赤い閃光と共に、内部施設が吹き飛んだ。忌々しいanathemaの研究施設が滅ぶと同時に、ボクの意識の中に、この施設の中隠れていたフレドたちの気配が流れ込む。このままだとこの崩壊に巻き込まれる寸前、彼らの事だけは〝この施設に連れてこられた〟という因果を無かったことにすれば、あの陽光の国のビルに転移させることが出来た。
これだけの距離を、魔法陣や魔導の力を借りなくても出来てしまうなんて……ダーハム・グレイソンが、呪石の力を神のみわざの様に語っていたが、確かに古代魔法や、妖精の使う原始の魔法に似ている。だが……
「やっぱりだめなの?」
あれだけ大きな呪石に願っても、アズールもフロイドも、子供たちの誰も生き返ることはなかった。
四人の死の原因に干渉しようとしても、なぜかその事実だけはこの力を持ってしても叶わない。神に近い力を持ってしてもなお、人を生き返らせることは不可能なのか……?
「いや……まだきっとなにか出来るはずだ」
頭の中にある魔法に関する知識……ボクはそれを片っ端から思い出して、どうにか彼らを生き返らせられないかを必死に考えた。そして、その中で確か古代から中世までの呪術に関する部類に〝生贄を捧げる事によって人を生き返らせる〟という術があったはずだ。
(なら、生贄を捧げれば、アズールとフロイドを生き返らせることができるんじゃ……)
良いことを思いついたとボクは、さっそくこの施設で死んだ魂を集めて回った。肉体の残ったものは、首を刎ねてボクのトランプ兵に加えていく。だが、この施設の人間を余すことなく生贄に捧げてもまだ、二人が生き返る事はなかった。
首のないトランプ兵たちは、ボクの役に立てず実に申し訳無さそうだ。だが彼らはよく働いてくれたし、それでも足りないものは仕方ない。それに足りなければ、外から補充すればいいだけだ。
(そのためにはまず、外に出なければならない)
ボクがそう考えるだけで、ボクの首無しトランプ兵たちは従順にボクの願いを叶えようと、ボクの足場となって、積み重なり天空に伸びる梯子へと姿を変える。
「おや? ここを登れと言うのかい?」
トランプ兵たちは、ない首でコクコクと頷く。
「本当に、キミたちはボクに忠実なトランプ兵だね」
赤いハイヒールで途方もない段数の階段を登るボクを手助けするように、彼らがボクを階段の上へ上へと押し上げ、気づけば随分と見晴らしの良い場所まで案内されていた。たった半日ほど見ていなかっただけなのに、青空の下に居ることが不思議に思える。
さて、何から手をつければ良いかと見渡していると、ボクの目の前に戦闘機が一機、距離を取り伺う様に旋回する。
「おふ・ウィず・ユあ・ベッど」
機体に乗り込んだパイロットに向い指さしユニーク魔法を唱えれば、薔薇の断頭台に刎ねられた首が飛び、噴き出した血でコックピットのガラスが赤く染まり、戦闘機が墜落していった。
これでまたひとつ、魂が集まった。少しずつだけれど、また皆んなであの家で暮らせる未来に近づいていると考えれば、この小さな前進も大きな一歩だ。
「じゃあみんな、街に向かおうか」
その言葉に『はい! 女王陛下!!』とばかりに反応した足元の首無しトランプ兵が動き出し、ボクを乗せたまま足となって街を目指す。
途中、それを阻止するように白いマジカルパワードスーツに身を包んだマジカルフォースがフライングボードに乗ってボクたちを取り囲んだ。
『進行を止め、今すぐに投降しろッ!』
魔導銃を構える彼らに向けて、ボクが赤いグローブに包まれた指を動かせば、その僅かな動きすら許さず、撃ち殺そうと奴らがボクに向けて一斉に射撃した。その野蛮な攻撃も、首の無いトランプ兵たちがボクを守るように盾になった。体を撃ち抜かれ、手足が吹き飛んだボクの首無しトランプ兵達は、別れを告げるように地面にボタボタと落ちていった。
「ウギィィィィ!!! お前たち、よくも……よくもよくもよくも! ボクのかわいいトランプ兵を撃ったね!! 首を刎ねてしまうよ!!!」
ボクの叫びの合間も、マジカルフォースの攻撃の手は緩むことがなかった。何百体ものトランプ兵達が吹き飛ぶ合間、ボクが首を刎ねよでマジカルフォースのうちひとりの首を刎ね、すぐさまボクのトランプ兵に仕立て上げた。
『な……こうやって手下を増やしたのか』
『警戒しろ! やつに首を刎ねられたら、使役されるぞ!! 絶対にあの攻撃だけは食らうな!!!』
『この魔女を絶対に生かすもんか!!!』
『本部へ、こちらF−A小隊、対象と交戦中。対象はオーバーブロット状態、至急S.T.Y.X.に応援要請求むッ——うあぁッ!!!』
ボクのトランプ兵に新しく加わったそれは、生前とは打って変わってボクにとても忠実だ。マジカルフォースの標準装備である魔法銃を弾き、ボクの盾となってくれている。彼の背後から、首を刎ねよで他の隊員の首も刎ねて、その数が多くなれば今度はボクが有利になった。
その時点で状況が不利だと悟り、撤退命令を下し背中を向けて逃げようとする奴らも全員、最後はきっちり首を刎ねた。その魂も血も吸い上げれば、ボクの髪が更に赤く長くなった。滴る血で、残りの体もきっちりとボクのトランプ兵にし、ボクは街を目指す。
途中、出会う人間全て首を刎ねた。だって、首無しのトランプ兵にしてあげれば、皆とっても幸せそうにボクに使えてくれるんだ。こうしてあげるのがきっと彼らの幸せだ。
大きな街に流れ込む頃には、ボクは数百の首無しトランプ兵を従え進む。その彼らが一糸乱れぬ行進で赤く塗られた道を進む様は、まるで真っ赤なベルベットの絨毯の上を進む華やかなパレードのようだ。
そんな彼らの行進の先頭を、ボクはクルクルと上機嫌に踊りながら出会う人達の首を刎ねて、またひとり……またひとりと、ボクのトランプ兵を増やしていった。
彼らがこうして、ボクたちのために頑張ってくれてるんだ。アズールとフロイドが生き返り、ボクがまたアスターとサミュエルの二人を生んで上げられたら、その時は彼らを労うためのお茶会をしなくちゃ。
その時は、大切な人たちを招待して、たくさんタルトやケーキも焼かなきゃならない。
「待っててみんな、きっともうすぐ……みんなで幸せに、またあの家で暮らせるからね……!」
この時のボクは、今思えばもう、正気じゃなかった。
オーバーブロットしたボクの意識は混濁し、呪石の呪いにより赤く染まっていくボクの願いは歪み、どこまでも深い闇に堕ちていることに、もう気づくことさえできなかった……