海を見るのもいい加減飽きてきて、オレが「ふわぁぁ〜」ってクソデカいあくびしたら、アスターが真っ赤にした目で、ちらりと俺を見る。アスターも、さすがに泣くのに飽きたのか、さっきまでジャバジャバ目から出てた涙が止まってた。そろそろ金魚ちゃんたちの所に帰るって言うかなと思ったが、思った以上に頑固なアスターは、オレの手前だからか戻るとは言えなくなっちまったのか? それとも、アズールや金魚ちゃんに怒られるかも知れないと考えて動かないのか、膝立てて座った自分の膝をじっと見つめて何やら考え込んでる。
「アスターさぁ……オレ、いい加減海見るのも飽きてきたから、横で面白い話してよ?」
「おもしろいって……なんでそんなこと、おじさんに話さなきゃだめなの?」
「アスターも暇なんデショ? なんかさぁ、最近あった面白い話とかねぇわけ?」
オレが聞くと、ぶすったれた顔のまま、アスターが少し考え込んで「かいだん……」とぽそりとつぶやく。
「かいだん、サミーとどっちが上から飛べるかって……」
「サミュエルとそんな遊びしてんの?」
頷くアスターに、「で、どっちが勝ったの?」って聞けば、パッと顔を上げたアスターが、鼻高くして「この前は、ぼくが勝ったんだ!」って偉そうな顔してんの。
「サミーもね、かいだん、六個うえから飛んだけど、ぼくの方が着地がうまかったんだ!」
「へぇ〜、すげぇじゃん」
「でしょ! でもね、とうさんに『アブナイからやめろ!』って怒られたんだ」
「あはは! アズール言いそう!!」
「でね、かわりに今は、どっちがソファーでいっぱいジャンプできるか、サミーときょうそうしてるんだ。これはサミーのほうが二回多かったんだけど、かあさんに『ケガするよ!』って怒られたからもうできないんだぁ」
重たい体引きずってるせいかスタミナのない運動センスの無いアズールと、小柄なせいで体力が人よりなかった金魚ちゃん、二人の子供のアスターは、稚魚の頃からサミュエルと二人と違って体力があるようだ。ていうかコイツら二人、思った以上に危ねぇ遊びをやっていた。今度、まとまった休暇が確保できたら、室内アスレチックみたいなとこにでも連れてってやろう。
それからアスターは、サミュエルといつもどうやって遊んでいるか。アズールや周りの大人に買ってもらったお気に入りのおもちゃの話、好きなアニメや絵本、家の外にあるブランコの話に最近食った旨いもん……アスターの話だけで、サミュエル……そして金魚ちゃんも、楽しいことのほうが多い日常を過ごせていたようで、オレは「へぇ」とか笑ってみたり相槌を打った。
「……でね、その時、かあさんとサミーが……」
オレが、そうやってアスターの話を聞いていると、最近の話をしてふと……アスターの表情が曇り、言葉が詰まる。どーしたのって顔覗き込むと、アスターが初めて、オレの顔を真正面から見た。
「おじさんは、なんでずっと、かあさんとサミーの前にいるの?」
言いたいことが分からなくて首捻ってると、アスターの目から、また込み上げた涙がボタボタとこぼれ落ちた。
「ぼくから、かあさんとサミーをとっちゃうつもりなの?」
イヤだ……とらないで……って、アスターがグズグズ泣いて、そこで初めて、アスターがずっとオレを敵視してた意味がわかった。
なんつーか、アスターもアズールもバカだよな。オレが二人から金魚ちゃんとサミュエルを取るなんて出来るはず無い。まずそれを金魚ちゃんが許すはずない。
第一オレが、金魚ちゃんが目に入れても痛くないぐらい大事にしてるアスターから、金魚ちゃんをとれるわけねーって。
「とらねぇよ」
オレはグズグズ泣いてるアスターの頭撫でながら、そんな事しねぇよって、アスターに言い聞かせれば、「ほんとに?」ってオレを疑ってる。
「金魚ちゃんにも、サミュエルにも、オレのこと好きになってもらうつもりだけど、そうなっても金魚ちゃんもサミュエルもアスターが好きだから置いていったりしねーよ」
「ホントのホントに?」って疑り深いアスターに、何度も何度も「ホントだって」「とらねぇよ」「大丈夫」って言い聞かせて最後「アスターにも、オレのこと好きになってもらうつもりだから」って言えば、ぽっぺた真っ赤にして「考えておいてあげる」って、さっきまでビービー泣いてたくせに、いつもの顔で生意気に笑ってんの。
「じゃあさぁ、ついでにオレの事、父さんじゃなくていいからアスターとサミュエルの〝パパ〟にしてよ」って、オレがちょっとばかし調子に乗ったら、すぐさま嫌そうな表情に変えたアスターに「それはヤダぁ」って言われて、オレは腹抱えてその場で爆笑した。
それからアスターと話し込んでたら、アスターの望み通りに金魚ちゃんたちがアスターを探しに来た。
アスターを三人が取り囲んで、心配したと抱きしめて怒る姿に、あぁ……オレもいつかこの輪の中に入れるかなって眺めていたら、コテージに戻ろうとみんなが歩き出したその時、アスターがくるりと振り返って「ほら、おじさんも行くよ」ってオレにちっせぇ手を差し出した。
ほんとに、このチビは素直じゃねぇなって、アスターの手を取れば、オレの反対側の手をサミュエルが掴みニコォと笑う。
「ねぇ、はやく行こう!」「グズグズしたらおいてくよおじさん」
小さな手の体温が暖かくて、目頭が熱を持つ。いつかじゃない……必ず、オレもこの輪の中にはいるんだ。
チビ二人を抱き上げて肩に乗せれば、耳元でキャアキャアはしゃぐ二人のこの重みを、一生忘れないでいようと心に誓った。