更暗闇に一人の人間。
帰宅すると、そのひとがキッチンで、ガラスの破片と冷えて固まったカレーのルウと一緒になって、しずかに座り込んでいた。蓋が開いたままの炊飯器。もう湯気は出ていない。蛇口からの水が細々と、なにものせられていないまな板と、綺麗な包丁を濡らしていた。
昔見たドラマ。料理ができなくなったと泣くシーン。題名も女優の名前も思い出せない。
夕食。作ろうと思って。電球、連絡。
彼は、ゆっくりと、つとめて冷静であろうとするように、文節だけで喋った。
「怪我は」
手は触れずに具合をみる。刺さった破片を抜いたのか、指に傷がいくつかあった。出血は止まっていた。
目は乾いていた。
取り乱して、泣いていた方がまだ良かった。
反応はない。言葉を迷っているようだったので、質問を変えて、いま痛いところは、と聞くと、いや、と震えた声が返ってきた。
隣にかがんで、素手で破片を集める。床に落ちた白米とルウが混ざる。
ふたり、黙っていた。
そういえばあのシーンで、俳優は、どう演技していたのだったか。