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    ripKei1030

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    ripKei1030

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    ダンスパーティー

    Le Pinard 「踊りませんか?」

    女がスーツの男に話しかける
    背の大きく開いた深紫のドレスを身にまとう、美しい顔立ちの女性だ
    銀白色のパールが白い肌によく映える

    「申し訳ございません、私はスタッフですので」

    ご一緒することはできませんと男は丁寧に頭を下げる
    男が顔を上げると同時に左耳のクロスピアスがゆらりとゆれた

    「でもあの方は踊っているわ」

    女の指さす方を見れば華美な服の隙間からホテルスタッフの服が覗いた
    高い背に後方へ撫で付けたオールバック、支配人だ
    誰よりも楽しそうに踊っている

    男は頭痛をおぼえた
    女はどうも引き下がる様子が無いようだ
    1曲相手すれば満足するだろう、男は小さくため息をつき女をエスコートした

    ダンスホールに反響する三拍子
    息を合わせ華麗なステップを踏み
    踊る
    躍る
    おどる

    支配人はいつの間にかヴァイオリニストの楽器を奪って演奏に混じっている
    何故その才能を他に活かさないのかと男は呆れた

    「お上手ね、ラストワルツがあなたでよかった」

    女は静かに呟いた

    ホテル "Grand Cru"
    一般客をもてなす、ごく普通のホテル

    このホテルにはもうひとつの顔がある

    ホテル "Le Pinard"
    最高の最期を遂げたい人々のために作られたホテル

    女は"Le Pinard"の客人であった
    背丈のわりに軽い体、細い腕、大病を患ったのだろうと男は思った

    女は語る
    医者でも手に負えないこと、もう長くないこと

    「怖いわ、死ぬことがじゃない、誰にも愛されず死ぬことが怖い、無価値のまま死ぬのが怖い」

    女の切望は弦の振動と雑踏にかき消され誰にも届かない
    男は黙って女をエスコートした





    「楽しかった、ありがとう」

    ダンスが終わった
    女は静かに息を切らせている
    もう踊る力は残っていないようだ
    男は女の肩に手をまわし身体を支えた

    「…貴方に看取ってもらえたら、私の人生も案外悪くなかったと思えるかも…不思議ね、もう怖くないの」

    女の死相は男の目にとびきり美しく映った

    「…本当に素晴らしいホテル…ひと時の…永遠の夢を見せてくれるホテル……」

    女は静かに目を閉じ男に寄りかかる

    「今夜だけ、私の恋人になってくださる?」

    男は二つ返事で応えた
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