いつか終わる仲良しごっこ「まさかお忙しい仙舟の将軍様が星穹列車でただのんびりお喋りに花を咲かせているとは思いもしなかったなぁ。目の前にはボトルにグラスにアイスペール、おまけにこんな可愛い子を侍らせているものだから、この一角だけキャバクラか何かに見えてしまったよ!」
「本当にそう見えたのなら他の客の席へ勝手に入り込むようなマナー違反は慎むべきだったと思うのだが…カンパニーの社員教育がそういった当たり前の常識も教えないものだとは恐れ入った」
ははは、という白々しい笑い声×2が星穹列車のパーティ車両に響く。
パーティ車両にいくつか並ぶラウンドソファの内の一つに座る、仙舟同盟の【帝弓七天将】が一人と、スターピースカンパニーの高級幹部【十の石心】が一人。
笑みを浮かべながらピリピリとした空気を醸し出す大物二人に挟まれて座らされている開拓者の穹は、早く手にしたドリンク(シャラップの本日のおすすめ、リンゴ酢の炭酸割り)を飲みきっておかわりを名目に席を立とうと目論んでいた。
始めに列車を訪れていたのは、景元の方。
彼は多忙なのでどちらかといえば穹の方から羅浮へ遊びに行くことが多いが、時間が出来た時はこうして列車を訪問してきて、穹となんてことはない世間話をするのが恒例だった。
せっかく列車に来たのに自分と話してばかりでいいのか、語らうのなら丹恒の方がいいのではないか。
そんな風に考えたこともあるし実際そう聞いてみたこともあるが、『私は君に会いに此処へ来ているんだよ』と優しい笑みで返されたのをよく覚えている。
そして今日も忙しい合間を縫って列車へやって来た景元と、パーティ車両で腰を落ち着けて話していた所に突然現れたのが、アベンチュリンだ。
こちらも多忙なので列車を訪れる機会は少ないが、彼はたまに来ては穹へのプレゼントを置いていったり、『ここはなんだか落ち着くんだ』だのと言いながら穹の部屋でPCを取り出して仕事を始めたりする。
そして時には、そのまま部屋に泊まっていくことも────
「ねぇ穹くん。今日なんだけど、また君の部屋に泊まってもいいよね」
アベンチュリンに肩をぐいと抱き寄せられて、やけに甘ったるい声色でそう問われた。
"また"の部分をやけに強調した言い方に首を傾げつつも『別にいいけど』と返すと、彼は『ありがとう』とにっこり笑う。
「この間気が付いたのだけれど、穹くんの部屋で寝ると本当にホッとするというか…あ、ちゃんとお礼はするから!この間遊んでたアプリゲームのガチャ代行でどうだい?」
「えっいいのか!?頼む頼むお願いします」
「OK任せて、もし引けなかったら僕が課金してあげる。それにしてもあのゲーム、僕もやってみたけど結構面白いね!君の言う通りストーリーがしっかりしていて、特にヒロインに関する伏線が…おっと」
つらつらと話していたアベンチュリンが、ぽんと自分の口を手のひらで塞ぐ。
どうしたのかと思えば、彼の視線は穹を挟んだ向こう───景元へと向けられていた。
「あぁごめん、景元将軍を置いてけぼりにしてしまう話題だと思って。これはまた二人の時に話すとして、今は別の話をしようか」
にこ、と彼が浮かべた笑みは、穹に向けられていたものとは明確に違う。
形容するならば"余裕のある"、あるいは"勝ち誇った"笑みだった。
気のせいかもしれないが、場の空気がじわりと冷えた気がする。
なんとなく、景元の方を振り向くのが怖かった。
「…お気遣い、感謝する。そういえば穹、以前君がもう一度食べたいと言っていた菓子があっただろう?」
ぐい、と今度は景元に腰を掴まれて引き寄せられた。
やけに力が強かったが、それも気にならないほど彼の話の方が気になる。
景元はよく穹に仙舟以外ではあまり食べられない菓子を食べさせてくれる(丹恒曰く"餌付け")のだが、穹がわざわざもう一度食べたいとねだったものは実のところ少ない。
もしかして、と期待に胸を膨らませ景元を上目遣いに見つめると、笑顔の景元の口から穹の期待した通りの話が語られた。
「朱明であの時の梨がまた収穫された。梨の保存が利く次の月まではいつでも作れるそうだから、時間があれば食べにおいで」
「やっっった!梨のやつ!名前覚えてないけど!絶対行く、楊柑によろしく伝えといて!」
