インビテーションコンクルージョン 久し振りに体調不良を起こしてしまった。
身体が重い。
怠くて何もする気が起きない。
ナルトは広いベッドの上、仰向けで大の字に寝転がり、暗い天井を見上げる。
他里にも協力を仰ぐほど難易度の高い任務だった。最前線で戦い続けたが、国境の砂漠から海峡まで長距離移動しながらの長期戦に縺れ込み、事態が終息する頃には体力もチャクラも使い果たした。
里まで帰還し、病院で診察を受けるまでは何とか意識を保っていたが、医師からはしばらく自宅療養、次の許可が出るまで任務厳禁を言い渡されてしまった。
しょんぼりと待合室で会計の順番を待っているところへカカシが迎えに現れたので、そこでとうとう気力も尽き、限界を迎えた。
連れられるまま、この六代目火影専用の仮眠室までは何とか自力で歩いてきたようだが、記憶は途切れており、はっきり言って覚えていない。
そのまま昏倒し何時間、いや、一昼夜以上は確実に前後不覚に陥っていた。
目が覚めても鈍い疲れは抜け切っておらず、完全には起き上がれなかった。
起き出すことが出来たとしても、落ちるところまで落ちた体力では、よろよろとした足取りで室内を移動するだけで一苦労。せいぜい宅配用の療養食を少量口にし、シャワーで軽く身体を洗い、新しい患者着に着替えるのがやっとだ。
気が付くと眠ってしまい、また目が覚める、の繰り返し。
何日経ったのか、昼なのか夜なのかもわからない。
この部屋には窓が無く、時計やカレンダーも見当たらなかった。
広いベッドの空きスペースには、気付くとカカシが眠っていることもある。その時は外も夜なのだろうな、とかろうじてわかる。
だが彼は、ナルトの睡眠中に部屋を出入りするので、会話は交わせていなかった。
この六代目火影専用の仮眠室は、火影塔の何処かのフロアの目立たない一角に設置された、秘密の部屋だ。
強力に結界され、出入り口の扉も、保守の業者が出入りする時以外はカカシとナルトだけが視認できるよう、特別な術で隠されている。
カカシが独りで籠もってデスクワークに集中する時のために。
そして、火影が時間を惜しまず執務しながらも、少しの空き時間に手軽に休憩できるように。
元々はそういう目的で設えられた完全防音遮熱耐衝撃高強度の隠し部屋だ。
カカシはそこを、ナルトと二人きりの逢瀬にも使っている。
今回のように、看病が目的で連れ込まれたのは、さすがに初めてだったが。
火影に就任する前のカカシは、ナルトが体調不良に陥ると、仕事の合間を縫い、または休暇取り、ナルトの家までやってきて、色々と世話を焼いてくれた。
里長という多忙な身になっても、カカシが己の手でナルトの看護をしたいと望むなら、自分がこの部屋に留まるのは最も合理的だ。
素直にありがたいなぁと思う。本当にいつも、ずっと。一緒に居てくれるんだなと、嬉しくなって安心する。やっぱり大好きだ、と再確認する。
今も。
「ナルト、そろそろ普通の食事に近いものを食べたいんじゃないか? これだったら多めに食べられるだろうと思って出前を取ってみたよ。少し頑張って起きられそうか……? まぁ、無理はするな」
と、ゆめうつつに声を聞いて、自分は目を覚ましたのだ。
起き上がれた時には既にカカシの姿は無かった。
医師推奨の療養食は、栄養が偏る心配がなくて安全だが、こちらがその時食べたいメニューや味とタイミングが合うかと言うと、そうでもない。
カカシがわざわざ出前を取ってくれたものとは何だろう。彼が頻繁に取り寄せているのは、魚や野菜の料理が多めの上品な店の……。
テーブルに視線を移し、並んでいる器の模様に見覚えがあることに気付いて、ナルトはやっと身を起こした。次いで、がばっと跳ね起きる。
「……っ!? あーっ!?」
大変なことに気が付いた。大事件だ
「こ、これっ! アヤメさんの! 出汁粥だーーー!!!」
興奮で一息に気分が高揚する。特別な時にしか食べられない、ナルトが怪我や病気になったことがテウチやアヤメに伝わった時だけ届けられる、一楽の賄いメニューだ。
これらは店のメインの豚骨とは違う、つけ麺用のダブルスープやつまみの一品料理のために仕入れる鶏や魚介を使って作られる。
鶏出汁で炊き卵を落としたお粥と、海老出汁で蕪をほっくりと煮た付け合せだ。
