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    たまゆり

    twst小説。Twitterに載せた画像化SSや進捗。

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    たまゆり

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    シル監♀
    モフモフ🐰になった監督生がシルバー先輩に保護される話

    ※女監督生が魔法で兎になります

    #twst_NL
    #twstプラス
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    体力育成の授業中。
     突然、風圧を感じて目の前が真っ暗になった。
     青空を箒で飛ぶみんなの姿も、手に持っていたストレッチ用のチューブも何もない。
     一体何が起きたのかわからなくて、慌てて左右を見渡す。大きな布のようなものに包まれているのか、どっちを向いても出られそうになくて。私はますます焦った。
     
     ピ――――ッ
     
     バルガス先生のホイッスルの音が聞こえてきた。
     良かった。どこかに飛ばされたわけじゃないのかも。
     ガサゴソと布が取り払われる気配がして、新鮮な風が頬を撫でた。
    「大丈夫かーっ!」
     バルガス先生の声に顔を上げると、そこには巨人に変身した先生がいた。
     驚いている間にも地響きが聞こえてきて、私の顔の高さまで伸びた葉っぱがざわざわと揺れる。運動場がジャングルにでもなったかのような光景に、目が点になった。
    「オマエ! なんで兎になんかなっちまったんだ!?」
     ジャングルの向こうから現れたのは、怪獣みたいなサイズになったグリムだ。
     なんでそんなに大きく……ここどこ!?
     声を出そうとしてもうまく口を動かせなくて、喉から空気だけが出ていく。
    「マジカルシフトで他の生徒が放った動物化魔法がお前に当たった」
     バルガス先生にひょいっと抱き上げられて――
     世界が大きくなったんじゃなく、
     私だけが小さくなったことを理解した。
     
     ∴ ∵ ∴
     
     バルガス先生は体力育成の授業を中断して、私を保健室へ連れて行った。
     一年生の授業で行うマジカルシフトの練習は、魔力のレベルが近い生徒同士で組んでいる。だから相手の魔法が当たっても重傷に至らない。けれど魔力のない私は、丸腰状態で動物化魔法を浴びてしまったため、元に戻るまで時間がかかるらしい。
     因みに兎になっている間は喋ることもできない。
     窓ガラスに映る自分を確認すると、見た目も仕草もただの兎だった。
    「六限が終わるまでここで休んでいること。それまでに元の姿に戻ったら、オレのところに知らせにくるように」
     バルガス先生はベッドの上に私を置くと、授業に戻って行った。
     先生のジャージに染み付いていたダウニーの匂いが、背中の毛に少し残ってる。兎は多分、臭覚が敏感なんだ。毛繕いをするように枕にゴシゴシ背中を押し付けて、なんとなく匂いが薄れたところで考える。
     どうしよう……。って、何もできないし、ここにいるしかないけど。
     最初はそわそわしていたけれど、保健室の窓から差し込む柔らかな陽も、のりが効いたシーツも心地いい。
     兎の毛って、あったかいんだな……。
     毛布に包まれたみたいに体がぽかぽかしはじめて微睡んでいると、保健室に誰かが入ってきた。
     いきなり動くのも目立ってしまう気がして、置き物のように固まったまま足音の主を確認する。長身をゆらゆら揺らしながら、くぁっと欠伸をしたのはフロイド先輩だった。
    「は? なんで兎がいんの?」
     …………。
     一番手前のベッドに寝ていた私はあっさり見つかってしまい、フロイド先輩は私とベッドの隅に置かれた運動着を交互に見る。ニヤッと三日月型に歪んだ唇の隙間からギザギザの歯が覗いて、私は大きなサメに睨まれたクマノミみたいに布団の中に隠れた。
    「一年A組○○番。誰か知らねーけど、そこいつもオレが使ってるベッドなんだよねぇ」
     そうなんだ……!
     慌ててベッドの隅まで移動して、一瞬ためらったあと飛び降りた。体が軽いせいか、けっこうな高さから跳んだのに全然痛くない。そのままベッドの下に身を隠そうとした瞬間、ぐらっと視界が揺れて信じられない高さまで持ち上げられた。
    「逃げようとしてんの~? オレ、誰かわかっちゃったぁ。アハッ」
     フロイド先輩は二メートル近い高さで私と目を合わせつつ、人懐っこい笑みを浮かべる。
    「小エビちゃんでしょ? 運動着、女の子の匂いするもん。何で兎になっちゃったの? お腹すいた? それとも遊びたい気分?」
     宙に浮いた足がぶらぶらと揺れている。
     こんな高さから落っこちたら、いくら兎でも骨折しちゃうかも。どうしよう。
     胸に不安が広がっていくけれど、フロイド先輩は楽しそうに目尻を下げて、私を抱っこしたまま保健室を出る。
     バルガス先生に運ばれた時よりもだいぶ目線が高くて、持ち方はちょっと雑だった。どこに連れて行かれるのかとヒヤヒヤする。モストロラウンジの厨房でも嫌だし、暗いどこかの部屋でも怖い。けれどフロイド先輩は中庭にたどり着くと、あっさりと草の上に私を放った。
    「日向ぼっこする? 小エビちゃん草とか食べられんじゃねぇ?」
     飼育用の兎として扱ってくれたことに安堵する。鋭い歯を見た私は、小動物の本能でフロイド先輩を警戒しすぎていたかもしれない。
     ちょうどランチの前でお腹が空いていたのもあって、近くに落ちていた林檎に歯を立てた。
     林檎は思ったよりも大きい。私の顔より大きい。限界まで口を開けても削ることができず困っていると、フロイド先輩が林檎を持ち上げる。
    「切ってきてあげよっか~? 小エビちゃんの口、小せぇから」
     待っててねぇ~そう言ってブンブンと手を振りながら、フロイド先輩は校舎の方へ消えて行った。
     
