「どうして子供を撃ったッ!?」
雇い主であるanathema所長、ダーハム・グレイソンに殴られた俺は、目を見開いたまま前方のそれに目が釘付けになっていた。
捕獲対象である白髪の男と、その子供を捕まえようとしたまではいい。どちらも先に鎮圧した男二人が使い物にならないなら、非魔法士で体格も小さい母親やまだ小さな子供など簡単に捕獲出来る。そのはずだった……
廊下の隅でへたり込み、呆然とする母親と子供二人を見つけた時、こんなに簡単に手柄を得られるなんてと、先人を切ってあの一番手練れそうなやつを、自らの命と引換えに潰してくれた同胞には感謝しかないと内心微笑んだぐらいだ。
少し脅せばいいと銃を突きつければ、ガキ二匹が母親を庇うように目の前に立ちこちらを睨みつける。無駄な足掻きを、と鼻で笑ったその時。その母親を守るように、赤い靄がかかる。その靄は、まるで命を刈り取る死神のように、ニタリと笑って俺を見た。
気づいたときには、一瞬で殺されると認識した本能が、銃口をその赤い靄に向け、トリガーを引いていた。
あの赤い靄を撃ったはずなのに、俺の目の前で倒れていたのは、なぜかあのガキ二匹だった。訳が分からないまま、雇い主には殴られ罵られ、俺は呆然と目の前の三人を見つめるしか出来ない。
(何が起こった……?)
ただ一瞬、床の上で重なるように死んだ子供に向けた視線を母親に向けた瞬間、先程まで真っ白だった男の髪色が赤く染まったのを見て最後、俺の頭が首の上からゴロリと床に転がった。
女王の帰還
「オフ・うぃズ・ゆあ・ヘッド……」
ボクがそう唱えれれば、薔薇の茨が絡まったハートの首枷が交差し、アスターとサミュエルを撃った男の首を文字通り刎ねた。
ガシャンと断頭台の刃が降りる音が、男の首の筋肉や骨を断ち切り最後、何もわからない顔をしたそれが床にボトリと落ちて血が吹き出した。
「なッ——!?」
驚愕するダーハム・グレイソンが呼びつけた救急班や警備兵が現場に到着し同時、その首も同じ様に刎ねてやれば、当たりは一面血の海と化した。
その血がボクに集まり、短くなった髪を床を引きずるほどの長さに変え、着ていたワンピースは赤と黒のドレスや、足元の靴は真っ赤なハイヒールへと形を変え。同時に体も、女性の肉体へと変化していった。
ボクの足元、折り重なった二人を抱きしめ、ボクは赤い茨を編み揺り籠を作り、その中に抱き上げた二人をそっと寝かせた。
血の気が引いた二人の顔に、胸にぐっと痛みが込み上げ、ボクは顔をくしゃりと歪ませた。だが、泣いてはいけない。ボクにはすることがあるのだから。
小さなその揺り籠は赤い光と変わり、ボクはその光をお腹の中に受け入れた。あぁ、これできっと大丈夫。
「待ってて……アズールとフロイドが生き返ったら、またキミたちを産んであげるから」
二人をそっと仕舞ったお腹を撫でれば、「あぁ!!」と感嘆の声を漏らすダーハム・グレイソンは、アスターとサミュエルを前にした時よりもっと興奮した声音でボクを見つめている。
「あぁ……なんという美しさだ!!! リドル・ローズハート、お前はあの子供たちに、自分の魔力を与えることで呪石の能力の一部を抑え込んでいたが。子供たちが死ぬことによって、子供たちの中で呪石の呪とお前の魔力が混ざり合い、今、その力が前に戻ったことによって、お前自体が呪石の奇跡になったんだ!!! あぁ!!! 神は私にこれを見せるために、私の元にリドル・ローズハートを使わせてくださったのですね!!!」
天に祈るダーハム・グレイソンの耳障りな声に、ボクは彼の首にも首を刎ねよを詠唱しようとするが、ダーハム・グレイソンの首を刎ねようとした瞬間、その詠唱自体がなかったことにされてしまった。
「無駄なことをするもんじゃない、以前にも言っただろう? 私の願いが成就されるまで、呪石の全てを解き明かすまで私は死ねない体なんだ」
そう言った通り、この男の体の内側には呪石によって魂が守られていた。ただ、この体になって分かってしまった。
この男は殺せないのではなく、既に死んでいて、魂だけが体にしがみついた状態だった。だから体が損傷しても死ぬことはなく、呪石によって器を修復すれば、問題なく行動できるというわけだ。本当につまらない仕掛けだ。
なら……とボクはもう一度首を刎ねよを詠唱する。
「またまた、何度詠唱されても同じこ……グゥッ!!?」
「お前の首が刎ねられないなら、こうするだけさ」
胸元を押さえ苦しむダーハム・グレイソン、奴の魂を肉体に留めておくための鎖を断ち切れば、男がブルブルと震えて、身の内の異常にボクを睨みつけた。
「おま……おまえ、わたしの、ね、願いに、か、干渉できる……なんて」
「随分昔に願ったんだね、随分古くなって朽ちかけていたよ」
「くそ、こ、こんなところで、わ、わだじの、わだじの悲願……じゅ、せ——」
「首を刎ねよ」
詠唱とともに、ダーハム・グレイソンの首がガシャンと音を立てた刃により刎ねられた。床に転がった男の首は、サラサラと塵になり骨ひと欠けすら残らなかった。
あぁなんて清々しいんだろう!
あれほどみんなを苦しめたんだ、当然の報いだ!!
気持ちが高揚し、ボクはドレスの裾を翻すように、くるりとその場で回って見せれば、なんだか気分がいい。
「アスター、サミュエル、アズール、フロイド! キミたちの仇はとったよ!!」
床に寝そべったままのアズールに、嬉しさからキスをして、その体も大事に赤い茨で作った棺に眠らせた。
さぁどう運ぼうかと棺の前で悩んでいるボクの後ろ、首を刎ねた彼らが起き上がり、手伝いをすると言ってくれた。
「そんなにボクの手伝いをしたいのかい?」
コクコクと首のない体が頷く。
「仕方がないな、うんそうだね、じゃあキミたちをボクの新たなトランプ兵にしてあげるよ! 返事は大きな声で〝はい、女王陛下〟だよ!」
敬礼する彼らの血濡れの服を、ボクのトランプ兵の装いにし、彼らにアズールの棺を抱えさせ、もと来た道を引き返せば、フロイドが別れたあの場所で、壁に寄りかかったまま眠っていた。
静かなキミなんてフロイドらしくないよと、アズールと同じ様にキスをして、もう一つ作った棺に横たえさせ、ボクはこの先を目指した。
途中、出会う人間全ての首を刎ね、ボクは新しいトランプ兵を増やしていった。
スキップの足取りで目指した先は、anathemaの最深部。そこにあったのは直径四メートル程の赤い呪石だ。この石が全ての因果を狂わせた発端だ。
呼吸するように光るその石に、ボクは手を付いて願った。
願うはただひとつ……あの子達の未来、ただそれだけだ。
ボクの願いとともに、赤い閃光が走り、すべてを吹き飛ばした。
2025/03/26