「おかわり」
半ば咀嚼を続けながら、器をぬっと差し出す。
「そなた本当によく食べるのう……。どこかの誰かさんにそっくりじゃな」
ほれ二杯目、これで最後じゃぞ、と呆れ顔で差し出された満杯の器を受け取り、ブラピの箸は再び小気味良くリズムを奏で始めた。
ブラピの認知には、母体であるピットの物の見方が色濃く影響している。
たとえば、温泉。あたたかくて、じわりと疲労を回復してくれるもの。
お肉は、おいしい。食べれば食べるだけエネルギーにも筋肉にもなるもの。
おかわりだってそうである。おかわりは、二杯までできるもの。でもやっぱり、できるならたくさんしたいもの。
いくらブラピが自分の存在それ自体をピットと関係ない独立したものと捉えようと、価値観の似通いはなんだかんだ避けられないものであった。
「……早く来すぎたか」
ある晴れた日、ブラピはエンジェランドにいた。言わずと知れた天界スポーツ、"天使の降臨"に参加するためである。
お勤めに遅刻は禁物である。加えて、なんとなく相手を出し抜きたい気分だったブラピは予定時刻よりかなり早く目的地に到着してしまったのである。
『どうする? 一回帰ってくるかの?』
「うーん……いや、いい。エンジェランドもごぶさただし、散歩でもして時間を潰す」
ナチュレからの誘いではあったが、ブラピは本当に散歩したい気持ち半分、一人になりたい気持ち半分でさっくり断りを入れた。
『そうか……。じゃ、わらわも試合開始までしばらく休んどるからの。寝過ごしたりしたらすまぬ』
「おい困るぞ、ちゃんと起きろよな」
あはは、とナチュレが楽しそうに笑った。
『冗談じゃ! ……まあ、天気も良いし散歩日和じゃろうて。なにか珍しい植物でもあれば答えてやらぬこともないが?』
「いい、もうさっさと寝てろ」
カワイくないのう……とぼやかれながらテレパシーが切れた。
足を揃え、ひとつ伸びをして、ブラピは広いエンジェランドをのんびり歩きはじめた。
エンジェランドは広い。それから温暖で、そこそこ緑も多い。そのため、散歩しながら軽く周りを見渡すだけでたくさんの植物が目についた。
(あ、タンポポ)
道端にタンポポが咲いている。ピットがあたまの中でタンポポについてどう思っているのか、流れ込んでくる。
(花びらがたくさんある! ふわふわの綿毛になったら、飛ばしてあげると楽しい)
(……あのバカ、タンポポの花びらは一個一個が花なんだよ)
自分の上司に教えてもらった知識で、ブラピはあたまの中のピットにマウントをとった。
悪くない気分だ。そよそよ流れる風を頬で受けながら、広い原っぱでぼんやり空を眺めることに決めたブラピは、早速木陰へと足を運んだ。
──と、お目当ての寝床にはクローバーが生えているのが目についた。いずれ日向になるのだろうか。だとすると都合が悪い、と少し顔を上げるとまあまあ広い範囲にシロツメクサが咲いているのが確認できる。
(シロツメクサ) ピットのあたまの中が流れ込んでくる。
(少しぽかぽかしてくると咲く、白くてまるくて小さい花。あと、パルテナさまがお好きなお花!)
ちょっとだけ顔を顰めた。
混沌の遣いの支配からついに放たれたパルテナと、脇目も振らずその傍に駆け寄るピット。ふたりは互いが深い信頼と慈愛の下にあることがよくわかる、どこまでも幸せに満ち溢れた様子だった。
別にそれはいい。ブラピはキュッと拳を握る。
問題なのは、ブラピもパルテナへの尊敬を少なからず受け継いでしまったことである。
パルテナが乱心して人類を襲いはじめた時、ブラピは"あれはホンモノのパルテナさまではない"と見抜いていた。パルテナの行為があまりにも理に適っていなかったからである。
と思っていたら、ピットもエンジェランドで同じことを言ったとエレカに教えられた。あなたたちホント似た者同士よね、外面だけじゃなくてじつは内面も!と感心された。なぜだかちょっとムカついたので、その晩ブラピはエレカのショートケーキからイチゴを強奪した。
ピットにはパルテナがいるし、パルテナにはピットがいる。それが不変の事実なのは重々承知の上で、ブラピがピットと同じくらいの親愛・畏敬の念をパルテナに一方通行で抱いているのもまた、事実であった。
シロツメクサを見ているとどうにも思考が偏る。ええいままよ、日向になろうがゴロゴロ転がれば関係ないしこの際さっさと寝てしまえとブラピが原っぱに寝転ぶと、見知った顔がだしぬけに上からスライドインしてきた。
「うわッ!?」
すっとんきょうな声が響く。
「へへ、びっくりした?
