静かな場所を好むハリネズミたちの飼育小屋は、寮より少し離れた森に近い場所にある。いつもは雑音すらしない場所が、近づくにつれて酷く騒ぎ立てる音を酷く響かせている。
小屋の前に到着すれば、寮長とその友人達の手には、まだ体調の戻っていないフラミンゴやハリネズミが握られ、そんな彼らを使って“なんでもない日”でもない今日、クロッケーをしていた。
マレットの代わりに手に握られたフラミンゴや、ボールの代わりに地面に転がるハリネズミ達はぐったりし、近くには負傷したトレイとケイト先輩を心配するように、ルームメイトたちが背中を支えていた。ハリネズミ小屋は半壊し、寮長が魔法で浮かせたハリネズミたちをフラミンゴで打てば、周りの友人は「ナイスショット!」と笑っている。
今朝、努力の甲斐あってか、みんな少し元気になっていたんだ。ハリネズミもフラミンゴも、みんなで頑張って作った餌を食べてくれて、小屋だって掃除すれば喜んでくれた。なのに、金網の向こう、綺麗に掃除したウッドチップは撒き散らされ、ベッドは綿が剥き出しだ。足跡の残る荒らされた光景をみると、ブチブチと何かが切れる音が頭の中に響く。
「よぉ、来たのかお嬢ちゃん……それともプリンセスと呼んでやろうか?」
到着したボクの姿を見て、フンッ! と笑う寮長の明らかなボクへの侮蔑の言葉に続き、寮長が“なぜこんな事をしたのか”理由を述べた。
「俺は別に、お前らが進んで世話したいってのならオッケーぐらい出してやったのに。俺に許可取らずにンなことコソコソやるなんて、寮長である俺を馬鹿にしてんの?」
許可と言われ、確かに寮長に許可を取らなかったのはボクたちの落ち度だと考え直す。
「それについては申し訳ございません……ボクに配慮が足りませんでした」
そこのことに関してだけ素直に謝れば、フンと鼻を鳴らす寮長は未だ不機嫌に手にしたマジカルペンをサッと振って宙に浮いたハリネズミ達の魔法を解いた。魔法の浮力がなければ、重力に従ってハリネズミたちは落下するしかない。ぼとぼとと床に落とされる姿に、またボクの頭の中で何かがブチンと切れた。
「ごめんって謝れば、俺が許してくれると思う? 俺は寮の精神に則った厳格な寮長だから、自分のトランプ兵が勝手をしたら、し〜っかり、骨身に教えてやらなきゃな」
「だから、ボクを手伝ってくれた2人にこんな制裁を?」
「そうだなぁ、生意気なお嬢ちゃんの騎士気取りで、あれやこれや手を貸してる2年生がいるってタレコミがあってな。俺は自分のトランプ兵の管理はしっかりやりたいんだよ。だからまぁ、体で覚えてもらうのが手っ取り早いだろ?」
この人は、寮の法律を私物化している。法律を私物化なんて以ての外だが、今はそれよりもっと重要なことがある。
「どうして……どうして人が一番守らなければならない法律をあなたは破るんだ!?」
「はぁ?」
「この6日間、ボクがどれだけアナタ達の法律違反を見てきたか……今の寮は“ハートの女王の法律”よりも、先輩方の法律のほうが優先されると言われたから……だからボクはそれを守ってきました。しかし、寮長の法律よりも守られるべき国の、世界のルールはこの世を正しい方に導くための秩序だ……それを破るなんて信じられないッ!」
捲し立てるように言えば、先輩がこめかみをピクリと動かす。
「何が言いたい、お嬢ちゃん」
「動物愛護、及び管理に関する法律、第44条……愛護動物をみだりに殺傷または傷つけた者は、5年以下の懲役または500万マドル以下の罰金に処する……アナタとそのご友人が今ハリネズミやフラミンゴにしている事は犯罪です。こうやって明確にルールが決められているのに、どうしてそれを守らないんだ!!?」
ボクの声に気圧され、寮長やその友人たちはたじろいだ。こうやて教えてやらなければ、この幼稚な行いが犯罪だとも思わないなんて……!
「だから何だっていうんだ、ハリネズミを証言台に立たせるのか?」
「そうですね、彼らの言葉を借りてもいい、そこの法廷でボクが裁いてみせましょうか?」
ハーツラビュルにある法廷の屋根を示せば、ハンッ! と鼻で笑う寮長。
「エレメンタリースクールのお嬢ちゃんがずいぶんと生意気いいやがる……いいか、このハーツラビュルの王はオレだ!! そしてお前はオレのトランプ兵。お前はオレに従い、ハートの女王がしたように首をはねられるだけの哀れな存在なんだよ。お分かりか、なぁお嬢ちゃんよぉ?」
オレがルール! オレこそがルール!!
このハーツラビュルの王だッ!!!
この光り輝く王冠が見えないのかと、ゴテゴテと宝石に彩られた王冠を見せた。
あぁ……この男はどこまで寮の品位を下げるつもりだ。このボクがいる寮の寮長がこんななんて、そんなことは絶対に許されない!!!
なにより、ハリネズミやフラミンゴを虐待し、トレイやケイト先輩まで傷つけた。そして何よりも真っ先に守るべき法律より自分の不平不満を優先して、寮のルールを乱すなんて。こんな男が寮長でいいていい理由がない。
だったら——
「じゃあ、あなたに勝って、ボクがこの寮の法律になってやる」
ボクの言葉に、一瞬周囲がしんと静まり返った。そして……
「決闘だッ!! 寮長の座をかけて、現寮長と1年生が決闘だッ!!!」
わぁわぁと騒ぐ声は、瞬く間にナイトレイブンカレッジ全体に広まり、ボクと現寮長の寮長の座をかけての決闘の火蓋は、こうして切って落とされたのだ。