休憩室にて
やはり、珈琲はブラックに限る。そんなことを思いながら、ハーマンは休憩室で淹れたての珈琲へ口をつけた。今日は人が少ないのか基地内は静かだ。
ー・・・カツン
こちらに向かってくる足音に廊下を覗き込めば、軍帽で影になり顔が確認出来ないがあの出で立ちはどうみてもシュバルツ大佐だ。ハーマンがいる休憩室はシュバルツの進行方向、通路の一番奥にある。休憩室に来るであろうシュバルツの分の珈琲をいれる。
戦闘時以外は基本的に各自のノルマをこなすだけなので、休憩は各々好きなときにとっている。そのため休憩が他の人と被ることはそうそうない。
そして、何よりシュバルツは大抵自分にあてがわれた執務室から用事がない限り出てこないため、休憩室で会うのはすごく珍しいのだ。
最近は、両国間の国交もすこぶる良好で、帝国と共和国が共同で管理する施設も増えていた。なぜかだいたいそう言う施設には帝国軍代表としてシュバルツ大佐、共和国軍代表ハーマンとセットで割り当てられることが多かった。
国交が復活してからは暇を見つけてはシュバルツの処へ向かっていたハーマンとしては、同じ基地に配属されるなど願ったりだ。シュバルツはどうかは分からないが。
ちなみに二人は所謂、恋仲なのだがシュバルツのハーマンへの態度がそっけない為ハーマンの一方通行に見えてしまう。
案の定、休憩室に入ってきてもその視線は書類に夢中で、ハーマンに全く気づいていない。しかし、ハーマンはそんなことくらいではめげない。左手には自分のカップを右手には彼の分のカップを持って、シュバルツに近づく。
「お疲れ様。」
「…あぁ、」
声をかけられて初めてシュバルツはハーマンの存在に気づいたのか、驚いたように少し目を開いて珈琲を受け取る。そして、またシュバルツの視線は書類に戻る。
ハーマンは気にした様子もなく、珈琲を手渡し、自然な動作でシュバルツの隣をキープ。
「急ぎの書類なのか?」
「そう言うわけではないが、なにもしないのも時間がもったいないだろう。」
と、ハーマンに視線を寄越すことなく書類とにらめっこ。
休憩中まで目を通さなくていけないほどの書類なのかと思っていたが、訊いてみればそうでもないらしい。
その後もハーマンは色々話しかけるが、適当な相づちで終わり。珈琲を口に含む時も視線は書類に向けたまま。話しかけるハーマンには全て生返事。思えば部屋に入ってきた際も、ハーマンの顔などチラリと一瞥しただけ。仕事中とはいえ愛しい恋人同じ空間で2人きり、少しでも甘い時間をと浮かれていた気分はすっかり沈んでしまった。
どうせ、休憩中。シュバルツの気を引くためにまず、彼の顔を眺めるのに邪魔な帽子を取った。
無言で睨まれた。もちろん、そんなことでハーマンは動じない。くじけない。
それを分かっているのか、すぐにシュバルツの視線はハーマンから書類へと戻った。
さすがに、ハーマンもこの態度は頂けなかったらしい。そっちがその気ならと、勝手にさせて貰おうとシュバルツの腰に腕を回す。軍服の上からでは分からない細い腰、この細腰を知っているのはどのくらいいるのだろうか、跳ねるさまを知っているのは自分だけだろう。跨げはじめた不埒な気分をひた隠して手を添わせるだけで我慢する。
さすがにこれは無視するわけにはいかないだろう。仮にもここは休憩室、共用の場である。今は二人しかいないが、いつ人が来てもおかしくはないのだ。
「………ハーマン」
案の定、シュバルツから牽制するように低い声が聞こえる。普段の倍眉間のシワを濃くして、大の大人でも逃げだしてしまいそうな形相で睨んでいる。だが、先程のシュバルツの態度を真似、横目でみるに留まる。腰を抱く手はそのまま、咎めるシュバルツの刺すような視線を感じつつも、なにも感じないといわんばかりに飲み終わったカップをテーブルに置く。
「…手、」
「手がなにか?」
もっと触ろうか?と添えるだけだった掌でその細い腰を鷲掴む。言葉だけでは無駄と分かると、珈琲と書類を左手に纏めて、空いた右手で腰を抱く手を引き剥がす。だが、ハーマンも負けていない、捕まれてない方の手でスキンシップを続行。もはやセクハラである。
右手だけでは、防ぎきれなくなったシュバルツが焦れて、左手を塞ぐ書類と珈琲を棚に置けば、ハーマンは心の中で大成功とほくそ笑んだ。
シュバルツの手がハーマンの両手を抑えこむ。ハーマンを見上げたシュバルツは勝ったと言わんばかりに得意気に笑う。さっきまで、書類に向かっていたシュバルツの視線は自分のもの。抑えられたままの腕を思い切り自分の方へと引き寄せた。
もちろん、腕を掴んだままのシュバルツは油断していたためバランスを崩してハーマンの方へと倒れ込む。
ちゃっかり抱きとめて、腕の中のシュバルツを覗きこめば、驚いたのか目を瞬かせて珍しく呆けた顔をしていた。
そんなシュバルツの皺の跡がついてしまった眉間にキスを落とせば首に回る腕、引き寄せられるままに傾けば、唇に返ってきた。
「仕方のない男だな、おまえは」
可愛い恋人の態度に簡単に気分は上昇する。掌に収まるまろい後頭部、見た目より柔らかな金糸を撫ぜながら、そのまま軽く何度か触れあうだけの口づけをかわし、チュッと愛らしいリップ音を立てて唇が離れると二人顔を合わせて相好を崩した。
たまには、こんな休憩もいいと
だがしかし、やはりここは共用の場。
休憩室の前ではどのタイミングで中に入ったものかと、お茶を酌みにきたオコーネルが困り果てているのだった。