ガタンと大きく揺れ棺の蓋が開けば、そこはもう、写真で何度も見たナイトレイブンカレッジの中だった。
「新入生の皆さん! 目が覚めた方から入学式会場になる“鏡の間”に移動してください!!」
学園の先生や各寮の寮長、そして副寮長と思わしき人たちに指示されながら、ボクは周りの波に沿って鏡の間に移動した。
式典の空気に合わせてあえて薄暗くされた廊下を歩き、ゾロゾロと移動する波の先、大きな両開のドアをくぐれば、原始に近い濃い魔力に満たされた鏡が鎮座した部屋にたどり着いた。そこが、このナイトレイブンカレッジを象徴するひとつ、“鏡の間”だ。
「新入生は適当に詰めて席に座れ。面倒事を起こすんじゃねぇぞ」
式典服を着慣れた上級生がめんどくさそうに指を指し、黒く塗られた椅子を指差す。着席してしまえば、ボクより平均10センチ違う周りの頭の高さのせいで、前がよく見えない。
ボクは早生まれだったせいで、周りの平均より少し背が足りないけれど、それだってきっとすぐに追いつく、今は仕方ないと前を向けば、開式の辞と共に入学式が始まり、学園長の長い祝辞の後もつつがなく終わり、ボクたちの入学式は何事もなく進行していく中、周りからヒソヒソと声が聞こえる。
——おい、エレメンタリースクールのチビが混ざってんぞ。
——あの感じだと160センチもないだろ。
——うわぁホントだ。NRCって飛び級オッケーだったけ?
——知らねぇよ……つか、顔見た? あのチビ女みたいな顔してんの。
——ナイトレイブンカレッジっていつから共学になったんだよ。
——待てって、チビで女顔だからって男かもしんねーだろ?
——見せてもらう? ちっさすぎて見落としちゃうかも。
密かな笑い声とともに低俗な話し声が聞こえる。式典中に話なんてルール以前の問題だ。低俗な連中だと、お母様ならきっとこの場で断罪してみせたろう。
「では、新入生代表、リドル・ローズハート」
ボクの名を呼ばれ、はいと返事をして立ち上がると。まさか今まで馬鹿にして下に見ていたボクが首席入学者だとは思わなかった面々は、一瞬息を詰める。
鏡の間の中央、壇上までの道を歩けば、左右から数多の感情が籠もった視線が飛んできてそれは、壇上に立った瞬間、更に濃くぶつけられた。
この首席入学も新入生代表も、お母様から見れば、ローズハート家の人間なら“選ばれて当たり前”の事で。幼少期からこうして、人の前に立つ存在でありなさいと育てられたため、ボク自身も今ここに立つことを“当たり前の事”と考えていた。
ボクに向けられる嫉妬の目にも、ボクを弱者と思い込んで蔑む言葉も、ボクはそれを常に受け止めた上で、さらに上を目指さなければならない。
それは、お母様のお母様、さらにもっと昔から、魔法医術の名門ローズハートの名を持つものとしての義務だと、そう教わり育てられた。
だから、ボクは過ちを犯してはいけない、正しくあらなければならない。法律の上にいなければならない。
ボクという存在が、お母様にも、ローズハートの名にもインク染みをつける存在になってはいけないのだから。
宣誓書の最後の一文を読み、ボクは新入生代表としての仕事を終えた。まばらな拍手の中、先程の席に戻ろうとしてその事件はおきた。
ナイトレイブンカレッジ入学式では、大なり小なり何らかの事件が起きる……とは一体いつから言われ始めたのか?
「赤いのに、熱くない」
通路側に座ったその男は立ち上がり、ボクの式典服のフードを脱がせ、無遠慮に髪を鷲掴んだ。
ギョッとして振り返れば、そこには式典服を着崩した男の胸元しか見えず。視線を上げれば、背ばかり高い男がボクを見下ろしながらニタリと笑った。
「あはっ♡ え〜なにこれ、おもしろぉ……ホラ、見てよジェイド、アズール。こんなに赤いのにさぁ、熱くねぇの。しかも頭ちっせぇ、ウケる!」
「おっまえ! バカッ!! 早く手を離せ!!!」
「おやおやフロイド、新入生代表の方が困っておられますよ」
大きな手のひらがボクの頭を包み、図々しくも指先が頭皮を撫で、男の指はボクの髪をグシャグシャに乱し、それを見てヘラヘラと笑っている。
(馬鹿にされた……!?)
そう理解した瞬間、腹の奥そこから頭の天辺まで怒りが噴き上げた。
ローズハートの人間なら、常に正しくありなさい——
ボクの中にずっとあったお母様の言葉が、一瞬で赤く塗りつぶされ。怒りに突き動かされたボクは、ブロットのことなど頭になく、目の前の不躾な男を睨みつけ叫んだ。
「首をはねよッ!!!」
首元に現れ、ガシャンと音を立てこの男の首に首枷がはまる。
ボクのユニーク魔法に、周囲の生徒が驚き声をざわつかせ、魔法をくらった本人は、不快そうに眉を寄せていた。
「うぇぇ……なにこれぇ……くるしーんだけどぉ。赤チビ早く取れって、んわぁ!!」
続くボクを愚弄する言葉に、ボクは男を爆風でふっとばした。
「何してるんですか!? ああ、鏡の間がとんでもないことに!! やめなさい、ローズハート君!!」
「何をやってるんだこの駄犬がッ!!」
「ローズハート! やめなさい!!」
ボク自身のユニーク魔法を喰らい、自慢そうな無駄に長い手も足も出せず、燃え上がる爆風で壁の端まで吹っ飛んだ男は、在学生の壁の向こう、ポカーンとした逆さの姿でボクを見ていた。
あまりにも突拍子もなく不躾すぎる行動に、ボクの怒りは全く治まらなかった。もう数回、魔法をぶち込んでやらなければと、鏡の間に6本の火柱を立ち上らせた。
「よくも、ボクを馬鹿にしたなッ! 本当に首をはねてやろうか!!?」
ウギィィィィィィ! 叫ぶボクの姿に、周りの同級生は恐れおののき、上級生は毎年のことと見つめ、先生方には魔法を展開され火柱を打ち消された。
「トレイン先生、バルガス先生! 早くローズハート君を外に連れ出して、リーチ君から引き離してください!!」
「離してください! あの男にまだ謝罪させていない!!」
「暴れるな! 一度頭を冷やせ!!」
「ボクは間違っていない! 間違っているのはあいつの方だ!!」
「分かったから、一度落ち着きないさい!!」
学園長の指示に、ボクは先生たちに肩を掴まれ、あの男から引き離すようにズルズルと引きずられ、一頭響く笑い声と、生徒たちのざわつく声のする鏡の間から一時強制退場させられた。
これが完璧でなければならないボクの、汚点となった入学式だった。