     ∴ ∵ ∴
     
     今日のフロイド先輩は機嫌が良さそう。
     そんなことを思いながら、木陰から日向に移動する。土の匂いと草の匂いが混じっていて、森の中にいるみたい。くんくんと鼻を動かして森林浴をしていると、何かいい香りが混じった気がして、左右を見る。
     芝生の上を歩いてきたのはシルバー先輩だ。ベンチに座ったシルバー先輩は、紙袋の中からサンドイッチを出して頬張る。さっきの鐘の音が、お昼休みの合図だったのだとわかった。
     シルバー先輩は無表情だけど食べ方が綺麗だから、サンドイッチがすごく美味しいご馳走に見えた。ぐぅっと私のお腹が鳴って、鼻がひくひくと動く。
     さっきから香ってくるこの香り。サンドイッチとは別種類の香りだ。シルバー先輩が来た時から風に混じって漂ってくる――その香りを追うようにして、私は一歩踏み出した。
     シルバー先輩の近くに行けば行くほどいい香りがする。
     気がつくとベンチの足元。先輩のローファーのつま先の前に、待てをする犬みたいに座っていた。
     花ともコロンとも、柔軟剤とも違ういい匂い。ずっと嗅いでいたい……
    「お前も食べたいのか?」
     凛とした声が降ってきて、私はうっとりと細めていた目を見開いた。
     シルバー先輩はサンドイッチのライ麦パンを一欠片ちぎって、腕を伸ばして口に近づけてくる。
     お腹が空いていた私は素知らぬ顔でパクッと食べた。
     でも、数秒遅れて顔が熱くなる。いくら兎になったからと言ってシルバー先輩にパンを食べさせてもらうなんて。人間の姿をしていたら、私は顔から耳まで真っ赤になってると思う。
     芝生の上で体を丸めたまま固まっていると――
    「すまない。仲間の分まで用意がなくてな」
     そう言ってシルバー先輩は私の背後に視線をやった。
     振り向くと、リスが三匹。兎が二羽。食べ物をもらえると思った動物たちが集まって来ていた。
    「げっ、増えてんじゃん。え? どれが小エビちゃんなの?」
     切ったリンゴをビニール袋に詰めたフロイド先輩が戻って来た。言われてみれば、私も含め兎が三羽――。他の二羽の区別は私にもつかない。自分の姿を鏡で見たわけじゃないけど、毛の色が同じことはわかる。多分、同じ兎に見えるんだ。
    「フロイド。それは兎の餌か?」
    「クラゲくん餌付けでもしてんの?」
    「そういうわけではないが……。昔から動物に好かれやすいんだ」
     動物に好かれやすい……?
     もしかしたら周りの動物たちもサンドイッチじゃなく、シルバー先輩の匂いに吸い寄せられて来たのかもしれない。動物が思わず好きになってしまうフェロモンみたいなものを、シルバー先輩は放っているんじゃないだろうか。
     今だってフロイド先輩が持ってきてくれた林檎に、他の動物たちは見向きもしない。その代わりにキラキラとした瞳でシルバー先輩を見上げてる。
    「ふ~ん。これ、小エビちゃんのご飯だからここ置いとくね」
    「動物にも渾名をつけてるのか?」
     まぁねぇ~。と答えたフロイド先輩はそのままどこかに行ってしまった。
    「食べるか? 仲良く食べてくれると助かるんだが」
     そう言って、シルバー先輩は動物たちに林檎を分けてくれた。他の兎を真似してカリカリと歯を立ててみる。
     半月の形にスライスされた林檎は瑞々しくて、赤い皮からはとれたての甘い果実の香りがした。
     
