シュバルツの機嫌が悪い。
(なにがあったと言うんだ…。)
昨日は普段どおりだったはずだ。
(うむ…昨日は久しぶりだったからか、すごく良かったな…)
今朝も身体が少し辛そうだったので、介抱してやれば当たり前のように甘えてきてくれるようになったのも積み重ねた月日の賜物だろう。
「……気色悪い顔をしてどうした?」
「いや、ちょっと昨夜のおまえがな…って、恋人に向かって気色悪いとはなんだ。」
締まらない顔で告げればすごくイヤそうな顔をされた。だらしなく頬が弛んでいる自覚はあるが気色悪いは酷いだろう、昨夜はあんなに可愛かったというのに、そんなギャップは求めてないぞ。いつからか分からないが、昼飯を食べたあたりからか、シュバルツの当たりがきつくなっていた。やっと拘束が解けて、待機という名目はあるが部屋でゆっくり出来るというのに、恋人の冷たい態度は正直気が滅入る。
「…あんなに可愛いらしかったのに」
「…早く忘れろ」
不満に口を尖らせれば、そっけなく視線を逸らされた。紅く染まった耳が照れているだけだと教えてくれる。
その証拠に後ろからそっと抱きしめれば、少し身じろいだだけで、抵抗なく大人しく腕の中に収まる。少しの期待をのせて耳元へ囁けば肩が跳ねた。
「…なァ、シュバルツ?」
「ッハーマン、…今日は駄目だからな?」
「どうしてもか?」
今夜と言うより今からでも甘い時間を過ごしたいものなのだが、どうやら駄目らしい。だんまりを決め込んでしまった為、原因もわからない。残念に思いながら、耳の裏側にこっそりつけた所有印をなぞるように口づける。シュバルツは跡をつけられるのを嫌がる、譲歩してもらって漸く服で隠れる場所に数箇所だけ許してもらえているので、それだけで満足しないといけないのは分かっているのだが、耳の裏側は髪で隠れているので気づかれないのではと思いついてから、ついつけてしまうのだ。甘えるように何度かそこへ口づけていると聞こえるくらいの溜め息がひとつ、漸く口を開いた。
「……跡が」
「うん?」
「跡が消えるまではヤらない。」
「はぁ?!」
身体中の跡が消えるまでとなるとどの位の期間になると言うのか想像するだけで気が遠くなる。消える頃にはお互い別々の場所へ移動となる可能性も高い。
「うぅ、シュバルツがいいと言ったんじゃないか」
「…身体は、な」
そう言って髪をかき上げて、先程まで口づけていた耳の後ろを指し示す。きつく細められた瞳がこちらを睨んでいる。
(おぉ、美人が凄むと迫力があるというのは本当だな)
「此処はつけていいとは言ってない。」
「あ、」
「気づかないと思ったか?」
「うぐ、悪かった…」
「…はぁ、なんだってこんなとこにつけた?」
情けない声を出すなと鼻を摘まれる。呆れた声色に怒気は含まれていないようで安心して、ぎゅうと後ろから抱き締めて首筋に顔を埋める。頸からフェロモンでも出ているのではないかと思うくらい安心するし、興奮するから本当困る。
「……おまえのな、白い肌に紅が映えるんだ。本当は全身余すとこなくつけたい。」
「おかげで俺は恥をかいたけどな。」
スンスンと鼻を鳴らしていると擽ったいと引き剥がされた。残念だ。
「…誰かに見られたのか?」
「トーマに見つかった。」
(よりによってトーマか…)
「それは本当に悪かった、」
どんなシチュエーションでそんなところの跡を見つけることになったのかは気になるがこれは面倒な相手に見つかったものだ。いや、トーマで助かったと思うべきか、年齢的にどうなのかと思うがトーマはそう言ったことに疎い。
「…トーマには季節外れの悪い虫に喰われたと言っておいた。嘘はつきたくないからな。」
まさかの恋人から悪い虫への降格。話していたことで、怒っていたことまで思い出してしまったのか腰に回した腕が邪魔だと手の甲を抓られる。このまま手を離したら部屋を出て行ってしまうことだろうことは容易に想像出来る。キスマークひとつでなんてことだと絶望に打ちひしがれ、どうにか考え直してもらえないものかとぐりぐりと背中に額を擦り付ける。もちろん腕は引き剥がされぬようにシュバルツ腹のあたりでしっかりと指を組む。
「ぅう、なんでも聞くからお預けだけはどうにか…」
「なんでもだな?言質は取ったぞ?」
きらりとシュバルツの瞳が煌めく、これは絶対面倒ごとを押し付けようとしているなと撤回したい気分になる。だが、普段からシュバルツの頼みはきいているし、無理難題とまではいいださないこともわかっている。大丈夫だろう、多分。
「…まァ、それプラスこの耳の後ろが消えるか、二度とつけないって約束するなら考えてやらんでもない。」
「二度と致しません!」
(あ、これは今夜もいける!)
しかし癖とは恐ろしいものでその数時間後、耳裏に吸いついて3ヶ月の禁欲期間が申し渡されることをうかれているハーマンは知らない。