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    吉田@

    主に仗露でジャンル雑多、文字書きによる文字や絵の掲示場です。

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    吉田@

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    仗露
    何度巡ってもまた夜は明ける話
    ※これは夢の話です。

    第七夜 がたん、という大きな揺れで瞼を開ける。俺が掛けているのは、どうやら電車のボックス席のようだ。首だけ伸ばしてあたりを見回したが、他に客の姿はない。窓の外へ目を向けても、ガラス板の向こうは墨で塗り潰したみたいに真っ暗だった。車内には案内板も、アナウンスの類もなく、どこへ向かっているのか全く見当がつかない。
     ただどこまでも走り続ける電車は、ときたま思い出したように駅へ停まる。ホームに立つ看板の文字を目で追ってみたけれど、どの駅名にも心当たりはなかった。間の抜けた空気音と共に扉が開けば、乗り込んでくるのは木枯らしだけ。そこだけぽかりと空いた暗闇は、まるでこちらを飲み込もうと口を開けて待ち構えているようにも見えた。
     電車はひたすらに夜の中を走る。
     ほどよく効いた暖房と柔らかい布張りの椅子が眠気を誘い、気を抜くと意識が落っこちそうだ。目が覚めてからもう随分経った気がするが、相変わらず外は暗いまま。だいぶ退屈ではあるものの、喉も渇かず、腹も減らない。いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ?言葉の意味が擦り切れるほど考えても答えはでない。一周回って面倒になってきた。もういいか、ずっとこのままでも。
     再び電車がスピードを落としはじめる。投げやりな気持ちで目を閉じて、背もたれに寄りかかったまま呆けていると、不意に固い革靴の音が聞こえた。俺以外の、誰かの気配。慌てて顔を上げた俺は、ドアの前に立つ男とばっちり目が合った。
    「え、アンタ、いつの間に……?」
    「いつもなにも、ずっといたよ。君が呑気してて気づかなかっただけでね」
     その男――岸辺露伴は、行きつけのカフェで鉢合わせしたときと変わらない、ごく自然な調子でそう言った。
     かすかなブレーキ音をたてつつ電車は止まり、扉が開く。一筋吹き込んだ冷たい夜風が、男の前髪をふわりと揺らした。
    「降りるんスか」
    「ああ」
    「アンタ、ここがどこだか知ってんの?」
    「知るわけないだろう、だから降りるんだ」
    「外真っ暗だし、危ねぇっスよ」
    「望むところだね。君の方こそ、このまま乗り続けて、一体どこに向かうつもりなんだ?」
    「……分かってたら苦労しねーっての」
     我ながら、いじけた子供みてぇな言い草だ。バツが悪くて口籠る俺に背を向けて、開いたドアの向こう側へ、露伴が足を踏み入れる。
    「なぁ、待てって、露伴――」
     暗闇へ溶ける男を追って、俺もホームへと飛び出した。靴底の下に固いアスファルトを感じた瞬間、ぷしゅう、という音と共にドアが閉まる。警笛を一つ鳴らして、電車は走り去った。四角く光る車窓の連なりがどんどん小さくなり、やがて見えなくなっていく。
    「なんだよ、結局君も降りるのか」
    「ほら、アンタみてぇな危なっかしいヤツ、一人にしておけねーだろ。お目付け役ってヤツっスよ」
    「へぇ?君の方こそ、いざ置いていかれるとなったらビビっちまったんじゃあないのかい。素直に白状したほうがまだ可愛げがあるぜ」
     軽口を叩き合いながら改札口へと向かう。駅員の姿はない。「切符は?」と聞かれて慌ててポケットを探ると、くしゃくしゃに丸まった紙切れが出てきた。そういや結局、俺はどこへ行くつもりだったんだろう。行き先を確かめるべく広げかけたそれを、男の指がひょいと摘む。あ、と声を上げる間もなく、露伴は二人分の切符をまとめて回収箱に投げ入れてしまった。
     寂れた駅舎を出ると、放射線状にいくつも道がのびている。露伴が東へ行きたいと言うから、俺はそれについていくと答えた。空に瞬く星からどうにか方角を導き出し、進むべき一本を選びとる。
     不思議なことに、二人並んで一歩、また一歩と踏み締めるたび、まるで早回しのビデオみたいに、道沿いの風景がめまぐるしく変わっていった。いくつも連なる黒々とした山の峰が、いつの間にか外国風の街並みへ。その間を縫うように流れる川の上を、ゴンドラが一艘滑り去る。船上の人影に見覚えがある気がして目を凝らした途端、全てが砂嵐の中にかき消えて、次に現れたのは砂漠だった。月明かりに照らされた砂の丘の上には、緑の蔦が絡みついた石造の遺跡が立ち並んでいる。
     景色が移ろうたび、やれ砂漠で遭難した場合の対処法だの、やれ水路で囲まれた遠い国の歴史だの、露伴は息つく間もなく嬉々として喋り倒している。話の中身はそっちのけで、俺はそれを語る男の横顔ばかりに気を取られていた。
     やがて東の空へ、目を焼く白い閃光が横一直線に走った。黒地の布の裂け目みたいなそこから、紫の、桃色の、朱色の光が溢れ出て、夜のすそを染めていく。
     一拍遅れてじわじわと昇りはじめた太陽の下で、金色の光の粒が踊るように揺れる。そこでようやく気がついた。俺たちが歩んできた道の先が、見渡す限りどこまでも続く大海原へ繋がっていることに。
     傍に立つ男が俺を見上げる。
    「船が要るな。仗助、探すのを手伝え」
     例え道が半ばで途切れても、この男が歩みを止める日はこないだろう。好奇心と期待できらきら輝く二つの瞳と、買い忘れの牛乳でも頼むときみてぇな気安い一言に、俺の心はすっかり撃ち抜かれてしまった。
     見るからに高そうな革靴のまま、露伴はざかざかと砂浜へ入り込んでいく。こうなりゃどこまでもついてってやると心に決めて、俺もまた一歩踏み出す。
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