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    amenosousaku

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    amenosousaku

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    夜。つかほに

    夜。 つかほにもうすぐ月が空高く上がる頃。
    周りは段々と薄暗くなってきて逢魔が時とやらはついぞ過ぎ去ったようだ。
    世界が光から闇に移り変わるその時間が、自分達を一般の人間から裏社会の人間へと切り替える。
    大通りを少し外れた路地。
    そこには表通りより少し早めに夜がやってくる。
    その暗がりを3人の男が走っていた。
    いや、これでは状況説明として充分ではないだろう。
    1人は黒のフードを被った男。よろよろと転びそうになりながら必死に狭い路地を奥へ奥へと向かっていく。
    その後ろを歩いて追っているのが2人。
    灰がかった髪の男は先を歩く黒髪の男の後ろをるんるんと鼻歌でも歌いそうな様子でついて行く。
    先頭を走る黒のフードの男がついに辿り着いたのは路地の最奥、行き止まりだ。
    高い壁に三方を囲まれ、どうしても男には逃げ場はなかった。
    偶然か、それを知っていたのか、追ってきた2人は男より少し早めに足を止める。

    「自分から逃げ場無くすとか馬鹿なの?」

    黒髪の男は呆れを混じえた声で言葉を零す。
    それに賛同するように灰色の髪の男は小さく笑いを零した。

    「あはは、穂二ちゃんの言う通りだね全く」

    男は振り返って唇を噛んでいたが直ぐに懐からナイフを取りだし2人に向ける。
    僅かに入ってくる月明かりが銀色の刃を鈍く光らせた。
    それを見た黒髪の男が無言で足元のホルダーに手をかける。
    取り出されたのは綺麗に研がれたナイフ。
    手馴れたように柄の部分をくるんと回して逆手に持ち替えながら、男は緑色の瞳を細めた。

    2人が向き合ったのはほんの一瞬だっただろう。
    とっ、と軽く地面を蹴る音が聞こえた、次の瞬間にはカラン、と金属が地面に落ちる音が狭い路地に1度だけこだました。
    続いて、ドッ、と重いものを叩くような鈍い音。

    苦しそうなうめき声と地面に倒れ伏すフードの男を見下ろして、灰色の髪の男はぴゅう、と軽快に口笛を吹いた。

    ナイフを見せておきながらそちらを警戒させ、体術で不意打ちを食らわせるのは黒髪の男がよく使う戦法だった。
    あまりがっちりとした体型でもなければ顔もどちらかと言えば女顔。故に致命傷にはならずとも相手を行動不能にするのに対しては成功する確率が低いとは言えないからだ。

    今もこうしてナイフに気を取られたせいでフードの男は見事に脇腹への回し蹴りで地面に蹲る羽目になったのだから。

    相手の手から落ちたナイフを遠くへ蹴り飛ばしてから黒髪の男はナイフを持ったまま静かに男を見下ろしていた。
    殺そうと思えばすぐに殺せる距離にいる。
    ただ、それをしないのにもまた理由がある。

    「はい。早くしてよね」

    その声に待ってましたと言わんばかりに灰色の髪の男がまるで旧知の友に世間話でもするように男の目の前にしゃがみ込んだ。

    「穂二ちゃんの蹴りどうだった??かっこ良いでしょ」

    あまりにも状況に似合わぬ明るい声に声をかけられた男は思わずといったように眉を寄せる。

    「...殺すなら殺せ」
    「え、まだダメだよ。ほらほら遺書書いて?俺に見せて?」

    男はいっそう眉を寄せ、そしてハッ、と嘲笑じみた笑いを零す。

    「遺書?お前達の望み通りにはいどうぞと書くと思うか?」
    「書く書かないとかじゃないよ。選択肢とかないし」

    ほら、と白便箋とペンを取り出して差し出したその手をフードの男はパシ、と払う。
    からん、と今度は先程より軽い音がしてペンが暗い地面に転がった。

    「くだらん。お前も、そこのもう1人も、狂っている。」

    地面にころがったペンをちらりと見てから灰色の髪の男はじっとその言葉を聞いていた。

    「そもそも死んだ後の言葉になんの意味がある?はは、知っているぞ、遺書屋。お前ごときの娯楽になるなど以ての外、どうせ録な育ち方もしていないのだろう、下郎にはもってこいの歪んだ趣味だ。それに..」

