お花見 in アプリリウス バッドエンドお花見 in アプリリウス
ピンクの花びらがアプリリウスの街を埋めている。
エイプリルに語源を持つアプリリウスはコロニーのあちらこちらに桜が植えてあって4月に満開を迎える。
あれは先週、オーブでチャンドラ達と花見をしていた時だ。
「プラントの桜もなかなかですよ。一度プラントの桜を見に来ませんか」
というアルの誘いを受けて俺は今はアプリリウスに滞在中である。
アルと付き合いだしてから何度かアプリリウスの街をへ訪れた事はあるのだが、桜が咲いているのは見たことがなかった。
昨日、宇宙港に降り立ち車に乗って街に入ると通り沿いに植えられている桜が満開で風が吹くとヒラヒラとピンクの花びらを散らしていた。
実は今回アプリリウスにやってきたのには理由がある。
アルが俺を親に紹介したいとお花見をセッティングしたのだ。
俺と付き合っていることを伝えると是非会いたいとしつこく言われているらしい。
俺も彼の両親に俺達のことを認めてほしいと願っている。
いずれはきちんとしなければいけないこと。
アルは小さい頃から両親は多忙であまり家にいたことはなく、歳の離れた兄と二人きりだったそうだ。だから幼い頃の両親との記憶はあまりないと言っていた。
だが、ある程度歳を取ると、親の事情が理解できるようになりそれ以降は両親との仲は良好だという。
今回の事も結婚したい人が出来たので連れて帰ると言った時はかなり驚いていたらしい。
ここは街が一望できる小高い丘にある公園。
あちらこちらに植えられている桜は満開である。
早めに着いて一番大きな桜の下にシートを広げ、アルと2人、風に舞う桜を見ていた。
待ち合わせの時間になり、こちらに向かってくるふたり連れが見えると、アルが「父様、母様!」と手を振った。
向こうもこちらに向かって手を振っている。
初めて会うアルの両親。
お父さんはハインライン設計局をザフトの3大設計局にまで大きくした人物で、アルに似ていて気難しそうな感じに見えたが
「ようこそアプリリウスへ。アルバートの父のヘルマンです。そして彼女が妻のアストリアです」
と、握手を求められ大きな温かい手が俺の手を握った。
「初めまして。アーノルド・ノイマンと申します」
「会えるのを楽しみにしてました。よろしくね。ノイマンさん」
アストリアさんはニコリと笑うとエクボが出来る可愛い感じの女性。
「テオドールが今日来れないと残念がってましたよ。ほら、バート。今日はあなたの好物をたくさん作ってきたのよ。茹で卵のサンドイッチと…」
と言ってバスケットいっぱいの料理をアルに見せていた。
あ、アルはバートと呼ばれているのか。
アルは恥ずかしいからやめて下さいよ、と抗議してたがまんざらではなさそうだった。
「何言ってんの。たまにしか会えないんだからいいじゃない。顔をよく見せてちょうだい」
と嫌がるアルの顔をむんずと挟むと頬にキスをした。
なんだかアルから想像するイメージとは違っていてとても息子の事を愛しているようだった。
色とりどりのごちそうが広げられ早速乾杯した。
「こんなきれいな景色の中で飲むビールは格別だな」
とヘルマンさんが景色を眺めて言った。
アストリアさんが朝早く起きて作ってきたというランチボックスを広げると色とりどりのおいしそうな惣菜が並んでいた。
一口食べると、素朴な優しい味付けで母の事を思い出した。
話はアルが赤ちゃんの頃、おむつを替えていた時ヘルマンさんの顔におしっこをひっかけた事や、お遊戯発表会で1人だけ踊りがワンテンポずれていて、皆がしゃがんでいる時に1人だけ立ち上がっていたりしてハラハラした事、同世代の子供達に馴染めなくて集団生活が出来ず心配していた事など、俺の知らない小さな頃のアルの話がいろいろと聞けた。
