第四夜 がやがやと雑多なざわめきに満ちた居酒屋で、僕は仗助と向かい合って酒を飲んでいる。黒くて艶のある一枚板を使ったテーブルには、小さめの徳利に猪口が二つ。肴である玉蒟蒻の田楽を、男は器用に箸先で一つ摘んで、無造作に口へ放り込んだ。続けてほんのり湯気のたつ猪口を手に取り、ぐいと一息に中身を呷る。
「……そういえば君、酒を飲んでいい年になったんだったか?」
「アンタもう酔っちまったんスか?とっくの昔に成人してますって」
しっかりしてくれよ露伴センセー。そういって笑いながら、仗助は空になった自分の猪口に、手酌でなみなみと酒を注いだ。今度は軽く一口含んで、ほうっと柔らかく息を吐く。言われてみればその顔は、僕が記憶していたよりも頬の丸みがとれ、精悍さを増しているような気がした。そうか、コイツはもう、とっくに大人になっていたのか。
僕が時の流れをしみじみ噛み締めている間にも、仗助はどんどん盃を重ね続けた。合間合間に肴を挟んではいるが、こんな早いペースで飲んで大丈夫なんだろうか。
「あまり、飲み過ぎるなよ」
「へーきっスよぉ、こー見えて俺、そこそこ強いんスからぁ」
顔色こそ変わっていないが、心なしか語尾が甘い。今飲んでいる酒が空になったら、こっそり店員に頼んで、酒の代わりに水の入った徳利を持って来てもらおう。僕がそう心に決めたところで。
「ね、露伴」
ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。とろんと蕩け切った群青色の瞳には、呆れ顔の僕が映っていた。
「俺と、結婚してください」
やはり、とっくに酔いは回り切っていたらしい。それにしたって結婚とはまた、この男は不用意にとんでもないことを言いやがって。
「……僕と君は、まだ付き合ってさえいないはずだが?」
「『まだ』っつーことは、これからそーなってくれるつもりがあるってことっスか?」
「揚げ足をとるな、この酔っ払い。色々と順番をすっ飛ばしすぎだって言ってるんだよ。第一、酒の勢いを借りて打ち明けられたって、これっぽっちも信用ならない」
強引に話の幕を引こうとした僕をよそに、仗助は一人訳知り顔でうんうんと頷いている。
「確かに、アンタの言うとおりっスね……一生の誓いを立てるんなら、それなりの誠意ってもんを見せねーとなぁ……」
ブツブツと独り言を言ったあと、男は再び盃を呷り、その場で高らかに宣言した。
「分かったぜ露伴、ちこっとだけ待っててくれ。アンタがきっと気に入るような、とびっきりのスゲー指輪を持って、また改めてプロポーズするからよぉ」
そうして、仗助は揚々と店を出て行った。僕は慌てて会計を済ませ、男の後を追う。引き戸を開けて店を飛び出し、辺りを見回してみたものの、すでに仗助の姿はなかった。
それっきり、仗助は僕の前から姿を消した。連絡はつかないし、行き先も分からない。残された僕は週に一度、必ずこの店を訪れて酒を飲むようになった。ここにいれば、いつか必ず、あの男がふらっと向かいに現れる。なんの不安も疑いもなく、ただただ確信だけを持って、僕は仗助を待ち続けた。
いよいよ酔いが回ってくると、僕は男が言っていた「アンタが気に入るような、とびっきりのスゲー指輪」とやらに想いを馳せる。それは一体どんな指輪なんだろう。素晴らしく意匠が凝っているのか、それとも、世界に二つとない貴重な石でも使っているのか。なんでもいい、答え合わせがしたいから、早いところ僕に拝ませてほしいものだ。
あの日、最後に水を飲まなくて本当に良かった。そんなことを思いながら、僕はほんのひととき瞼を閉じる。