     ∴ ∵ ∴
     
     昼休みが終わりシルバー先輩が去ってしまったあと、保健室に戻ろうと中庭を歩き始める。けれど校舎の中に入って階段を登り、保健室にたどり着く頃には日が暮れてしまいそうだった。兎はもっと速く走れると思っていたのに、思ったよりも脚が短いし四足歩行は難しい。
     五分は全力疾走したと思ったのに、三十メートルくらいしか進んでなかった。
     運動場に引き返してバルガス先生に見つけてもらうのはどうだろうかと考えるけど、校舎より運動場の方がもっと遠くて諦める。
     ちょっと木陰で休もう。そう思って道の端に寄った私は、木の根っこを枕にしてゴロンと横になった。
     
     ――――――――
     
     寒さを感じて体がブルッと震えた。いつの間にか眠っていた私は目を覚まして、空の色に驚愕した。とっぷりと日が暮れていて、星がまたたく時間だ。
     焦って辺りを見回しても誰もいない。時計を探して走り出す。この暗さだと、六限目はとっくに終わっている。バルガス先生は私を探してるかもしれない。
     暗い道を猛ダッシュしていると、ふと柔らかい香りを含んだ風が鼻をくすぐった。
     シルバー先輩の匂いだ。
     シルバー先輩はあのあと、フロイド先輩に私が兎になっていることを聞いていないだろうか。そんな一抹の望みをかけて香りの元を辿る。
     すると、夜の闇に紛れるように式典服の裾をはためかせたシルバー先輩が、真正面から歩いて来た。気配に気づいたのかピタッと足を止めて、警棒に手を掛ける。
     視線を巡らせたあと、警棒を握っていた手を解いて、シルバー先輩は足音を立てないようにそっと近づいて来た。それから腰を落として、騎士みたいに片膝をつく。
    「お前は昼間の兎か?」
     首だけ動かして必死に頷く。それと同時にフロイド先輩から事情を聞いているわけじゃないことを悟った。
    「まだ子兎だろう。迷子になったのか?」
     シルバー先輩が優しい眼差しで首を傾げると、先輩の頭に隠れていた満月が姿を現して、私は眩しくて目を細めた。
    「巣に返してやれるといいんだが――」
     私の背中をすっぽりと覆うほど大きな手のひらが、毛並みをゆっくりと撫でる。それからお腹に手が回って、やわやわと動いてちょっとくすぐったい。シルバー先輩は心配そうに眉をひそめて、冷たくなってる、とぽつりと呟いた。
    「明日には仲間のところに連れて行ってやろう」
     そう言って両手で私を抱き上げると、式典服のローブの胸元に入れた。
     暖かくて、いい匂いに包まれて。耳のすぐ横でシルバー先輩の心音がトクトクと鳴っている。息をする音も。先輩が歩くたびに私の体も緩やかに上下した。ゆりかごみたいで気持ちがいい。
     安心して鼻の奥がつんと痛くなる。グリムやバルガス先生が心配している――そのことが些末に思えるくらい胸が熱くなって、ここから離れたくなくなった。
     逞しい胸板から強さとしなやかさを感じる。男性的な太い腕と体のラインに挟まれて、シルバー先輩の包容力に惚れ惚れしてしまった。
     シルバー先輩とはそんなに話したことがあるわけじゃない。けれど、通りすがりの兎にこんなに良くしてくれるなんて、きっと根が優しい人なんだ。人間に戻ったら必ずお礼を言わなくちゃ。なるべくお利口にして、先輩の手を煩わせないようにしよう。そう心に誓った。
     