「ああ。彼女もきっと喜ぶよ、いつも美味しそうに食べてくれる君を随分気に入っているから。私も君が幸せそうに菓子を頬張る姿を見ていると、いつも癒されて…おっと」
景元が話を止めて、視線を穹の向こう───アベンチュリンへ向ける。
あれなんかデジャブ、と思う間もなく、景元が(穹にとっては)あまり見ない類いの珍しい、先程のアベンチュリンに似た笑みを浮かべた。
「申し訳ない。お気遣いいただいたというのに、私こそアベンチュリン殿を置いてけぼりにしてしまう話題を出してしまった。楊柑というのは私の私邸で勤めてくれている料理人で…いや、これも貴殿には関係の無い話だな、止めておこう」
「…………お気遣い、どうも」
また場の空気が冷え込んだ、気がする。
何かもうどちらを向くのも怖くなってきて、穹はテーブルの上を眺めながら自分の分のドリンクを飲む。
グラスの中身がようやく四分の一程になり、これ幸いと腰を上げた。
「ごめん二人とも、ちょっとおかわりついでく」
「ナイスタイミングのおかわりをどうぞ。…これはナイスと"無い"、"酢"をかけた小粋なジョークで」
「お前今日リンゴ酢すすめてきたのそれが言いたいが為だったのかよ!!!!持ってきてくれてありがとうなシャラップしばらく来なくていいぞ!!!!」
スッとおかわりを差し出してきた機械仕掛けのバーテンダーを追い払ってから、立ち上がる理由が無くなってしまったことに頭を痛める。
いっそこのままいつか読んだ漫画の小さな名探偵を真似て『ちょっとトイレ』などと言って抜け出そうか、と思いついた時には両側から腕を引かれ、ぽすんと再びソファへ座らされた。
そしてまた表面上は笑顔の二人に挟まれて、双方から『自分はこんなに穹と親しい』というマウントが見え隠れする話題が振られ、ピリピリとした空気に晒される。
「…あ〜〜〜もう!いい加減にしろ!」
少しして、穹はついに我慢の限界に達した。
大きな声を出して二人の舌戦を止め、それぞれに文句をつける。
「景元は大人げない!アベンチュリンはガキっぽい!二人とも俺の事大好きなのは分かるけど、友達の友達に嫉妬してマウント合戦ってのはどうかと思う!二人とも俺の大切な友達なんだから、二人だってきっと仲良くなれるって!」
本気で怒っているわけではないのだと伝えるために、『これ以上俺のために争わないでっ』と最後におどけてみせた。
景元とアベンチュリンは二人揃ってぽかんとしており、ピリついた空気も霧散している。
…先に笑いだしたのは、景元だった。
「ふ、はは…っ!そう、そうだな。大人げなかった。『旅人、東西を向けども同じ北風に吹かれる』という言葉もある。アベンチュリン殿、彼の唯一を望む限り私たちは根本的に、どうしようもなく相容れないかもしれないが…」
「穹くんの言う通り、ちょっと熱くなりすぎてたみたいだ。目指す先は違えど、同じ障害に道を阻まれるのなら、その時だけ手を組むのも一つの手…うん、それもそうだね」
二人は静かに頷き合い、それから穹への謝罪の言葉を口にする。
すっかり柔らかくなった空気に、穹はよかったよかったと心から安堵した。
仲のいい友達と仲のいい友達が喧嘩をしているなんて心が重くなる、三人で仲良くするのが一番だ。
二人の謝罪にうんうんと頷いてそう説くと、二人は笑みを深めて穹の手を片方ずつそっと握る。
「三人で仲良く。今だけなら別にいいよ、最後に勝つのは僕だし」
「大した自信だ。では先手は私に譲ってくれるのかな?」
「それとこれとは話が別。公平にじゃんけんなんてどうだろう?」
「残念だが君という人物については穹からよく聞いてね」
「…それは残念。僕も貴方について穹くんからよく聞いてるから、策を詰められる前にアドバンテージを得ておきたいところだったけど。はぁ、順番を何で決めるか考えておかないとな」
ポンポンと交わされるよく分からない会話は揉めているようにも取れるが、二人の雰囲気はとても気楽で柔らかい。
これはもう、仲良くなったと捉えて構わないだろう。
穹はそう考えて、上機嫌にドリンクを飲んだ。
「一先ず部屋に移動しようか。いいね?穹」
「?いいよ!何して遊ぼう、トランプ?でも確率ゲーはアベンチュリンが圧勝するしなぁ」
「先に行っててくれ、僕はちょっとあのバーテンダーを口止めしてくるから」
「口止め?」
「ではこちらは湯浴みの準備でもしておこう」
「湯浴み??」