    男がさらに言葉を続ける前に、それを遮るかのように明確な舌打ちが路地に響いた。
    苛立ったようなそれは今まさに罵倒されていた灰色の男ではなく、終始黙って様子を見ていた黒髪の彼からだ。

    「おい、退け。殺す。」

    苛立ちをまるで隠そうともせず、しゃがんでいる灰色の男の後ろから低い声が飛んでくる。
    自分が言われたくせにきょとんとしたように灰の男が振り返ってみれば不機嫌そうに眉を寄せている相方が見えた。

    「穂二ちゃん??どうしたの??え、もしかして怒ってくれた?怒ってくれたの!?」
    「退けって言ってんだよ」

    罵倒されていたのをそもそも聞いていなかった様に、口に手を当てて嬉しそうな声を零す男を余所目に再度黒髪の男は一言繰り返す。

    「えーしょうがないな、穂二ちゃんが言うなら今回は諦めよっと...でも穂二ちゃんが怒ってくれたしいっか♡役得♡ 怒ってても可愛いね♡」

    灰色の髪の男は満足そうに立ち上がると座り込んでいる男へにこりと笑顔を見せる

    「ありがと🎶穂二ちゃん怒らせてくれて🎶」
    「あぁでも」

    黒髪の男に場所を譲るように背を向けた灰色の髪の男は、振り返りざま、すとん、と抜け落ちたという言葉が正しい程、一瞬でその表情を無に帰した。
    絶対零度の冷めた視線をちらりと向けて思い出したように口を開く。

    「穂二ちゃんへの罵倒とか、お前ごときが許されることじゃないから、そこら辺は弁えろよ」

    ひっ、と息を飲む音が聞こえた瞬間に、銀色がもうすっかり暗く染った路地に一瞬翻った。
    呻き声が反響して空気に熔けてしまえば表通りから外れたこの場所はすぐに元通りに静まり返る。

    地面を濡らしているであろう赤も、暗い中では黒い絵の具を垂らしたような水たまりにしか見えず、生命維持を放棄した肉塊は冷たい地面の上で動かなくなった。
    肋骨の隙間をぬうようにして差し込まれたナイフを引き抜いて、錆の原因をハンカチで拭い取る。
    黒い男は何も口にすることなくそのさ行を黙々と終えて脚のホルダーにナイフを仕舞い直した。

    「さすが穂二ちゃん♡今日も見事♡惚れちゃう♡」

    もう惚れてるけど!と付け足すその男に振り返って1度ため息をついてからやっと黒の男は口を開いた

    「アンタさ」
    「うん?」
    「ちょっとは苛立つとかしたら?」
    「え、穂二ちゃんに言われた訳でもないのに穂二ちゃん以外からの言葉にさく感情とかいらなくない?てか無駄じゃない?」

    当たり前でしょと言わんばかりに帰ってきた言葉に再度男はため息を吐いた。

    「....それにさ」
    「穂二ちゃん、怒ってくれたじゃん。俺の代わりに。」
    「ありがとね」

    先程までの軽口ではなく、少し落ち着いたその声色に再度こぼれかけたため息を飲み込んで彼の青みが強い瞳に視線を向ける。
    真っ直ぐこちらへと向けられるその視線を真っ向から見返して、直ぐに逸らしてしまった。

    「アンタの趣味、僕はわかんないけど別に好きにしたらいいんじゃない。」
    「昆虫標本作ってるやつとか、人の容姿や好きなもん馬鹿にしたりするやつの方が、余っ程歪んでる」

    「あとは、自分の親殺すやつとか」

    小さな笑いを混じえて付け足された言葉と共にするりと黒髪の男は灰色の髪の男の横をすり抜けて歩き出す。
    何か言いたげな相方の言葉を遮るように、黒髪の男は長い髪を揺らして再度口を開く。

    「お腹空いた」
    「え!!!任せて!俺なんでも作るよ!」

    一拍遅れて、それを追いかけるように弾んだ声と足音が路地に響き渡った。
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