香り ある日、グルメ界の総本部に一人の老人が訪れた。
従者を伴わずにどうやってこの魔境まで足を運んだのか、さざめく波のように構成員たちは驚嘆の声をあげるが、ぴんと伸びた隙のない背筋ほど雄弁なものもない。
黒のハットにタキシード、宝石のように輝くスネークウッドの杖。晴れた雪原を思わせるホワイトヘア、ブルーの瞳。
薄く微笑みを浮かべたその老人は、調香師なのだと柔らかに言った。
「まだ生きていたか、しぶといな」
「あなたのための香りを拵えておりますと、どうにも血肉が踊るのです。グルメ細胞とは実に厄介ですな、死に時を失う」
「お前は殺しても死ななそうだがな」
「あなたの終わりには付き合いますとも」
「どうだか」
三虎様の前に恐れることなく立ち、軽口すら叩いて見せた調香師は右手に下げた黒のバッグから二つ、香水瓶を取り出した。
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