おはようブラピ。試合二時間後でしょう?お早いご到着だね」
ピットである。
「お、……おはようではないだろ。今何時だよ」
「十一時半。おはようかこんにちはか難しいところだね」
よっこらせ、と天使らしからぬ掛け声とともにピットが隣に座った。
「いいのかよ、仮にも親衛隊長サマがよっこらせって……。もっとスマートじゃなきゃいけないんじゃないのか」
「別にいいだろ、キミ以外聞いてないんだから。あと仮にもは余計! 本職だからな!」
「わかってるよ……」
ビシリ!という音が似合いそうなほど仰々しく指をさされ、堪らず大きいため息がひとつ出た。
長くなりそうだ。風は変わらずそよそよ吹いている。
「にしても十一時半かあ。ご飯は? 食べてきた?」
「ぬかりなく。減ったらなにか勝手に食べる」
「そっか」
「おまえこそ、こんな半端な時間に何してるんだ」
「散歩だけど」
「……職務怠慢とかにならないのか?」
「……ほんとはパトロールです」
「職務怠慢じゃないか」
どうでもいい会話がぐだぐだ続く。
「というかおまえ、いい加減ブラピって呼……」
「──シロツメクサだ!!」
突然の大声にブラピは思わず仰け反った。うるさ、と歪んだブラピの顔をよそに、ピットの瞳はキラキラ輝きだしている。
「人の耳元で大声出すなっての!! 最悪、デリカシーないやつ、こんなのが親衛隊長でいいのかよ」
「ねえ見なよブラピ、シロツメクサってこんなにまるくて、小さくてさあ。かわいいよね!こんなに咲いてたんだ。気付かなかった!」
「話を聞け!!」
ピットは小さい花を手に取り、ちょっぴり照れ臭そうにはにかんだ。それだけじゃないだろう、とブラピは口の中で呟いた。おまえのあたまの中にはパルテナさまがいるハズだ。オレにはわかる。
心中穏やかではない。せっかくシロツメクサを頭から追い出そうとしていたのに、このままではシロツメクサを……ひいてはパルテナさまのことを、また考えてしまうハメになる。気に食わない。
「おい、おまえ」
「ブラピ、こっち!」
「え」
不意に手を引かれる。ピットに連れられて、抵抗する間も無くブラピは日陰から日向に出るハメになった。
「……」
「……おい」
「……」
あれから数分、ピットはブラピを日向に放り出したまま、草原で黙々と何かに対峙している。
真昼の日差しに直接照らされて、正直暑い。日陰で涼みたくなってきた。
「……あのな、さっきから何なんだよおまえ、くだらん用事ならオレは」
「よし! 完成ッ!」
ぽふ、とブラピの頭に載せられたのはシロツメクサの花冠であった。予想外の出来事にポカンとしてしまう。
「は、」
「おーッ、なかなか似合うじゃない。やっぱりボクのウデがいいのかしら」
戸惑うブラピをよそに、ピットは顎に手を当てご満悦である。
「おまえこれ、……なに?」
「何って、シロツメクサの花冠だけど」
「シロツメクサの花冠、をオレに?なんで?」
一瞬キョトンとしたピットは、次の瞬間至極当たり前のように言った。
「シロツメクサがたくさんあったから」
ちなみにボクのぶんもありまーす、と自らも花冠を被りピットはニコニコしている。
「お揃いだね、キミはこういうの嫌いだろうけど」
どこまでも自分を無視して能天気に笑うピットを前に、ブラピはそっと冠に触れてみた。
あたたかい。さっきまで陽だまりのなかで咲いていたのだから当然である。
「……わからない」
「はあ?」
「オレに花冠なんか被せて楽しいか?」
「楽しい」
「なんで」
「知らないよそんなの!別に何だっていいだろ、理由なんて無理に言葉にするものじゃないし」
お日様に薄い雲がかかる。少しだけ太陽の光が弱まった。
「──ついでに言うならあのとき、ボクがキミのこと助けたのも、ちゃんとした理由があったわけじゃないよ、たぶん。キミがいなくなっちゃ嫌だってだけ」自力では飛ぶこともできないのに一丁前にふさふさの白い翼をパタパタ動かしながら、ピットが言う。
こんなにも白い翼が、原型も留めないほど黒く焼け焦げた、あのときを思い出す。ブラピの息がすこしだけ詰まる。
「……わざわざ掘り返すか?」
「でも気にしてたじゃない」
ぐ、と返事に詰まる。そんなブラピを見て、ピットは優しく笑った。
雲が流れていく。霞がかった陽光を背中に受けながら、ピットが続けた。
「そりゃあボクも頑張ったけど……いや頑張ったんだろうけど、キミも頑張ったんだから、今花冠作って喋れてるんじゃない。卑下しないでよね、あんまり」
「は?誰が卑下なんか。うるさい」
「あはは、悪口」
雲間から太陽の光が差した。ピットの青い瞳がキラリと光って、ブラピを真っ直ぐに見据えた。
「ブラピ、ありがとう。キミがいてくれてよかった」
「……」
言われ慣れないセリフを真正面から受けて、ブラピは思わず視線を地面に落とした。シロツメクサは変わらず風にそよいでいる。
「……そう、なんならさ、この花冠は頑張ったで賞の賞品ってことにしちゃおうよ」
