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    ripKei1030

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    ripKei1030

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    Le Pinard声の主は淡々と告げる

    「こちらのワインには毒が入っております。ご安心ください、皆様眠るように最期の時を過ごされます。」

    声の主…大方30そこらの男はアームチェアにもたれている私の指先にグラスの端をそっと当てた

    毒と言われて飲むバカがいるか

    君はそう思ったかもしれない

    「ありがとう。これはどのくらいでまわるのかね」

    生憎私はそのバカの1人だ
    私はグラスを持ちゆっくり鼻孔に近づける
    普通のワインと何ら変わりない匂いが脳まで届いた

    「10分ほどでございます」

    男は静かに応えた

    「では、私はこれにて失礼致します」

    床のカーペットを革靴でなぞる音がした

    「待ってくれ」

    靴の音が止む

    「1人で逝くのは寂しい、看取ってくれないか」

    喜んで
    男の声はとても安らかだった

    グラスを傾け一気に胃へ流し込む
    そして手短に、ここへ来た経緯を話した
    売れない画家であったこと
    盲目となってしまったこと

    売れなくても良かった、私は私の美しいと思ったものを形にすることに喜びを感じていた
    神は残酷だ
    もう以前のようには描けない、お先真っ暗
    美しい世界を、愛した色を、光を見ることさえ叶わない

    私は叶いもしない願いを口にする

    「……死ぬ前に…ほんの一瞬でいい、もう一度見えたなら…」

    再びカーペットを革靴でなぞる音がした

    男は私の手をとると自身の手の甲を当てがった

    「…分かりますか?私の手です」

    私は驚いた
    体温を感じない、まるで無機物
    例えるなら精巧に人の手を形どった石膏
    からかわれているんじゃないかと思った
    しかし僅かな筋肉の震えや伸縮する肌がそれを否定する、私が触っているものは生きた人間だ

    私は男の手をゆっくりとなぞっていく、骨ばった、若い男の手、美しいと思った

    暗い私の網膜に、僅かに光が差し込んだ

    「君…の…君の顔はどこにある…」

    上手く口が回らない
    もう時間が無い
    私はあと数分で永遠の暗闇に呑まれてしまう

    「…ここに」

    男は私の手を取り自身の顔を包んだ

    先程と同じ、無機物のような肌
    しかし口元から零れる微かな空気が彼を人間にしていく

    私はゆっくりと指を這わせ彼の顔をなぞった
    目元の彫りや通った鼻筋、唇の質感、髪の形…
    心の中で彼を描く
    目、鼻、口…どこをとっても美しい、そうに違いない
    どうしてもこの男の顔を見たい

    心地の良い眠気がやってくる、ぬるい風が頬を撫でる

    まだだ、何かが足りない、あと少しで見えそうなのに…何だ…何だ

    私は男の耳へと指を滑らせた
    次の瞬間、右の示指に固いものが触れる







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