水晶玉を覗いてもそれは教えてくれない なんとまぁ愉快なこともあるものだ。頭の上にやけに可愛らしい、輪っかのような装飾を載せたまま首を傾げる鉄仮面(これはオレたち皆金属製なので、当然ながら比喩表現だ。それだけお堅いツラなんだ)を遠目に見つけたものだから、気の惹かれるままにちょいと寄ってみる。
「ようベクター、今日はオシャレさんだな?」
「……自分で飾った訳じゃない。アマルガモスにやられたんだ」
首を傾げながら、それでも落とそうとするようには見えなかったから。嫌な訳ではないのだろう。なんの気なしに頭の上のそれを手に取る際、「あっ」とか言うのでそれは確定した。
ジョンブリアンの兜を飾っていたのは、複雑な意匠から鳴る青白い水晶の輪に見えた。ひとつの石を削り上げた、というより幾つもの細い石が寄り合わさって出来たような、奇妙な代物。手にしたそれは脆そうに見えたのに、水晶では有り得ない柔軟さでもって輪の形状を保っている。
「……なんだこれ?」
「何と言ってたかな……たしか、アルケミストの実験中にできた副産物とかで……外の星にあるという、植物というものに近いらしい。それを綺麗だからと、貰ってきたらしいんだ」
「危ねぇシロモノじゃないだろうな……?」
「完全に反応後の生成物だから、まったくの無害だ、とか」
「断言されるとそれはそれでものくそ怪しい〜〜。で、なんであんな馬鹿みたいに首傾げてたんだよ。嫌だったとか?」
オレの問いに対し、ベクターは聞いているのかいないのかよく分からん顔で、ただオレの手元の輪っかを見つめていた。そうして随分長いこと黙って、そうして。
「今回の事象は、先に見えてたんだ」
ぽつりと、そう零す。
「だから大して驚きもしなかった。見えたものに関して、ぼくは揺らいではいけないから」
「まーた小難しいこと言ってら」
「……けれど、この辺に。疼痛のような感覚がある」
自分の胸の辺りを掻き毟るように触れて、ベクターはようやくオレの目を見た。
「きみならわかるか。これの正体は、なんなのか」
随分とまぁ、つまらない事で悩むものだ。けれどベクターの機能と有り様からすると仕方の無い事なのかもしれない。
「そりゃオマエ、嬉しいんじゃないの」
「……うれしい?」
「アマルガモスにサプライズでプレゼントもらって嬉しかったんだろ?少なくともオレにはそう見えたが」
「だとしたらその見え方はおかしい。予見できてたんだ。サプライズでもなんでもない」
「オマエの未来予知、先は見えるがいつかまでは特定できないだろ?なら十分驚き足りうるだろ」
こちらにしてみれば至極当然の事を、ベクターは未知の言語でも聞いたかのように飲み込みかねているようだった。固まってしまった無愛想なツラの上に、脆い輪っかを戻してやる。
「……それ、は。その通り、なら。いけないことだ。ぼくは先を観ることを許された代わりに、そこに何も、喜びも、悲しみも、覚えてはいけないんだから」
頑固なやつ。しかしこうも目の前でうじうじされると少々、いやかなり、ムカついてくる。素直に喜べばいいじゃないか。落として壊してしまいたくないと思うくらいには大切に思えたんだろう?
「そんなに重いならその目ん玉、潰してやろうか。なぁベク、どうだ?」
綺麗な蒼。その目の下を、指の腹でなぞってやる。キュル、とレンズの拡がる音がした。
「……それはきみの意思かい?それとも……」
「おいバカ冗談だよマジに取るな。素直に兄弟からのプレゼント喜べねぇようなアホはそのくらいしなきゃ治んねぇかもなってだけだよ。礼は言ったのか?」
「…………あ、ぁ。うん。言った」
「ならヨシ」
完全に冗談だとは言い切れない事は秘密だ。緩めば随分印象が軟らかくなる表情を引き結び続けなければならないコイツを、可哀想だと思ってしまう事も。頭の上に戻されたやわらかな輪をどうするべきか悩み続けている兄弟を眺めながら、もういっそ壊してやろうかそれと言ったらだめだと却下された。それが答えだろうに。溜息を吐くオレを、ベクターは不思議そうに見つめていた。