鏡の中の世界にはいつだって自分ひとり、向かい合って見つめ合ってずっとふたりきり。思いの丈を紡いだ分だけ愛される関係は綻ぶことなく完璧なバランスで、この世界をより鮮やかに煌めかせてくれる。
こんなにも素晴らしい愛し合い方を歪だって拒む他人がいるのは知ってる、どうだっていいけど。ああだけど、この在り方を一目見て讃えた人間はいなかった。ちょっと信じられない、なんて、僕もどうかしてる。当然のことなのに戸惑うなんて、だってちょっと驚いちゃって。
「天彦、……正気?」
「もちろん」
「僕、一緒にいてもきみがいること忘れちゃうけど」
「何か問題が?」
手を取られてエスコート、行き先はドレッサーの前。ねえ今の、そのセリフ。今までは僕が言う側だった。僕が僕と愛し合うことにいったいどんな問題があるの。相手はいつもついてこれずに互いに話が通じない。だからこんなこと、言われたのってそういえば初めて。鏡の中の僕が、僕と同じ角度で視線を上げる。
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