     ∴ ∵ ∴
     
     シルバー先輩が私を連れて行ってくれたのは、ディアソムニア寮だった。重厚な門をくぐり、ガーゴイルが並ぶ石の廊下を進んでいる間、誰にも会わなかった。もう夜も遅い時間なのかもしれない。
     シルバー先輩はずっと無言だった。動物相手だから当たり前なんだけど……。
     緑の炎が照らす階段を上り、たどり着いたのはシルバー先輩の自室だ。
     初めて入るディアソムニア寮の個室に興味津々で視線を巡らせる。ベッドは一台。シルバー先輩は一人部屋なんだ。
     ベッドの天蓋の上から青い鳥が飛び立って、踊るように部屋を一周したあとシルバー先輩の肩にとまった。続けて、どこからかやってきた二羽目の鳥がかわいい声でさえずる。
     鳥を飼ってるんだ……。
     動物に好かれるというのは見た限り事実だ。シルバー先輩本人も動物が好きなんだとわかって嬉しくなる。
    「迷子の兎を預かることになった。一晩仲良くできるな?」
     小鳥たちにそう言うと、シルバー先輩は私をふかふかのベッドの上に降ろした。明るい室内に来て、初めて自分の前足が泥だらけなことに気づく。おそらく後ろ足も。慌ててシーツを見ると、くっきりと足跡がついていた。
     急いでベッドから飛び降りる。小鳥に餌をあげていたシルバー先輩は私の方を見て、困ったように微笑んだ。
    「悪いな。どこにも行けないんだ。床は冷たいからベッドの上にいてくれ」
     そう言いながら抱っこされて、ベッドの奥の方にそっと置かれる。白いシーツの上に足跡が増えて、汚れに気付いて欲しくて前足を擦り合わせた。人間だったら土足でシーツを踏みつけているようなものだ。
    「――兎は綺麗好きだと聞いたな」
     独り言のようにぽつりと呟いたシルバー先輩は、私の頭を一度撫でてから部屋を出て行った。
     部屋の主人がいなくなると小鳥たちは飛ぶのをやめて、大人しく棚やベッドの枠にとまっている。
     数分後、戻ってきたシルバー先輩は湯気が上がるタオルを持っていた。そして靴を脱いでベッドに座ると、私の前足と後ろ足を丁寧に拭いてくれる。
     ホットタオルからは薔薇の石鹸の香りがして、泥が拭われた爪はツヤツヤと透き通っている。
     シルバー先輩はタオルを裏返しにして、胡座の真ん中にすっぽりと私を収めると、背中やお腹、耳まで拭き始めた。温かいタオルで撫でられるたびに石鹸の香りに包まれていく。
     シルバー先輩の大きな手のひらや太ももの感触が気持ちよくて夢心地だ。
     服従した犬みたいに仰向けに寝っ転がって、眉間を撫でられているうちに眠くなってくる。兎は安心するとお腹を見せる習性があるのだろうか――。
     重くなっていく瞼を持ち上げると、かくんと首を垂れたシルバー先輩の顔が真上にあった。
     寝てる……?
     シルバー先輩は私のお腹に手を置いたまま、長い睫毛を伏せてすぅすぅと寝息を立てていた。時計を見ると十二時近くになっている。でも、式典服のまま寝ていいのか気になってしまう。明日も着るとしたら、シワができて困るだろうし……。起こそうかどうか迷っていると、だんだん体が傾いて枕に頭がつく。本格的に寝る体勢になってしまった。
     そのとき、青い鳥たちが室内を飛び始めて、クローゼットの隙間からブランケットを引っ張り出す。器用にくちばしで摘んで、ふわりと広げたブランケットがシルバー先輩の体に掛けられた。小鳥はパタパタと羽を動かしながら降りてきて、ブランケットの端をもう一度引っ張る。どうやら、私もブランケットの中に入れてくれたらしい。
     それからまた飛んでいって、机の上にある蝋燭の灯りを一周して火を消した。次に壁のランプも消す。
     真っ暗になった部屋を、白く淡い月の光が照らしていた。
     瞳を閉じると、すぐ近くからシルバー先輩の寝息が聞こえる。優しく柔らかな香りにそっと身を寄せながら、私は幸せな眠りについた。
     
