“私”が仕えた日大戦が終わり約七年。
敗戦し、失敗作として研究室にまだ居る。
軍事用の兵として使うらしい。
とある科学者は大戦時の治安ならまだしも今安定している時期に人体実験するのもモラルが何だと煩いのだと云って居た。
それに反して我々の様な一から作った人工物は人間とは同じでは無いらしく戸籍も無ければ人権も無い。唯の国の所有物に過ぎない。だから出来るのだと半笑いで云って居た。
白い机と白い椅子の置かれた白い部屋。
部屋に白い服が溶け込む。
「〜〜〜♪」
壁に鼻歌が反響する。
「……素敵な歌ですわね」
そう話しかけて来たのはいつしかの成功体の女だった。
元々黒かった髪は実験の影響か将又発現したという異能力の所為かは定かでは無いが空色をしていた。
彼女は紅茶を入れたカップを二つ机の上に置く。
「何て云う歌ですの?」
「…さァ?昔所属していた部隊の死んだ兵士が歌ってたので。曲名は聴きそびれました」
「そうですの」
カップを両手で握り口をまた開く
「……結局貴方は正しかった」
「……何の事です?」
閉じていた目を薄く開く。
黒く光を一切通さない瞳が紅茶を見つめる。
「貴方、テスト全て手加減していたでしょう。私知っていますのよ」
「………」
「まぁその事を今云うのはお門違いですわ。貴方は“あの”戦争で何か得られましたか?」
「あの大戦は酷いものでしたわ」
間を空けぽつりぽつりと話す。
「女の子が居ましたの」
「パルチザンとして戦場に立った女の子。私からしたら普通関わることが無い筈の子。だけど関わった」
「私、その子とお話をしましたの。精神だけ年齢に見合った無知な子でしたわ。此処まで物事を知らない物かと思い問いかけるとその子は産まれて数ヶ月で異能力を発動して戦場に立っていたそうですの」
産まれて数ヶ月。
耳を疑う事実だ。
普段動かない自分が反射で崩れるくらいに。
「数ヶ月の産まれたての赤子ですら己の国を守ろうとして動く程の悲惨な戦争。無意味な戦争。貴方昔ボヤいて居た事。正しかったですわ」
「…そうですか……其れで?赤子は死にました?」
「いいえ、生きてますわ。今頃何処かで恋に焦がれて居るかも知れません」
にっこりと笑う。
「貴方の所はどうでしたの?」
「………少なくとも人について学べました」
「心理学ですの?それなら幾らだって本が有りましたでしょう?」
「いいえ。実際見るのとでは全くと云って佳い程に違いました。……合理的な人間が居ましてね。不死の兵士を作ってました」
「不死…?」
首を傾げそんなもの有り得ないという顔をしている。
「確かに不死の兵士が実現すれば兵には困りませんわ」
「ええ、半分実現しました。ある天使の異能力のお陰で」
「!、…嗚呼…思い出しましたわ。貴方の居た所は……」
全てを察した様だった。
「矢張り人間の精神という物は脆い。何度も何度も死という物を経験すると心が疲弊し使い物にならなくなる」
「……貴方には其れが無いと?」
「どうでしょうか。そもそも我々の頭には知識と合理的な判断をする為の感情しか無い筈でしょう?」
「………そうですわね。ですがアレはなんなのでしょうか」
紅茶の香りが部屋に満ちる。
「…もし私に感情が芽生えたと云ったら笑います?」
カップを手に取り啜る。
程よく暖かい。
「いいえ?特に。我々は人工的に作られたとは云え“元となった物”は人間ですから。バグの一つや二つ有るでしょう」
「貴方にも思い当たる節が?」
「…………」
沈黙が続く。
「応えたく無いのであれば別に佳いですわ。
…其れよりこれからどうするんですの?
