演目・【愛のくちづけ】ピノコニー、折り紙大学。
様々な騒動や事件を乗り越え無事開催された学園祭を楽しんでいた穹は、突然ハーモニー学部の学生達に捕まり空き教室へと連れ込まれた。
悪事を働くつもりならばバット・忍者サンとして繚乱忍侠に代わり成敗し辞世の句を詠ませるつもりだったが、彼らはどうにもそういう雰囲気ではない。
詳しく話を聞くと彼らは演劇部であるらしく、今日は彼らにとって大切な舞台が控えているのだと言う。
しかし、ここに来て重大なトラブルが発生した。
なんと主役の二人、数々の障害を乗り越え恋に落ちる男女を演じる部員二人共が体調不良で舞台に上がれなくなったそうだ。
二人同時に?そんなことある?どっちかかどっちもか仮病じゃない?と聞くと何人かの部員は目を逸らしていた。
彼らも薄々そうじゃないかなと思っているようだ。
まぁそんなこんなで代役を誰にするかで彼らは揉めていた訳だが、そんな時に見つけたのが穹だったらしい。
『君を見た瞬間ビビッときた』
『スターの気配を感じる』
『てかよく見たらスター・オブ・ザ・フェスティバルじゃない?』
『本物じゃんやば、サインください』
主役として舞台に上がって欲しい、と部員たちから熱烈に口説かれてしまえば、穹としても悪い気はしない。
「…分かった、やるよ」
「本当かい!?ありがとう、では早速この主人公ロディットの台本を」
「任せてくれ、ヒロイン・ジュリアを完璧に演じきってみせる!」
「うん????」
*
こうして、穹はふわりとドレスの裾を風になびかせながら舞台へと上がった。
主人公ロディットを演じるのは演劇部の部長で、向かい合うと彼のしっかりとした演技力をひしひしと見せつけられる。
この部長が主役の座を譲ったらしい本来ロディット役だった生徒はどれだけ凄いのだろう、と純粋に気になるレベルだ。
「…素晴らしいよ、君はボクの不安を全て吹き飛ばしてくれた。完璧にジュリアを演じてくれている…だが、今は少し気が緩んでいるようだね」
舞踏会の日、人目を忍んでダンスをするシーンでつい思考が逸れていたのを部長に小声で指摘され、穹は小さく謝罪し演技に集中する。
いけないいけない、今の俺は恋する乙女ジュリア。
ロディットに感心するのではなく、ロディットに夢中にならねば。
舞台の上、手を取り合い見つめ合うロディットとジュリア。
そしてラブストーリーはクライマックスへと向かう。
ロディットとの恋を両親に反対され悲しむジュリアは、自分がどれだけ彼を愛しているかを両親に訴えるべく特殊な毒を飲むのだ。
眠っているような仮死状態になり、愛する人の口付け以外では目覚められないというなんともファンタジーな毒。
『キスするふりをして合図に肩を叩くから、そしたら起き上がってくれ』
部長との打ち合わせを思い出しつつ、穹は目を閉じて合図を待つ。
少しして、人の気配が近付いてきた。
「あぁ、ジュリア!オレの為にこんな無茶をして…今、オレの愛で君を目覚めさせよう!」
凄い。声しか聞こえないけど情感たっぷり。
今まで以上に感情が乗っている、というか少し声が違うように感じるのは目を閉じているせいだろうか。
つらつら考えている内に、顔が近付きてくるのが分かった。
「ダメじゃないですか、僕以外にこんなコト許しちゃ」
明確に、部長ではない声だった。
聞き覚えのありすぎるそれに思わず目を開けると、その瞬間唇が重なる。
髪も顔立ちも先程まで共に舞台に立っていた部長のものだが、目が違う。
緑色。憎たらしくて愛しい男の色。
「…おはよう、ジュリア」
「…おはよう、ロディット」
目を覚ました娘を見て、反対していたジュリアの両親は涙を流し二人の仲を認める。
そして抱きしめ合う二人をスポットライトが照らし、幕が降りていく────
「きゃあ!あれ、フリじゃなくて本当にキスしてない!?」
「最後にもう一度キスするなんて台本にあったっけ…?アドリブ?」
*
「部長を何処にやったこの【ナナシビトスラング】!」
「ちょ、顔はナシですよ!舞台裏ですこぉし眠ってもらってるだけですから!」
幕が降り、暗闇の中で他の部員には聞こえないようにしながら何故か部長と入れ替わっていた男…サンポを問い詰める。
いつ、何処から見ていたかは知らないが、サンポは穹と部長が恋物語を演じるのを見て嫉妬からこんな大人げない行動を取ったらしい。
部長へどう謝ろうか、と穹は頭をかく。
結局、部員が撮影していたラストシーンを見た部長がサンポの演技力に感服し弟子入りを願い出たりしたことでサンポのやらかしは有耶無耶になるのだが…そんな未来を穹はまだ、知らない。