「これ、普段のパンチ効いたラーメンのメニューとは正反対で、薄めのやさしー味でさ、美味しいんだよなぁ! 元気な時に店に行っても作ってもらえなくて、滅多に食べられねぇの。うわわ、嬉しい〜〜〜いっただきます!!」
丼一杯に並々と注がれた粥は熱々だ。
蓋を外した時の湯気だけで、ナルトの弱り切った呼吸器官や粘膜は反応してしまう。はふはふと口へ運び、その美味さと思いやりに感激するのと相まって、ズビズビと鼻を鳴らしながら、溶けた米と卵の黄身が混ざった部分をずるずると啜る。
「ぷはぁ、うんめぇ〜〜〜オレ幸せ〜〜〜」
これを作ってくれたくれたであろう店主と娘さんの心尽くし、出前スタッフの素早さ、発注して届いた品をここへ運んでくれたカカシ先生。世界は優しさに満ちている。
いつも健康な人間が病気になった時特有の訳の分からない精神状態に陥って、ナルトは感謝と感激に打ちひしがれた。
そして、いくら感動を喚こうが叫ぼうが、今ここでは独りだ。
「うう、せんせぇー、オレ元気になっからぁ、早くなっからぁ、オレが起きてる時に、話し掛けてくれってばよぉ……」
泣きながら食べ続ける。
そして、腹が満たされると同時に、また猛烈な眠気に襲われて、そのまま深い眠りへと落ちて行った。
「ふふ、キレイに完食したな。そろそろ回復してきたか?」
カカシの声には、人の意識を覚醒させる成分はあまり含まれていない。
どちからと言うと、聞いているだけでリラックスして眠気を誘うような、穏やかさにステータスを全振りしたような声だ。
労るような声音で耳元へそう流し込まれ、その指は優しく髪を梳き、広い掌に頬や後頭部の頭皮を包まれて。
ああ、キスしてもらえるんだな、と思ったら、軽い口付けが降ってくる。ちゅ、と唇へ唇を重ねて感触を確認するだけの、軽いキスだった。
後頭部や首筋を弄った手の平は、一旦離れる。すぐに全身を両腕に掬われて、覆い被さる上半身の重みも加わってぎゅっとたきしめられた。
キツい抱擁は一瞬で、片方の手が不穏な動きで寝着の裾を割る。腰から尻の隙間へ指が伸びて忍び入る。
(ああ、先生ってばもう、そういうの、人の寝込みは、だめだってば……)
だがそうしている間も、唇に唇を合わせたままの口付けは、無闇に吸われるわけでもなく、強引に割り開かれ、舌を挿し込んでくるわけでもなく、穏やかにしばらく続いた。
そして始まったときと同じように唐突に、そのくちびると指と手は、あっけなく離れていく。
カカシの気配も遠のいて、無くなってしまった。
全ては、意識がそれ以上は浮上できない間の出来事だった。
また何時間が経過したのか。ナルトが目を覚ますとやはりカカシの姿は無かった。
だが眠っている自分が何をされたのかはわかっている。
これから、カカシがナルトをこの部屋から出すと判断するまで、どうやって過ごすつもりか……。
それを予告する行為だった。
(先生はズルい)
あの人は、いい加減だったり、狡かったり、大人の冷徹な部分だって人並みにあるのに、そういうダーティなやり口をプライベートで使う場合は限られていて、しかも極めて秘密裏に、つまりナルトに対してだけだ。
ナルトはこの部屋の鍵を持っていない。結界の解除方法も知らない。
チャクラを流せば、封緘の仕組みの簡単な走査や、解呪も可能かもしれず、外の様子を探ったり、カカシ以外と連絡を取れるかもしれないのだが。
しかし少しでもチャクラを使えば、たちどころにバレて、それなりの懲罰が課されることになる。
それが、先程カカシがナルトの直腸へ忍ばせていった小さなカプセルだ。
アダルトグッズのくせに、なぜこんな忍術の応用が為されているのか。どうしてそんなメーカーが存在を許されているのか。いつも首を傾げてしまうのだが、それはいつの間にか改良が重ねられ、カプセル状にまで小型化されていた。
起動前の状態の透明触手だ。
少しでもチャクラを練れば反応し、ナルトに対して淫らな加虐を開始する。
ナルトはそれを身を以て知っている。
今迄、もう何度も、思い知らされていた。
・・・
ここまで読んでくださった方、もしいらっしゃいましたら、ありがとうございます! 感謝!
そして少なくて本当に申し訳ない…
いつかまたカカナル復帰できますように努力します…