こんなにも荒らしてしまって」
彼女は目を開け遠くを見る。
白い部屋に唯一ある大きな防弾ガラス。
その向こうは赤黒い血で汚れていた。
全て研究員と守衛していた人間の物だ。
「仕えるべき主の元へと行こうかと」
「あら…貴方は誰にも何処にも属さないのかと思っていましたわ」
「少々興味が湧く人が出来まして」
「…ふふ素敵ですわね」
紅茶をお互いまた啜った。
「貴女は?」
「私…?わたしは……そうですわね」
真逆聞かれるとは思わなかったのか口が吃る。
「………元々の研究通り軍にでも入ろうかと思いますわ。其処に恐らく友人が居ますの」
「そうですか」
飲み終わった空になったカップを机に起き立ち上がる。
彼女は眉を下げ意味が解らない困惑していると云わんばかりの表情をする。
「殺さないんですの?」
「?、殺されたいんですか?」
「……唯あの男の様に殺すのとばかり」
元成功体の一人であった男を指さす。
数ある実験の中で最高傑作と云われていた男の首が180度回転し光の無い瞳でこちらをじっと見ていた。
「嗚呼、彼は邪魔してきたので殺しただけです」
研究員の一番の云いなりの人形。少し手強かった。
身体を伸ばし呼吸をする。
先程までのほのかな紅茶の香りは消え鉄臭い匂いがした。
「しう……私の名前は三月 詩雨ですわ。友人につけて貰いましたの。貴方のお名前は?」
名前。
直ぐに思い付く物があった。
「ルイ。苗字など有りません。ルイです」
「…ルイ……ルイ。佳い名前ですわね」
にっこりと詩雨と名乗る彼女は笑う。
「ではルイ、元実験体の同僚として一つアドバイスを。
その我々や自分という言葉はお辞めになった方が宜しいかと思いますわよ。まるで思春期の子供みたいですわ」
ぴくりと自分の身体が動く。
「私みたいに“わたし”だったり“僕”……いや、“わたくし”何てどうです?ピッタリだと思いますわよ」
「……参考程度に考えておきましょう」
部屋を退出したのと同時に「また何処かで」と声がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふむ…」
今ヨコハマ内一高いビルの下に居る。
一応国の研究施設から逃げた身なので服は適当に変えたがどう見ても場違いだ。
却説、どう入ろうか……正面からで佳いだろう。
一歩入り適当な黒い服の男に話しかける。
「どうもこんにちわ。働き出を探しに来ました」
「!誰だ!」
その声が響くと同時に注目が此方に集まり直ぐ様複数の銃口を向けられる。
「どうやって…」
「正面から入りましたが?」
何を当たり前の事を云って居るのか理解出来なかった。
「お前の様な奴が入る所じゃねェ、殺れ」
ダンッダンダン!
小型拳銃特有の音が鳴る。
「…………な」
撃たれた筈の場所には傷一つ無く、ましてや避ける動作もせず立って見下ろす光景に驚いたのか口を鯉の様にパクパクと開閉させる男。
「あのですね……襲撃しに来た訳じゃ……」
ザッザッと奥から武装した黒服が増える。
………面倒だ。
ダダダダダダダダとライフル特有の連射の音が響き渡る。
開戦の合図だ。
取り敢えず全て避け、何個か銃を奪い、手を撃ち抜く。
黒服を盾にし別の黒服の鳩尾を蹴り気絶させ盾を変え乍ら戦闘不能にさせる。
弾が無くなり次第其の銃を投げ相手をまた気絶させ使え物にならなくなった黒服複数を集団で固まってる黒服に投げ動けなくさせる。
屍(微かに呻き声を上げてる為生きては居る)を高く積み上げた頃
「ストップ」
そんな声が響いた。
ピタリと争う行動が止まる。
「あーあ…これまた随分と」
「首領…お逃げ下さい………」
「…逃げるも何も、彼は私の客だよ」
「……………へ」
男は此方に向きにこりと笑う。
「久しいね、ルイ」
壺菫の様な瞳をした男。
そう元上司。森 鴎外様だ。
「お久しぶりです。森様」
「随分と探したんだけどね。真逆君から来るとは」
