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    B1Ftkikki

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    岸吉未満
    岸の隣は日本一安全で日本一危険なんだよって話

    安置「オレんちから片道二時間すンだけど。デンジ君の高校」



     吉田の家から最寄り駅までがだいたい十五分、高校の最寄り駅から高校までも十五分、そして家の最寄り駅から高校の最寄り駅までの間が、一時間半。到底通えないというレベルではない、ギリギリ通えてしまう距離だから厄介だった。週五回、往復四時間もかけて移動なんてしたくない、しかし引っ越す程でもない。つまり公安からも引越しの金が降りてこなかったのだ。自己負担で家を探そうとするも何となく腰が重く、ずるずると始業式の日になっても引っ越さず、新学期の忙しさと移動のかったるさに参った金曜日の夜、やっと辿り着いた自宅のベッドで愚痴を零す。ちなみに昨日は帰るのがダルすぎてビジホ泊まりもした。部活動の勧誘会やら説明会やらが長引いた上、監視や友人との付き合いもあって学校を出るのが遅くなったから。そして引越しを渋ったとはいえ、高校生にしては金がある方だから。



     ホテル代が初めて浮いたのは新生活初めての出動要請の時だった。
     現在進行形で別の任務があるから本来は呼ばれないはずだが、暴れだした悪魔を放置すりゃ当然人的被害が出る。そうなってからでは遅いから、他のデビルハンターが到着するまで食い止めるという目的で、現場から一番近くにいた吉田が急遽駆り出されたのだ。午後六時半、ちょうど一緒に帰るタイミングだったデンジに紙幣を握らせて大人しく家に戻るよう言い聞かせ、同じ学校の人がいないか注意しながら現場へ、現場、現場……その現場は線路の上だった。関係者に通してもらって、吉田が電車が止まった線路の上で悪魔とやり合っていたところ、ほんの少し遅れて岸辺が乱入。だいぶ押してると思っていたが、まさか岸辺さんが来るほどの悪魔なのかと吉田はギョッとした。後から分かったことだが、彼も近くにいたから呼ばれただけであり、この二人が出会ったのは偶然である。悪魔の体力を九割ほど削ったのが吉田だとしたら残り一割のトドメを全て岸辺が持っていって、本当に討伐するはずのメンバーが来る前に仕事が終わった。
    「俺たちすごい活躍しちゃった。ボーナスとか出ますかね」
     出ないことが分かってて、吉田は岸辺に話しかけた。ちょうど酒に口をつけてる最中の男は返事までにインターバルがあって、返事が必要なかった吉田はその隙に畳み掛ける。本題はそれではなかった。
    「岸辺さんちってこっから近いんですか? 俺高校帰りなんですけど」
    「……オジサンの足だと遠いな」
    「つまり近いですよね? 電車、この調子じゃ終日止まってそうで、」
    「歩いて帰れるだろ」
    「電車使って二時間かかる場所ですよ?」
    「はァ? どっから通ってんだ」
     県を跨いでいることを伝えると、岸辺は吉田の顔から目を逸らしやたら緩慢に首を回した。予想外の言葉に呆れている動作にも見えたし、ちょっと首が凝っていただけにも見えた。退勤者が多い時間帯に電車が止まって、ビジネスホテルもどこか泊まれるか分からない。やがてコートの中に酒をしまった岸辺が、何も言わずに下り方面へ歩き始めた。高校とは逆方向、少し遠くに次の駅が見える。悪魔の処分や掃除を後から来た職員たちに任せて追いかけた。後ろをついて行っても特に何も言われない。言われないということはそれでいいということだ。泊まらせて欲しいとは一言も言っていないが、流石この大人は話が早い。

