に向かって這い上がる恐怖心が確かに訴えていた。
    『何か居る』と。

    そんななか、玖朗が静かに口を開く。
    「もし本当にそんな女がいるのなら、求めてることはひとつなんじゃない?」
    唐突な問いに、劉仁が首を傾げる。
    「ひとつ…?」
    「簡単だ。"歴史を正すこと"。この女は女神に殺されたんじゃない、好いていた男に殺されたんだって世間に広めることだ。それに気付いてほしくて、男ばっかり狙って殺してたんでしょ?」
    玖朗がマツリの背に手を置いた。震える体を宥めるように撫で擦りながら、小さくなにかを囁く。

    その言葉にマツリは顔を上げ、祠の方をキッと見つめた。
    マツリの背を撫でながら、誰もいない虚空に向かって玖朗は話し続ける。

    「ここにいるガラクタ屋が真実に気付いた。コイツを生かして帰さなきゃ、その願いは叶えられないよ?それに、こんな状態のコイツを救えるのは俺だけだし、それを手助けできるのはここにいる連中だけだ。正しい自分の死に様を伝えられるチャンスを、自分で殺しちゃうなんて馬鹿な真似はしないよねぇ?」
    挑発するように笑う。言葉がわからない追眠は、その表情だけを見て玖朗が『交渉』に入っているのだと察した。

    ギリギリと祠を睨み付けるマツリは、"視た"。
    祠から這い出ている靄の動きが、しずかに 止まるのを。

    「…!止まった…」
    マツリの言葉を聞いて玖朗が叫ぶ。

    「逃跑(逃げろ)!」
    その声を合図に、全員で一斉に駆け出した。
    劉仁が霊霊を、追眠がマツリを抱えて山道を下っていく。
    「マツリ!俺が先陣を切る!麓までの最短ルートを"頭に叩き込んでくれ"!」
    「うん!」
    追眠の思考を読んだマツリは、追眠の頭のなかに自分が見えている山道のビジョンを"指示"として送り込む。
    その"指示"の通りに追眠が風のように駆けていく。
    劉仁も、玖朗も、その姿を見失わないよう追いかけた。




    やがて、痛いほどの光が4人の目を貫く。

    その光のなかに飛び込むようにして足を蹴り出すと、斜面を滑るような感覚が消え、平坦な土を踏みしめる感触が脚に伝わった。


    山を 抜けたのだ。

    「……生きてる?」
    「はぁ…はぁ……そうみたいねぇ…」
    追眠の言葉に玖朗が息を切らせながら答える。
    「マツリ!」
    「だいじょーぶ!追ってきてないよ!」
    マツリの言葉を玖朗が訳すと、追眠は力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
    「はぁー…!見えないやつとの追いかけっこなんて…金輪際ごめんだからな……!」
    「それは…はぁ……俺も、同感……はぁ…はぁ…」
    玖朗も追眠の隣にしゃがみこむ。2人で並んで息を整えていると、劉仁の声が耳に入った。
    「おい!おい人渣(クズ)!無事か!」
    劉仁の腕のなかにいる霊霊はグッタリとしていた。

    しかし、やがて小さく声を上げた。
    「………き…」
    「き?」
    「……き゛ち゛……」
    「は!?」
    「あーぁ劉仁、走ってるとき思いっきり揺らしたでしょ……まぁ今吐いても胃液くらいしか出ないと思うけど」
    「ちょ、ちょっと待て!」
    劉仁が霊霊を抱えて慌ててどこかへ走り去っていく。マツリはその背を「まってー!」と追いかけていった。


    3人の姿が遠くなったころ、追眠から玖朗に声をかけた。

    「それにしても……見えない相手に対して『交渉』するなんて…あんたらしくないことするな」
    「あー…あれね……マツリが怯えてたし何かいるんだろうな~とは思ってたんだよ。それでマツリに頼んで『俺の話を聞くように』って相手に"おまじない"してもらったの。ガラクタ屋の情報から、今回の相手は元々人間だって分かったし、話が通じるならイケるかなって……結果オーライじゃない?」
    「あんたがそんな非現実的で危ない橋渡るなんて、明日は槍でも降るんじゃねーの?」
    「非現実的なことなんて今まで何度も経験してきたでしょ。今さらだよ」
    「確かにな……」
    2人で声を合わせて笑う。それすらもなんだか久しい気がして、追眠は安堵を感じていた。

    「でさ、わかった?」
    「何が?」
    「俺が怒ってた理由」
    玖朗が意地悪く笑って見せる。それは、玖朗が追眠をからかうときの表情に良く似ていた。
    「…土曜日に表の店を閉めたから?」
    「それだけじゃないって言ったでしょ」
    追眠の的外れな回答に、玖朗は少し呆れたように息を吐く。教え諭すような語り口で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

    「猫さ、俺が崖から落ちたとき、心配した?」
    「当たり前だろ!」
    「もう会えないかと思った?」
    「っ!…思っ…た……」
    「ふふ、馬鹿じゃないの?」
    「っ!ふざけんなよ!なんだその言い方!」
    「それだよ」
    「え?」
    「俺が怒ってた理由」
    「へ…?」

    「猫はさ、俺がどんなに心配しても『なんでそんなに心配するかわからない』って顔するじゃない?それねぇ、結構傷つくんだよ。俺は猫のこといつだって無事で生きて帰ってきてほしいって思ってるのに、当の本人はまるで馬鹿で無意味な子どものワガママみたいに扱うんだもの。ムカつくんだよ、愛してるから」
    「ぁい……っ」
    「今回の劉仁だってさ、心底あのガラクタ屋のこと心配して、ファミリーに無理言って車手配して俺たちのこと引きずってきたんだよ。でも、猫は劉仁のことを馬鹿だとは思わないでしょ?昨夜、劉仁を気遣って部屋に行ったくらいなんだし」
    「…!気付いてたのかよ……」
    「まぁね。でも、今の劉仁の姿をガラクタ屋が見たら『バカだな』って言って笑うと思う。そして劉仁が『バカとはなんだこの人渣(クズ)!』って言ってケンカする。昨日の俺たちみたいにね。…猫だったら、どっちの味方に付く?」
    「そりゃ、劉仁に……」
    「だよね?じゃあ俺は?昨日の俺と今の劉仁はとても近い立場にあるんだよ。それに、さっき俺、ガラクタ屋が言いそうなこと言ったよね。その時、猫はどう思った?」
    「…………………」
    「別にね、猫を縛りたい訳じゃない。猫の人生は猫のものだから好きに生きれば良い。…でも、せっかく恋人になれたんだから心配くらいしたって良いでしょ?そして、その思いを少しでも受けとるくらいは、してほしいんだよ」

    そこまで言うと、玖朗は立ち上がり体を伸ばした。
    「あーぁ、らしくないこと言っちゃった。俺先に行くね。劉仁たちもそろそろ落ち着いたでしょ」
    追眠を置いて、玖朗はさっさと歩き出す。声をかけようとその背を目で追った追眠は、玖朗の耳がほんのりと朱に染まっているのに気が付いた。

    「……自分で照れてんじゃねーよ…こっちまで恥ずかしいじゃねーか……」

    追眠は先程とは違う意味でうるさく鳴り響く心臓を抱えて、しばらくうずくまることしかできなかった。



    **


    後編へ続く!
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