     ∴ ∵ ∴
     
     暖かい風が肩を撫でる。ぐっすりと熟睡していた私は、うーんと伸びをしてから目を開けた。オンボロ寮じゃない部屋の壁。自分とは別の人の温もりがすぐ近くにある。昨日のことを思い出して、私は飛び起きた。
     戻ってる……! っ、待って――
     兎から人間に戻ってホッとしたのも束の間、布団の中の自分の体を見下ろして血の気が引いた。服を保健室に置いてきたことをすっかり忘れていた。
     シルバー先輩はまだ眠っていて、動かない。いつの間に脱いだのか、式典服のローブがベッドの隅に追いやられていた。
     今だけ、これを借りて……
     そっと部屋から抜け出して……
     靴がないけれど、そんなことを気にしていられないほど、気まずいし恥ずかしい。
     シルバー先輩を起こさないように静かに静かに――ブランケットで裸を隠しながらローブに手を伸ばす。
     少しスプリングが軋んで、仰向けに寝ていたシルバー先輩が身じろぎをしながらこっちを向いた。
    「すぅ……すぅ……」
     長い前髪で隠れた鼻梁は高くて、穏やかな寝顔は人形みたいに綺麗に整っている。
     兎から人間に戻った私は、シルバー先輩の動物をダメにするフェロモンにうっとりしないけれど、違う意味でドキドキしてしまった。
     なるべく音を立てないようにローブを引き寄せて、そそくさと袖を通したそのとき――
     
     ピピ、ピピ、ピピ、ピピ
     ジリリリリリリリリリリ
     ピー、ピピピッ、ピー、ピピピッ
     
     枕元や机の上にあった目覚まし時計が一斉に鳴り出した。
     息が止まりそうなほどびっくりして、震える手でローブの前を閉める。
    「ん…………」
     シルバー先輩は枕の横にある大きな目覚まし時計に向かって手を伸ばして、目を擦りながら機械的にそれを止める。そして、ふたたび眠り始めた。
     
