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    kusabuki2

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    kusabuki2

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    「わすれじの」続き

     雀がさえずる音が耳の奥に差し込んでくる。部屋に落ちる光がまぶしい。目を開けた鞍作は、しばし天井を見つめた。頭が重い。酒が残っているのだろう。舌が乾いて、口内がひどく苦い。

     身を起こそうとしたとき、ふと胸元の感触に違和を覚えた。肌に直接あたる布の感触が、やけに少ない。視線を落とすと、上衣は腹のあたりで脱げ、下半身には薄衣が巻きつくようにして落ちていた。

     見慣れぬ乱雑さで床に転がる、もう一つの衣。

     葛城の、薄衣だった。

     「……」

     喉が鳴った。思い出せない。昨夜、どこまで酒を飲んだ。葛城が隣にいたことはかすかに記憶にある。だが、その先のことが、どうしても。

     まさか。

     嫌がる相手に。俺は。

     絶望が、胸にしみわたっていく。血の気が引いた。こんなことがあっていいはずがない。起きてくれ、起きて叱ってくれ、殴ってくれ。鞍作は、隣にいる葛城を見やる。揺する前に、葛城が目を開けた。寝起きの、どこか呑気な顔。

     「すまなかった!」

     思わず声が出た。反射のように。なによりも先に、なによりも強く。

     ぱちくりと、葛城が目を瞬かせる。

     「……間違えたのか」

     小さな声が落ちてきた。鞍作は即座に頭を下げた。

     「間違えた、すまない!! 謝って済む話じゃないが、きっと俺はひどいことをした!」

     息も絶え絶えに吐き出した謝罪の言葉に、しかし葛城の返答はなかった。恐る恐る顔を上げると、葛城は服を掴んだまま、真っ赤な顔をしていた。怒りとも、悲しみともつかぬ、熱を宿した顔だ。

     「……誰と間違えた」

     「え?」

     「私の名前を呼んだくせに。うそつき」

     葛城は、乱れた衣をとりあえず体に巻きつけて、ふらりと立ち上がった。襟元の合わせもろくにない。足元もふらついている。だが、その背に逃げる気配がある。鞍作は咄嗟に、後ろから葛城を抱きすくめた。

     「放せばか、私じゃなかったんだろう!」

     「ちょっと待ってくれ、話をさせてくれ」

     「鞍作が欲しかったのは、私じゃなくて別の誰かなんだろう、放せ!」

     身をよじる葛城を、鞍作は逃がさなかった。体格差のある腕の檻に、葛城の体が押さえ込まれる。

     「すまないが分かるように言ってくれ、そうしたら放す」

     「……鞍作が好きなのは、抱きたいと思っていたのは私じゃないんだろう」

     静かに、観念したような声だった。

     「それなのに、……最悪だ、浮かれてしまった……」

     葛城は、両手で顔を隠した。

     「葛城は、嫌じゃなかったのか?」

     「言わせるな、惨めになる」

     声は小さく震えていた。怒っているわけではないのだと、ようやく鞍作は理解した。

     「……すまない」

     「…もういい。鞍作は途中で寝たから、鞍作が思っているような間違いは起きていない。だから放せ」

     「途中で寝たのか俺!?」

     「うるさい。そう言ってるだろう」

     「そうか……」

     最悪の事態ではなかったことに、心底から安堵する。だが、それならなぜ葛城は。

     鞍作はひとつの、あまりにも都合のいい仮説を、頭の中で転がす。

     「もしかして葛城は、俺のことが好きなのか? そういう意味で?」

     「っ、関係ないだろう私の気持ちは」

     「関係ある。俺はそういう意味で好きだ。葛城に嫌われたくない」

     「なっ」

     振り向いた葛城の顔は、さっきよりもさらに赤かった。怒りでも、悲しみでもない目をしていた。

     「謝り方を間違えていたことを謝る。だから帰らないでくれ」

     「ちょっと、待て、整理させてくれ」

     葛城が手を顔の前に差し出した。唇が震えている。

     「叶うはずもないと思って言わないでいたが、こんなことになって葛城を傷つけたかと早合点した」

     「待てと言うのに…!」

     葛城は目を伏せたまま、もう何も言わなかった。ふたたび黙りこくった身体を、鞍作はそっと寝台へ導いた。黙ったまま、葛城も従った。

     ふたりの体が並ぶ。葛城の肩を、鞍作の大きな掌が覆う。

     「……いいよ」

     か細い声とともに、ふたたび顔を伏せた葛城の額に、鞍作はそっと口づけた。何度も。耳朶に、頬に。触れるたびに葛城の体が小さく跳ねる。

     目が合う。もう逃げる気配はなかった。

     唇を重ねた。あたたかく、濡れて、やわらかい。どちらからともなく腕が絡み合った。葛城の指先が鞍作の背を探る。さっきまで怒っていたのが嘘のように、睫毛が静かに伏せられ、ため息がこぼれる。

     衣の合わせが、また少し崩れていく。

     窓から差す朝日が、二人の背を金色に染めた。薄い寝具の上に、肩と肩が寄り添い、影を落とす。

     あまりにも眩しい朝だった。まるで全部を見透かすように、残酷なほどに。

     ――それでも、もう逃げない。

     押し倒された葛城の頬に、鞍作がそっと髪を滑らせた。

     唇が、ふたたび触れる。

     光の中で、世界がゆっくりと溶けていった。
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    和花🌼

    DONE夏祭りワードパレットを使用したリクエスト
    7 原作
    ・帰り道
    ・歩調を落として
    ・特別
    ・あっという間
    ・忘れられない

    暑苦しいほど仲良しな二人を楽しんでいただけたら嬉しいです。
    夏祭り 7(原作) 夏祭りといえば浴衣を着て、友人や家族、それに恋人なんかと団扇で顔を仰ぎつつ、露店を横目で見ながら、そぞろ歩きするのが醍醐味というものだ。それに花火も加われば、もう言うことはない。
     だが、それは祭りに客として参加している場合は、である。
     出店の営業を終え、銀時が借りてきたライトバンを運転して依頼主のところに売り上げ金や余った品を届け、やっと三人揃って万事屋の玄関先に辿り着いた時には、神楽はもう半分寝ていたし、新八も玄関の上がり框の段差分も足を上げたくないといった様子で神楽の隣に突っ伏した。そんな二人に「せめて部屋に入んな」と声をかけた銀時の声にも疲れが滲む。暑いなか、ずっと外にいたのだ。それだけでも疲れるというのに、出店していた位置が良かったのか、今日は客が絶え間なく訪れ、目がまわるような忙しさだった。実際のところ、目が回るような感覚になったのは、暑さと疲労のせいだったのだが、そんな事を冷静に考えている暇もなかった。
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