KKが犬になった。
端的に表わすとそうなんだけどあまりにもめちゃくちゃなのでもう少し説明させてほしい。
KKは四十代前半(多分)の男性だ。元刑事、元妻子持ち。今は祓い屋、英語で言うとゴーストバスター、をしている。
まだ大分怪しいな……趣味はお酒と煙草、普通の昭和のオジサンだ。いや、年代的には平成の方が長いはずなんだけど、警察って縦社会で団塊世代がのさばっているからKKの価値観も古臭いんだと凛子さんが言っていた。僕もお父さんぽいというかおじいちゃんぽいなと思ったことがないわけでもないけど、それはともかくKK自身も国家の番犬って言ってたから猫より犬に近い立場かもしれない。
でもKKの性格はどちらかというと猫っぽい。気まぐれで、一人が好きで、構われるのが嫌で、でも自分は構いたがりで、孤独を嫌う。いい年したオジサンのくせにめんどくさい。特にすぐに機嫌を損ねるくせに自分で機嫌を良くしようとしないところとか。
そんな猫っぽいKKがどうして犬になったかというと、実はよくわからない。
僕はいつも通り大学の帰りにアジトに寄って、依頼をこなしているKKのために夕飯を作っていた。麻里は友達とファミレスでテスト勉強なので自分も一緒に食べるつもりだ。KKはオジサンらしくシンプルだけど濃い味の和食が好きなので鯖のみりん焼き、筑前煮、切り干し大根と塩昆布のサラダ、豆腐となすの味噌汁。
できあがって食器を並べてそろそろ帰ってくるかなと時計を見たタイミングで唐突に来客を知らせる呼び鈴が連打された。ここはパッと見て普通のアパートの一室だけどそうではない。祓い屋稼業なんてやってる人たちのアジトなので新聞の勧誘なんかは無意識の内にこの部屋だけスルーしてしまう。
ドアスコープを覗くとそこには大きな黒い塊があった。僕は最初それが何かわからなくてしばらく眺めていたけど、やがてそれが犬だとわかった。黒い犬だ。
僕は恐る恐るドアを開けた。見た感じ普通の犬だけど、化けているかもしれない。するとその犬はドアに体を滑り込ませて入り込み、僕に飛び付いてきた。
「うわっ」
受け身を取りつつも玄関先で押し倒される。犬は敵意がないのを示すように僕の顔を舐める。
「待って!わかったから!」
とにかく近所迷惑なので黒い犬の背を叩いて制するとドアを閉めて封印をした。犬は大人しく三和土で待っている。その頃にはこの犬の正体がなんとなくわかっていたけど、確信が持てないのでしゃがんで目線を合わせ尋ねた。
「もしかして……KK?」
「わんっ」
低い声で返事をする。不本意そうだがそれは間違いなくイエスの声だった。
完全に黒い長毛の大型犬だけど、胴体にボディバッグを身に着けていたからわかった。あとほんのりといつもの煙草の臭いと、刑事というよりも悪役みたいな顔つきと、魂の繋がり。
「何でこんなことに……?」
一応霊視してみるけど特に異常はない。普通の犬のように穏とか話とか絆とかポジティブな文字が見えた。
間違いなくKKなんだけど、いつものKKと少し違う。見た目のように精神も犬になっているのかもしれない。とりあえずこのまま玄関にいても埒が明かないので足を拭いてやって中に入れる。黒い犬は僕に擦り寄るとまた顔を舐めようとする。僕は慌てて避けて言った。
「よだれが着くからやめろよ」
酔っぱらった時だってこんなにキスされたことはない。そう、僕たちは同僚で師弟で恋人同士だけど、猫みたいなKKは気が向いた時にセックスに誘ってくるだけでイチャイチャみたいなことはほとんどなかった。だから相手が犬の姿でもこういうのには慣れないし、ここはアジトなので凛子さんたちが来ないとも限らない。KKが依頼を完遂したのかわからないので尚更。
僕はKKにリビングに行こうと促してソファーに座った。KKは僕の脚元で丸くなる。改めて目の前の犬を見るがやっぱりどこからどう見てもただの大きな黒い犬だ。
「何でこうなっちゃったんだろう……?」
呪いとか、そういうやつだと思うけど、数か月前までごく普通の大学生だった僕には知識がない。エドさんたちに聞いた方がいいとは思うけどKKがどういう扱いをされるか……。とりあえず黒い犬は僕に懐いてくれてとても大人しい。
「でも人間のご飯は食べられないよね……」
確かドッグフードがあったはず。
僕はそう結論付けてキッチンに行こうとした。すると黒い犬が僕のジーンズの裾を咥えた。
バウッ、とまた低い声で鳴く。まるで僕を叱りつけるみたいに。
「ついて来いって?」
どうやらKKは現状を打開する方法を知っているようだった。夕食にはラップをかけて身支度をし、アジトを出る。なんとなく犬になってもKKは頼もしく感じる。
「行こう、KK」
「ワンッ!」
こうして一夜限りの一人と一匹のバディが誕生したのだった。