     ピ、ピピ、ピピ、ピピ
     ピー、ピピピッ、ピー、ピピピッ
     
     デジタル時計のアラーム音が警告音のようになり続けていて、私は堪らずベッドの隅にあるそれを手に取る。二台続けて止めてしんとした部屋に、自分の心臓の音が響いていた。
    「はっ、寝坊したっ!」
     ガバッと勢い良く起き上がったシルバー先輩と目が合って、お互いに五秒は硬直した。
     シルバー先輩は手のひらで口を覆って、光が混ざり合うオーロラの瞳を気まずそうに逸らす。寝癖から覗いた形のいい耳がピンク色に染まっていた。私の顔はもっと赤そうだ。
    「ごめんなさいっ! わ、わたし、あの! うさ、うさぎに、うさぎっ――」
    「わかった。わかったから、いま服を貸す。話すのはその後に――」
     そう言ってシルバー先輩はティーシャツと制服のシャツ、それとスラックスを出して、ベッドの上に置いてくれた。お礼をしてから広げてみると、サイズはかなり大きそう……。でもそんなこと言ってられないくらい、今はありがたい。
     シルバー先輩はくるりと背を向けて、ドアの方を見た。
     急いでティーシャツを頭から被って、シャツを羽織ってボタンを止める。下着を穿いてなくて一瞬ためらったけど、スラックスにも脚を通した。
    「着替え、終わりました」
    「ああ。すまなかった」
     シルバー先輩は振り返りながら、緩く頭を振る。
     先輩は何も悪くないのに。
    「動物化魔法を見抜けなかったなんて、俺もまだまだ未熟だな」
     ここに連れてきてもらえなかったら、中庭で野宿することになっていたし、起きた時に裸で外にいたらと思うとゾッとする。
    「謝らないでください。ありがとうございます。シルバー先輩がいなかったら、今頃、風邪引いてました。昨日の夜も、拾ってもらってすごくホッとして……騙したみたいでごめんなさい」
    「いいんだ。動物の言葉はわからなくても、助けを求めてるように見えた。もう寒くないか?」
     真摯な言葉に耳が熱くなって、つい髪を弄って隠してしまう。
    「はい……。私、学校に寄って着替えたら、シルバー先輩の制服返しに来ます。まだ六時だから、間に合いますよね?」
    「送って行く。一度寮に戻りたいだろ」
     シルバー先輩はさっき私が脱いだローブを羽織って、無造作にベルトを締めた。咄嗟に借りたのは私だけど、なんだか意識してしまう。
     先輩はそういうの気にしないのかな……。
     扉へ向かって歩き出すシルバー先輩を追いかけて廊下に出る。靴を履いていないけど、これ以上なにか借りるのも申し訳なくて黙って足を踏み出すと、シルバー先輩の視線が私のつま先に止まった。
    「靴のことを忘れていたな。道を変えるか」
     眉を下げた笑い方はどこかぎこちないけれど、儚げで優しくて綺麗だ。たくさん迷惑をかけているはずなのに、嫌な顔をせずに手を貸してくれた先輩に感謝しつつ、何か恩返しができないかと考える。
    「もしシルバー先輩が動物になっちゃったら、私のところに来てくださいね。保護するので」
     そう伝えると、先輩は切長の瞳を丸く開いて、初めて声を出して笑った。こんな無邪気に笑うんだと心が浮き立つ。
    「その時は世話になる」
     柔らかく微笑みながら、昨日の夜みたいに頭をふわりと撫でてくれる。そうして部屋の隅に立て掛けてあった箒を手に取り、シルバー先輩は窓を開けた。
     
     森の向こうから朝陽が顔を覗かせている。
     
     深い緑の木とディアソムニア寮の間に、朝霧が境界線を作っていた。
     シルバー先輩は私を箒の前に乗せて、霧の上空から朝焼けに向かってまっすぐに飛んで行く。
     ぶらぶらと揺れる裸足のつま先で風を切りながら、体を包む先輩の温もりに身を委ねた。
     
     空の紫とピンクは美しいグラデーションを描いていた。
     まるで、色づきはじめた兎の恋心みたいに。
     
     Fin.
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