「申し訳ございません。連絡する物も持っておらず、其れに国から追われてるので」
「!、君…若しかして」
元々貼り付けていた笑顔の上にまた笑顔を上乗せした顔で云う。
「はい。つまらな……コホン。特に私の興味の惹かなかった施設を半壊させ脱走しました」
「はは…君随分と思い切りが善くなったね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
森様は苦笑を浮かべ乍ら医療班を呼び、積み上がった怪我人を片付ける。
「幸いな事に君が手加減をしてくれたお陰で怪我人だけで済みそうだ。却説、ルイ君。少しお話しようか」
「えぇ勿論」
二人は長い長い廊下に消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まぁ…その後流れる様に三日程業務が停止したポートマフィアの秘書になり執事になり…情報部隊指揮官になりました」
手前に有る紅茶を一口啜るルイ。
他には話を持ちかけた樋口と立原、偶然居合わせた中也と芥川が居た。
何人か口をあんぐりと開け言葉も出ない様だった。
「三日業務停止って…ルイさん一人で…?」
「あの時は若かったので」
「若いって…手前殆ど見た目変わンねェだろ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ちゃんと衰えましたよ、目が。と冗談交じりに分厚い眼鏡を指さす。
「ハッ老眼かよ」
「実際取ったら何も判別出来ませんし実質そうですね」
「腹黒老眼鏡ジジイ……」(ボソッ)
「おや?自分は成長期はこれからだとほざいて五年経っても変わらない誰か様とは違ってマシな成長だと思いますがね」
「ァ云ったな!?」
中也が机を叩き前のめりになる。
ルイは鼻で笑い紅茶をまた啜った。
「して…ルイさんの居た施設は今はどうなされてるんですか」
話を変えようと芥川が口を開く。
「さァ?施設自体は興味が無かったので知りませんが、生き残りは別の研究でもしているのでは?国の軍に居るでしょう?猟犬部隊。あれは私共の異能力実験の元で出来た手術ですし其処に配属されて居るでしょうね」
「………」
立原はほんのり冷や汗をかき、紅茶を一気に飲んだ。
「ンでそんな国の機密事項、手前が知ってんだよ?」
「嗚呼、先程話した同僚。詩雨が其処に居るので」
「は?」
ルイが懐から1枚の写真を取り出し見せる。
其処には軍服を着た空色の髪をした女がにっこりと笑いながら両手でVサインをしていた。
「ブフッ」
「立原!汚い!」
「す、すんません」
紅茶を吹き出した立原に樋口が叱る。
「就職しました。と手紙が届いたので」
「嗚呼…何処ぞの手練が手前に寄越した手紙が何故か社内にあったあの事件か」
「あれは実に面白かった」
「面白かねェよ、侵入されてんだよ!こっちは!」
「侵入されたのは正面だけでしたし、情報も盗られていませんでした。其れより私とあの一件のお陰で今のポートマフィア内の防犯が厳重になったと云っても過言では無いのでプラスです」
吹き出した紅茶を拭く立原がまた質問する。
「その…手紙やり取りしてるって事ッスか?」
最もで直球な質問だ。
「いえそれっきりですよ。その方がお互いの身の為ですし。若し欲しい情報が有ればいつでも奪えば佳いだけの話ですから」
「それ出来るのルイさんだけですよね……」
回答を聞いた樋口が引き笑いをし芥川と中也はコイツ(ルイさん)なら当然だ。裏切りもしないと云わんばかりの当たり前の様に平然としていた。
ルイは立ち上がりカップを片付ける。
「さァ、仕事の時間ですよ」
ルイが二回手を鳴らす。
長い団欒を占め各々立ち上がりその場を後にした。
一人残ったルイはいつもの貼り付けた笑みを浮かべ乍ら残りのカップを片付け窓から外を見る。
今日もキラキラと人工的な光で輝く夜のヨコハマの街並みは綺麗だった。