「実は私はアレクセイ・コノエとは旧知の仲でね。集団生活になじめず学校へ行けなかったバートの家庭教師をしてもらってたんだ。兄は歳が離れててあまりかまってもらえなくて親の私達より彼といる時間の方が長くて。同世代の子供達とも交わる事がないし、子供らしさがない子供に育ってしまった。あの子は大人になってからも、相変わらず彼の後ろをついて回っていてね」
アルはもういい加減にしてくださいとヘルマンさんを睨んでいた。
話題はやがてアークエンジェルの事になった。
「バートから聞いたんだけど君はアークエンジェルの操舵をしてたんだってね」
ヘルマンさんはやはり興味があるのだろう。
俺があのバレルロールした事やミネルヴァをかわした時の話は今でもザフト内でも語り草になっていると言った。
「私と久々に会った時、バートがその事をうれしそうに話したんだ。あれをしたのは僕の大事な人だって。あの子が自分の仕事以外の事を話すのは初めてだったし、それからは君のことを話す時いつも優しい表情していた」
「バートは君と出会ってから変わったよ。以前彼は自分の尊敬できる人間しか認めなかった。そんなバートを君が変えたんだ。自分を制御する事が出来るようになり、人の意見も聞くことが出来るようになった。友達も出来たと聞いている」
「私達はうれしいんだよ。すっかり機械いじりにしか興味がないと思っていた息子にこんな素敵な伴侶が出来たことが」
そう彼が言うとアルは照れているようだった。
「ところで君達はこれからはオーブに住むと聞いているが、もしも…万が一、両国の間で戦火を交えるような事になった時、君達が辛い思いをしないのであれば私達はそれでいいと思う。どこに住んでいたって私達は家族だ。ここにいるよりもオーブの方がコーディネーターには寛大だ。君達が決めてオーブに住むというのなら私達はそれを尊重する」
と俺達に言った。
「バート、あんまりアーノルド君に迷惑かけるんじゃないぞ」
分かってますよ、と彼はそっぽを向いた。
そして俺に、
「アーノルド君、バートは口の聞き方を知らない世間知らずな奴だけどよろしく頼みます」
「私達も息子がもう一人できたみたいでうれしいよ。何かあったら頼ってきなさい」
と言ってくれた。
「バート、いつでもどこにいても私達は君達の幸せを祈ってるから」
「ありがとう。父様、母様」
アルは両親と抱き合っていた。
俺の親はどうしているだろう?
たまに連絡は取り合ってはいるのだがもう随分長いこと会っていない。
やはり帰るにはまだ少し危険がある。
両親には先だって報告をするのに俺とアルの動画を送っておいた。
動画を撮影する時アルは緊張しまくっていて、とても現場で部下にゲキを飛ばしているような人物と同じとは思えないくらい、穏やかな声で俺の両親に語りかけていた。
何度も何度も取り直して欲しいと頼まれ俺はアルが納得できるまで付き合った。
いつか、俺の両親にも会わせてやれるといいな。
アルの両親を見送って車に向かう途中アルの携帯が鳴った。
アルは俺の顔をチラリと見てから電話に出た。
「はいそうです。あ…今ちょっと。もう少し後でいいですか」
「アルいいのか?」
「ええ、急ぎではないので。帰りお茶でもして帰りましょうか」
お茶をして帰途についた時再び電話が鳴った。
「アーニィ少し車停めますね」
そう言うとアルは路側帯に車を停めて降りた。
ふと見るとコンビニが目に入った。
そういえば夜に食べる物がなかったな。
俺は車を降り、アルにちょっと買い物してくると声をかけようとして立ち止まった。
「支払……中に…。似てて、はい… ええ、びっく…まし…」
俺は何だか胸がざわついてきて音を立てずにアルに近づくと
「はい、本当の家族がこんなんだったらいいなって、ええ、じゃあ次もあのお二人にお願いします。次に予約を入れた時にシナリオはお渡ししますから。次はレストランで食事とかがいいですね、ええ。では」
そう言うとアルは電話を切った。
「アル…今の電話…なに…」
アルはギクッとして振り返り俺を見た。
アルの顔からゆっくりと表情が抜け落ちていった。