こい希う「……綺麗だなぁ」
「あぁ、今日は十五夜らしいな」
言われた言葉に空を見上げれば丸い月が2つ、並んで煌めいている。
「いや、月もだが…月明かりに照らされたおまえの顔がな、綺麗だと」
「?」
歯の浮くような台詞に聞き間違いかと相手を見上げれば、月明かりに照らされた薄青色の瞳がこちらを見ていた。月光を閉じ込めた青い瞳は水面を揺蕩う月のようで美しい。常と違う輝きに魅入られて返す言葉を失う。
「月の女神でも舞い降りてきたのかと思った。」
「…っ、男に言う台詞ではないだろう。」
揶揄われているのかと思うのに、真剣な輝きに勘違いしてしまいそうになる。その瞳に引き込まれてしまっては戻れない気がして、顔を逸らしたいのに、頬に添えられた大きな掌が視線を逸らすことをゆるしてくれない。思考を過ぎるわ昔の詩人は異国語の愛してるを月が綺麗だと訳したという、誰でも知っている有名な話。ハーマンへ好意を抱いているからこそ都合のいいほうへ受け取ってしまいそうになる。どの意味で言っているのかわからないからなんと反応を返したらよいのか。瞼をとじることで視線を遮った。
「今夜は月が綺麗だな。」
優しく頬を撫でる掌の熱が感染るように頬が熱くなる。こんなに優しく触れてくる男だと思っていなかった。瞳を閉じたことで過敏になった耳が息づかいまでこと細かに、紡がれる音を拾う。甘い響きはまるで愛おしいと告げられているようで心が跳ねる。ここが外で良かった。紅く染まる顔を見られることはないだろう。瞼を硬い感触がなぞる。少しかさついた厚い皮膚のした、触れる指の拍動すら感じ取れそうだ。忙しないくらいの脈拍ははたしてどちらのものだろうか。
「……空に月が見えなくても月が綺麗だと言えるか?」
「……もちろん。」
そっと瞼を開けば、ずっとこちらを見ていたのか再び視線が交わる。添えられた手に手を重ねる。あなたの為に死んでもいいわなんて、帝国に捧げる身ではとても言えないけれど。
「……ずっと前から、おまえの隣で見る月は綺麗だ。」
言葉遊びで探り合うのもまた一興。
月明かりが遮られ、影がさす。ハーマンの表情は逆光となってしまいわからないが、瞼を閉じた方がいい気がして瞳を伏せれば、唇に触れる感触。
触れた掌も重ねた唇の感触も熱も、これから少しずつ覚えていけばいい。
((今日は今までより、一段と月が綺麗だ))