兄さん、秘密の逢瀬ー・・・トントン
しんと静まり返った廊下にドアノックの軽快な音が響く。夜も更けた午後11時を少し過ぎた時間。こんな時間に扉を叩く男の名はトーマ・リヒャルト・シュバルツ。
「あれ、おかしいな?」
暫く待っても誰も出てこない。ちなみにトーマがノックしている部屋はトーマの兄、シュバルツ大佐に割り当てられた部屋である。
もちろん、中にはシュバルツ大佐がいるはずなのだが…念のためともう一度ノックをしてみる。
やはり誰も出てこない。シュバルツ以外が出てきたら、それはそれでびっくりだが
もう寝てしまったのだろうか。と思ったが、シュバルツがこんな早い時間に就寝しているのをみたことがない。何より、寝ていたとしても二回もノックされれば兄のシュバルツなら起きるだろう。
「まぁ!仕事熱心な兄さんのことだ、何か用事でも出来て外に出ているんだろうな!」
一瞬待っていようかとも思ったが、大した用事でもなかったため、また朝に出直そうと思い直し自室へと戻ることにした。正直、連日の徹夜でいい加減眠かったこともある。
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「……おかしい」
翌日、朝一番にシュバルツの部屋を訪ねたトーマは首を傾げた。トーマの前では部屋の扉が昨日の晩と同じように沈黙を守っていた。
兄さんは一体どこに行ったんだ?
部屋を間違えたかとも思ったがさすがに今までにも何度か訪ねたことがある部屋を間違うほど間抜けではない。もしかしたら、早く起きてまた出かけたのかもしれない。
いないならば仕方ない。
シュバルツに相談するのは諦めて、ハーマンへ相談しようとハーマンの部屋の方へと向かった。
この角を曲がればハーマンの部屋と言うところで聞き慣れた声がした。不思議に思って、トーマが角から顔だけ出して見れば昨日から探していた兄のシュバルツがちょうどハーマンの部屋から出てくるところだった。
やはり、入れ違いになったのか。
一瞬、声をかけようと思ったが会話の邪魔をするのもどうかと思い、その場に立ち止まった。
二人から少し離れているため会話は聞こえてこないが、暫く二人のやりとりをみていてトーマは思った。なにか二人の間を流れる雰囲気がいつもと違うことに。
ハーマンの手はシュバルツの腰に添えられているし、シュバルツもまたそれを拒むわけでもなく普通にしている。
おまけに、二人は視線が絡む度に微笑みあったりして。そう、なんとも言えない甘ったるい空気が流れていた。
トーマの存在に気づいていないシュバルツ達は男同士に使うのはおかしいかもしれないが、いちゃこらしているという言葉がぴったりな感じで不自然なくらいべったりしている。
そして、会話が終わったのか2、3言話して別れる時にとどめのキス。ただの挨拶と受け取るにはおかしい唇を重ね合わせたそれは決定打。
そ、そんな…!
独り身のトーマには、いろんな意味で目に毒な光景である。
おまけに、尊敬する兄の恋人がハーマンと言う疑惑。ハーマンが悪いわけではないがノーマルな思考しか持ち合わせていないトーマにはなかなかにして精神的ショックが大きかったようだ。
トーマのいる方角へと踵を返したシュバルツに見つからないようにとっさに角に身を隠した。トーマとしては、覗くつもりもなかったから、別段やましいことはなにもないのだから隠れなくてよかったのだが。
あぁ…俺の馬鹿!
壁にへばりついてれば、みてました。と言わんばかりじゃないか…
と、段々と近づいてくる足音にいっそのこと壁に同化してしまいたいとトーマは嘆いた。
シュバルツにどう言い訳しようか、何から聞いたらいいかとぐるぐる考えていると天の助けか、ハーマンがシュバルツを呼び止める。
「…シュバルツ!」
普段はシュバルツ大佐と呼んでいるハーマンが兄を呼び捨てで呼んでいることを複雑な気分で聞きながらも、チャンス!とばかりに足音を立てないようにその場を後にする。
「どうかしたか?」
「帽子忘れていったぞ!ほら」
「あぁ…、悪いな」
段々小さくなっていくシュバルツ達の会話が聞こえなくなってもさらに走り、自室へと駆け込む。
後ろ手に扉を閉め、頭を抱えながらずるずると座り込む。
あぁ…、兄さんに会ったらどんな顔をしたものか…
その後、誰にも相談できずに一週間近く一人で悩んでいたが、耐えきれなくなりバン達に言ってみれば、
逆に知らなかったことに驚かれたトーマだった。