それならキミだって受け取れるだろ?といたずらっぽく笑うピットに、ブラピは自分の表情筋が少しずつほぐれてゆくのを感じた。
シロツメクサを見るたびに、パルテナさまを思い出してしまうことはきっと、これからも変わらない。それでも、今日この時のおかげで、花冠のことも思い出せる。
あまり得意ではないシロツメクサが、少しだけ得意になった気がする。オレも単純なのかもしれない、と思い返す。
「……オレは、」
「でもやっぱりそっちのほうが大きいね」
刹那、花冠はあっけなく没収された。
「おい!!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと返すって! 小さいほう」
「コラ」
ピットの頭でブラピのデコピンが炸裂した。あいたたとおでこを抑え、ピットは恨めしげにブラピを見あげる。
「痛いじゃないかッ」
「おまえがオレの花冠取るから悪いんだろ」
「生産者はボクなんですけど」
「生産者だからって何でもしていいことにはならないだろ。バカも休み休み言え、バカが」
「あー!バカって言う方がバカなんだぞ!……もう、そんなに大きいの欲しいなら自分で花冠作ったらいいじゃない!まあボクのほうが上手いだろうけどさ」
わかりやすい挑発を受け、ブラピの瞳がキラリと好戦的に光る。やっぱりブラピはこの瞬間一番楽しそうにするなあ、とピットはなんだか嬉しくなった。
「言ったな?おまえのアタマじゃ考えられないくらいでかいの、作ってやるよ」
「それはこっちのセリフだ!」
にんまり笑みを零した。
風が止んだ。ふたりは示し合わせたように同じタイミングで、目の前のシロツメクサに取り掛かった。
「で、いつのまにか一緒になってとびきり大きい花冠作ってたら、遅刻で、ノーコンテスト?」
「……まあその……そんなところ」
夜。自然軍本陣。
ブラピはナチュレ、それから珍しくこちらまで足を伸ばしていたエレカに絡まれている。
「ファイターたちも慌てたじゃろうて…天使の降臨と謳いながら、天使が降臨しないんじゃものな」
「それで、どれくらいのやつ作ったの?解いた長さは?」
「アロンの脚くらい」
でか!と言い残し、エレカはそこから五分ほど机に突っ伏して声もなく笑い続けた。
「はあー……あのさあ、ブラピくん。あなたさ、オレはピットとは違ってクレバーなんだぜみたいな雰囲気出しておきながら、なかなかの単細胞よね」
目尻の涙を拭いながら、エレカが言った。
「ウルサイ。あんただってオレと似たような単細胞に一回倒されてるくせに」
「あれは消耗してたの!あなただってピットくんクラスの敵と二連戦して、勝てる自信ないでしょ」
「ピットはオレが絶対倒す」
「めんどくさ…」
「そうだ、これ」
ぶっきらぼうに差し出されたのは小さな花冠である。途端に好奇に満ちた目線を一気に向けられ、ブラピは半ば辟易しながら言った。
「言っとくが、カンチガイするなよ。余ったからよこすだけだ」
「……ブラピくん。シロツメクサの花言葉、知ってる?」
キョトンとしたブラピの顔を見て、エレカとナチュレは目を合わせて満足げにしている。
「なら、この自然王が教えてしんぜよう!よいかブラピ」
ブラピの頭をワシワシ撫でながら、ナチュレは優しく笑った。
「シロツメクサの花言葉は『約束』。それから『幸福』じゃ」
「あはは、風流!スナオになれない思いを花冠に託したってとこ?」
「な」
完全に盲点だった。まずい、いやその、と目を白黒させるブラピを見ながら、ナチュレとエレカの笑顔はいよいよ満開である。
「ま、からかい抜きにしてもじゃ」
体力的な疲労か気疲れか、既にお疲れ気味のブラピを他所にナチュレが仕切り直す。
「言うまでもなく我々はお主を歓迎しておるからの。戦力としても申し分ないし、それくらい野心がある方がわかりやすくてむしろ好感的じゃ」
「わかりやすいってなんだよ」
「言葉のアヤじゃ! まあそうじゃの、信頼に足る男ってことじゃ」
ふーん…とブラピが緩く頷く。
「まあ、それなら好都合か。べつにウソじゃないし」
「なにが?」
キョトンとしたふたりから目線を外して、ブラピはごにょごにょと切り出した。
「花言葉。その、頼りには、してるし」
それじゃ、と尻切れ悪くその場を後にする。エレカとナチュレは目を合わせ、くすくす笑い始めた。
「なかなかのモンじゃろう?」
「ええ、ほんとに!ったく素直なんだか、じゃないんだか……」
「自然軍には、不器用な男しか来んのかのう」
「ふふ!まあ、わかりやすくて助かるわ」
花冠に目を落とす。やや萎びているものの、かたちはなかなか綺麗に保ってあった。エンジェランドの原っぱからここまで、慌てながら大事に持っていたのだろう。
「楽しくなりそうですね、これからも」
エレカがにこにこと笑う。
「全くじゃ」
花冠を撫でながら、ナチュレも笑った。自然の女神の祝福を受けて、花冠は少し嬉しそうにそよいでいた。