     岸辺の家はそこから歩いて行ける距離にあった。バスもタクシーも乗らずに着いた部屋の窓からは、そびえ立つビル群の光と、その隙間の奥、暗いがぼんやりと高校の校舎が見える。
     体感五分。途中で歯ブラシや下着を買いにコンビニへ寄ったのでズレているかもしれないが、ほぼそれくらい。駅から岸辺の家まではかなり近かった。それに電車を待つ時間、乗る時間、駅から学校までの十五分を足しても、恐らく明日の通学時間は三十分前後で済むだろう。差分の一時間三十分を全て睡眠にあてることができる。吉田にとってこれはかなり大きかった。

     豪雨、強風、悪魔の出現を含む人身事故。あれ以来、電車の遅延や運転の見合わせが起こると吉田は必ず岸辺の家を訪れるようになった。半分以上押しかける形だったし、インターホンを押す吉田は遊びに行くような気分だったが、家に帰れないのは本当なので岸辺も本気で押し返すことはできなかった。



     台風が関東に直撃して、東京も例に漏れず豪雨に見舞われている。土砂降りの雨と強風で、傘は殆ど意味を成さない。片手は塞がるくせに、マジでどういう事なのか傘の中でも雨が降るから、いっそない方がいいとまで感じて、いつの間にか骨が折れたそれを閉じて代わりにカバンを頭上へ。水が張っている道を駆け足で進む。行き先は勿論岸辺の家だ。

     午前六時の時点で警報が出ていたらその日の学校は休み。条件が揃わなかったので、十数分の遅延を乗り越えて登校したはいいものの、昼には雨が強まり、そして三限が終わる頃には先程のような天気になっていたので、結局は早く学校から帰れることになった。一応まだ動いているから、今電車に乗れば無事に家まで帰宅できるだろう。が、裏を返すと今帰らなかったら止まるということ。岸辺は鬼じゃないから、少し早めに行ってもいいはず。平日の昼だ、彼はきっとあの部屋にはいないだろう。合鍵も持っていないし、あの部屋にすぐに避難できる望みは薄い。別にどうでもよかった。居なかったら電話ボックスでもカラオケでも入ればいい、出直せばいつかは入れる筈だから。
     マンションのエントランスに入って、重くなった学ランを脱ぎながらエレベーターを目指す。最上階で止まっていたらしい中身がゆっくりと下りはじめるのを、ボタンの上の電光の点滅で確認した。隣の階段を駆け上った方がちょっとは速く目的地へ着きそうで、そうするか考えているうちにエレベーターは目の前に来た。
     移動して降りた廊下の先に岸辺の部屋がある。自分の家感覚で、まず最初にドアノブを捻ったがドアが開かない。次にインターホンを押して、心の中でカウントダウンをとった。10、9、8、76543121。待てなくなってドアに背を向けて、動く気分じゃないからそのまましゃがみ込んだ。シャツがびしょ濡れなせいでドアの冷たさが直接背中に刺さる。岸辺がいなかったら電話ボックスかカラオケと決めていたが、もうここで雨宿りできるのに動く理由が無くなってしまった。一度座り込むと余計移動の意思がなくなる。

