そしてふたりは邂逅する ◇
星が降る夜だった。その日はレッドがうちに泊まりに来ていて、オレの部屋のベランダで天体観測をしていた。
オレの横で欄干にもたれ、頬杖をついたあいつは、次々と縦横を流れる星々の軌跡を飽きずに眺めていた。空を見上げるその真剣な目に、星空の輝きが映り込んできらきらと光っている。より一層濡れたように黒く光る髪が、生ぬるい夜風にそよぐのを見ながら、今朝のニュースで得たばかりの知識をオレは得意げに話す。
「十年後、千年彗星っていうでっかい星が見られるらしいからさ、その時はまた一緒に星を見ような、レッド」
いつか道を違えてしまうことなんて考えてもいなかったオレの口約束に、小さなあいつは頷き、無邪気に笑った。どちらからともなく差し出した小指を絡め合う。
疑うことなく信じていたんだ、あの時は。
十年後だってオレの横にはあいつがいるってことを。
◇
ガタンゴトン、と仰々しい音とともに、足元がかすかに揺れている。オレはいつのまにか、列車の通路のど真ん中で立ち尽くしていた。
両側の大きくくり抜かれた車窓から見えるは、今まで見た夜空とは比べ物にならないくらいの、満天の星空だった。星明かりの他に、建物や電灯の明かりも影もなく、まるで乗り物ごと宇宙空間に放り出されたかのように見える。
そもそも、オレはいったいいつ列車に乗ったのだろうか。
改札を通った記憶も曖昧で、思い出そうとするとちくりと頭が痛み出した。次第に脳内に白い靄が立ち込めてきて、これ以上の思考を遮ってしまう。覚えているのは、どこかに向かおうとしていたことだけ。
記憶がないなんておかしいと頭では分かってるのに、不思議とどこか他人事のように感じていた。
とにかく何か思い出すきっかけでもあれば、と列車の進行方向へと車内を探策することに決めた。
それにしても、ひどく古めかしい内装だった。列車の制作者か依頼者は、懐古主義者なんだろうか。今はカントーとジョウト間に、リニアだって通っているのに。
列車の床から天井、背もたれに至るまで材木でできていた。乗り物が木造というだけで、歩く度に心許ない気持ちにさせられる。おまけに、蛍光灯が当たり前の時代に、車内の灯りはガスランプときた。時代錯誤的空間。
ただ、壁や背もたれに彫られた模様は、職人のこだわりが伝わるほどに繊細かつ技巧的な意匠で豪奢に見せていた。丁寧にニスの塗られた用材は、つやつやと硝子のように光っている。座席には肌触りのいい、青いビロードがピンと張られていた。
進めど進めど自分以外の乗客が見当たらず、元より抱いていた不審感はますます増大していく。
だから、赤い帽子に黒いTシャツ、色褪せたデニムのズボンを身に纏った、自分と年齢の近そうな少年を見つけた時にはひどく安堵した。
彼は窓枠から身を乗り出すようにして外を眺めていた。その後ろ姿がなぜか無性に懐かしくて、しばらく目が離せなかった。
声をかけようかと迷ううちに、彼はにわかに頭を車内へと引っ込めて、視線に応えるかのようにこちらを振り返った。無数の星々の灯りが、夜を背に立つ少年の輪郭を青白く光らせる。
深い海のような色の目がオレを捉えた。そして、互いに全く同じタイミングで息を呑む。
「……どうして」
血の気のない白く薄い唇が、そう動いたような気がした。けれど、確信はもてなかった。瞬きの内に彼が口を閉ざしてしまったからだ。
四文字以降に続く言葉はなく、独り言のような問いだけが、誰に受け取られることのないまま、宙を漂っていた。
「……レッド」
数年振りに会ったあいつの名前が、自然と口から零れ落ちた。