担任「卒業まで不純同性交遊は控えるように」アベンチュリンという男は、この高校において知らない者はいないトップクラスのモテ男である。
花のかんばせ、甘い声、頭の回転も速く運動神経も悪くない。
休日になると高級ブランド品を身に付けた彼を街で見掛けたとか、実家はとんでもない金持ちだとか、そういった噂もある。
おまけに性格も紳士的で、基本的に誰が相手でも物腰穏やか(一部例外有り)。
実は高校生でありながらギャンブル狂、なんて噂もちらりと流れていたが…とにかく、アベンチュリンが入学してからというものの、多くの女子が彼の恋人の座を狙っていた。
だが、彼は誰とも交際しなかった。
バレンタインに数多の女子からチョコレートを贈られても『ごめんね、これは受け取れない』と一人一人を丁寧にフッた。
文化祭等のイベント事は男友達とばかり行動していたし、まるでアベンチュリンと交際しているかのように振る舞い外堀を埋めようとした女子もいたが、それもアベンチュリン本人に完全否定され撃沈した。
アベンチュリンと一番仲の良い友人である穹を利用して近付こうとした女子もいたが、結局アベンチュリンと親しくなることすら出来ず、なんなら何故か穹に惚れてしまった者もいた(交際までは至っていない)。
鉄壁にして難攻不落、すぐ目の前にあるのに触れられない花。
それがアベンチュリンという男であり、彼が3年生に進級しても未だ諦めていない者もいるにはいるが…彼はこのまま卒業まで誰のものにもならないのだろうと、多くの生徒が予想していたのだ。
そして迎えた、アベンチュリン在学中最後のホワイトデー。
その日、朝から学校中に激震が走った。
登校してきたアベンチュリンの手にある、小さな紙袋。
そこに書かれた【White day】の文字。
ついに、ついに難攻不落の城が落ちた!
誰かが彼の心を射止めた!
その知らせを受け期待と不安に胸を膨らませた何人かの女子がアベンチュリンに『おはよう』と声を掛ける。
バレンタインチョコは突っ返されたが、もしや自分にくれるのでは?
もしそうでなくても、どこの誰が貰うのかこの目で確かめたい。
ぎらぎらと目を光らせる女子たちへにこやかに朝の挨拶を返しつつ、アベンチュリンは自身の教室へと向かった。
*
「おはよう穹くん。はいこれ」
一人の少年の机の上にポンと置かれた紙袋。
クラス中どころか教室の外からも向けられる視線が穹を襲う。
色んな理由で冷や汗をかく穹は、喜色満面の笑みを浮かべるアベンチュリンから目を背け『どうして』と呟く。
「俺、お前に何にも渡してないけど」
「えっ?くれたじゃないか、チョコレート。白い無地のメッセージカード付きの」
「心当たりが無い。お前の勘違いだ」
「僕が君のこと分からないわけないだろ」
にこにこ、にこにこ、蕩けるような笑みで彼は穹を追い詰める。
確かに穹は、バレンタインデーにアベンチュリンへチョコレートを贈った。
けれどそれに、差出人の名前は書いていない。
…穹は、アベンチュリンのことが好きだ。
1年生の時からずっと同じクラスで何をするにも一緒、中学からの友人たちにすら『あんたらもはやニコイチじゃん』とまで言われるほどの時間を共に過ごしてきた。
始めは、アベンチュリンが穹の幼い頃に出会った初恋の女の子にどこか似ているのが切っ掛けで気になって。
友人になり、日を追う事に親しくなり、いつしか親友となって。
だが、いつしか初恋の子は関係無くアベンチュリンという少年に惹かれてしまっていると気づいて。
苦しかった。穹が一番仲の良い友達だと言ってくれたアベンチュリンを、裏切っているような気分だった。
1度距離を置くべきかと思ったが、そんな穹の思いとは裏腹にアベンチュリンは『穹くんと離れ離れになるなんて考えられない』と言って進路希望に穹が進むのと同じ大学を書く等、べったりとくっついてくる。
ならばと、穹は自分の思いに踏ん切りを付けようとした。
その結果が、バレンタインの差出人不明のチョコレート。
市販品のチョコレートに、個性を出さない為の白いメッセージカード。
なるべく筆跡を誤魔化し、かつて女友達から貰ったメモの字を参考に女の子らしい字でただ一言『好きです』とだけ書く。
自分の気配を徹底的に消し、けれど恋心をぎゅうっと詰め込んだそれを人知れずアベンチュリンの下駄箱へ、数多の女の子が贈ったチョコレートの中へ紛れ込ませた。
そしてこの恋は終わった、穹はそう自分に言い聞かせていた。
…だというのに。
「これの中身はキャンディーだよ。意味、教えた方がいい?」
キャンディーより甘ったるい、蕩けるような瞳が穹を真っ直ぐに見つめてくる。
机の上で握りこんでいた手に、アベンチュリンの手が優しく重なる。
「君も同じ気持ちでいてくれてるって分かって、嬉しかった。…僕も、君が好きだ」
彼が、本当に嬉しそうに、そう言うものだから。
導かれるまま、紙袋を手に取って。
その瞬間クラスは歓声と悲鳴に包まれ、担任教師が来るまでお祭り騒ぎとお通夜ムードが入り混じる混沌の様相と化した。