     どれくらい経ったか分からない。屈伸したり、手持ち無沙汰に教科書を捲ったり、また座ったり、最上階まで歩いては戻り。そして鞄を枕にして横になった時、ようやく廊下に変化が訪れた。
    「……岸辺さん?」
     レインコートを着た大柄な男が廊下の先に立っていた。この身長、このシルエットは岸辺しかいない。わざわざ階段を使ったのか、エレベーターの音声が聞こえなかった。夜になって仕事が終わるまで来ないのではと薄々感じていたので意外に感じていたが、相手も一瞬だけ同じくらい目を見開いたような。何か大きな袋を担いでいる。
    「岸辺さん、夜まで来ないと思ってました」
    「なん……アそうか、電車が止まるってか」
    「そうですよ泊めてください」
     岸辺は仕方なさそうに肩の荷物を持ち直すと、歩きながら空いている手をコートの中へ入れた。鍵を探している時の動作だ。
    「それ持ちますよ?」
    「いい」
    「てか中身何ですか」
    「企業秘密」
    「ダウト〜」
     ドア前で鍵が開く瞬間に袋に触れようとしたが、位置的に吉田の腕が見えない筈の岸辺があっさりと避けて袋が遠のく。
     ドアが引かれてから玄関、廊下、リビングまでの間岸辺は中身について何も話さなかった。洗面所に置かれた時のどさりとした音でそこそこ重量があることだけ想像がつく。岸辺がそのままタオルを取り出して、レインコートでも水を防げなかった足や顔を拭きながら戻ってきた。勝手知ったる風に吉田も洗面所に入って、バスタオルを取るついでにじろりと袋を見る。不自然にならないように、早めに目を離して洗面所から出たが、岸辺には「触ってないだろうな」と声をかけられてしまった。今気付いたことだが、企業秘密(仮)の物事に吉田を関わらせないために触るなと言ったのではなく、恐らく触ると人体に何か影響があるから本気で触るなと言っている。レインコート越しに触るのはアリなのだろうか。聞いてみるか。

    「アレ蛸に食わせましょうか?」

     ヤッベ。
     うっかり悪戯心に負けた。さっき見た時に中身が死体だというのは薄々気がついていて、一応、ほんと、1センチくらいは黙る気でいたのだ。死体の処分について言った方が面白そうだという魔が差した思考に完全に持っていかれた。緩慢に首を回しながら岸辺が話しかけてくる。
    「……触ってねぇよな?」
    「アはい触ってないです本当に」
    「よし」
     吉田の隣を通り過ぎて、岸辺が洗面所で座り込んだ。吉田が隣に座ると、岸辺は小指で器用に袋のファスナーの持ち手を掬い、ゆっくりそれを下ろした。中身は土っぽいものや何かの悪魔の体液のようなものもくっついていて、人なのはシルエットから分かるが表情も服のデザインも確認しにくい。
     蛸を呼ぶと視界の端から足が一本現れて、袋ごと死体を持ち上げるとそのまま消えた。一拍遅れて空の袋がぽとり、落ちてくる。
    「あの人、何か公安について知りすぎたんですか?」
    「さァな」
    「知ってる癖によ……」
     本当は誰にも見られずに岸辺の家でどうにか処分される予定だったのだろう。もしかしたら今までもそうやって、公安か岸辺個人のどちらか(吉田の予想では前者)に都合の悪い人間がこの部屋で密かに姿を消していたのかもしれない。報酬は出るからまだいいが、この組織ヤバいかもと吉田は眉間に手を添える。別に今初めて知ったことじゃない。三流の高校生を転校させて、片道二時間かかる場所に通学させる組織なのだ。

     オレいつかこの部屋で死ぬかも。

     岸辺が死体の処分をしている事を知った時点で殺される理由としては十分すぎる。そういえば、岸辺なら「見世物じゃねぇ」とか言って部屋から出しそうなものなのに、何故死体の処理を手伝わせたのか。急に胴体と離れてないか不安になって首元に手を添えた。 なんて言ったか、そう、死体が喋るって状態じゃないかななんて。吉田は目を閉じる。喉仏の頂点を数回擦って、異変がないことを確かめて息を吐いた。まだ生きてる。今度はそれを証明するかのように寒気が襲ってきて、くしゃみが出た。今すぐこの部屋から逃げた方がいいかな?逃げるなんてことが可能なのか?
     岸辺の傍は日本一安全だと思っていた。
     今それが少し揺らいでいる。鼻をすすりながら考えて、まだ安全という結論に至る。今はそんなこたァどうでもよくて、24時間のうちの4時間を日々公安に搾取されていることの方がやっぱり重大だった。明日は雨で風邪をひいたと言って家に泊めてもらおうか。泊めてもらうための新しい言い訳を思いついて、もう一度、吉田は目を閉じた。
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