「やっぱり、ここにいたんですね」
並んだ棺の蓋をこじ開ければ、赤い薔薇が敷き詰められた棺の中で二人が眠っていた。
アズールもフロイドも埃に汚れ、フロイドに至っては、体の至る所に怪我が見て取れ、腕に深い刺し傷もあった。死体は有限に語るといいますが、案外その程度しかわからないものですね。それに、二人の亡骸を見れば、もう少し何か感じるものがあると思いましたが、余計に虚しくなるだけ……さっさと全て終わらせましょう。
「リドルさん、もういいでしょう? こんな事をしたからと言って、フロイドたちも、あなたのお子さんも、誰も生き返ったりしません。それはもう、あなたが一番分かっているのでしょう?」
真実を述べても、泣いてばかりのリドルさんは、首を縦に振ることだけはしなかった。その強情さに腹の奥底が苛立って、早くマレウスさんが来て、対処してくれればいいのにとさえ思いました。
これ以上、僕の中のあんなにも面白かったリドル・ローズハートを汚さないで欲しい。
大きくため息を吐けば、もうリドルさんが何も出来ないだろうと悟った面々が、この場所に飛び移ってきた。空洞の中、棺桶で眠るフロイドとアズールを見て、浮かべる表情は硬い。
「リドル……もう、終わりにしよう? アズールやフロイドの事も、お前の子供のことだって本当に残念だし、俺らには想像できないぐらいに辛いと思う……でももう、これ以上苦しむお前を見たくない」
「こんな苦しんでるリドルくんを見たらさ、きっとフロイドくんもアズールくんも苦しいと思うんだ……もちろん、リドルくんの子供ちゃんだって……」
「違うんだ……」
ケイトさんの言葉を遮るように、リドルさんが大粒の涙を流しながら、まるでご自分のことを一番憎く思うような表情でお腹を抱きしめる。
「ボクは、ボクが呪石に祈ったせいで、アズールとフロイドの人生を歪めてしまった事を知ってしまったんだ……!!!」
「寮長……それって、どういう——」
「なのにボクは、二人に愛された事を、嬉しいと思ってしまった……二人の子を産めて良かったとさえ思ってしまった……!!! ボクのせいで、四人にこんな結末を与えてしまった……ボクのこの気持ちはあってはならないものなのに、なのに、ボクは……二人を好きになったことも、あの子達を産んだことも、無かったことにしたくないんだ!!!」
リドルさんはこれを、四人への裏切り行為だと思い、四人の死を、ご自分の罪だと思われているようです。
リドルさんの苦しみに寄り添うように、その小さな体に寄り添おうとしたその時——リドルさんが大きく咳き込む。その咳とともに吐き出されたのは、真っ黒いインクだ。
「ちょ、ブロットを吐き出してる!?」
「『対象者のバイタルスキャンを開始します。対象者の体内のオーバーブロット濃度の急激な低下に伴い、呪石のエネルギーが体内で急激に上昇しています。早急な対処行動を推奨します』」
何度も何度も大きく咳き込み、口元を押さえる赤く染まった両手の隙間から黒いブロットが溢れ落ちれれば、リドルさんの体がどんどんと赤く染まっていく。いや……それだけではありません。
「ローズハート寮長が……石に!?」
赤く染まった部分は、まるで呪石のように赤くきらめき、リドルさんの体を石に変えようとしている。
「体に溜まったブロットが吐き出され、オーバーブロット状態が解除される代わりに、呪石がリドル氏を飲み込もうとしてるんだ!!」
イデアさんの「総員退避ッ!!! 早く逃げて!!!」と言う号令とともに、リドルさんを助けようと手を伸ばすエースくんやデュースくんの腕を引っ張るトレイさんとケイトさん。他の面々も急いでその場を脱出しようとしている。
そして、皆さんと共に退避しようとする僕の背に、リドルさんが呼びかける声が聞こえた。
振り返れば、バシャリとリドルさんから吐き出された揺り籠の中を覗けば、アスターくんとサミュエルくんの亡骸が、手をつなぎその中に収まっていた。まるで、二人を避難させてくれと言わんばかりのリドルさんの視線に頷いて、僕は揺り籠を掴んでその場から急いで離脱した。
パキパキと結晶化する音が響き、リドルさんの体を中心に肥大化する呪石は、他の願いを吸うかのように、僕たちの後ろに手を伸ばす。
「キャ!」と短く上がるヴィルさんの声に視線を向ければ、脚がもつれ転んでいた。そこに一直線に伸びる呪石の手を、ルークさんが弓矢で叩き折り、レオナさんが砂に変える。
そして、ヴィルさんの前に躍り出たエペルくんが、呪石に飲まれるリドルさんに向かって詠唱する。
「目を閉じて、息を止めて……真紅の果実」
結晶化する大きな音が止み、ガラスの棺がリドルさんを覆い、呪石の動きさえも止まったが、エペルくんの表情を見てももう何秒も持ちそうにない。
「ぐッ、もぉ……持ちそうにな……ヴィルサンはやく、逃げ——!!!」
エペルくんのガラスの棺にヒビが入り、魔法が溶けそうになったその瞬間——
「随分と待たせてしまったか?」
漆黒と銀で織られた衣装を纏ったマレウスさんがその場に現れた瞬間、エペルくんのヒビの入った真紅の果実のガラスの棺ごとリドルさんを包むように、絶対零度の分厚い氷がリドルさんを凍らせた。
リドルさんの活動が停止したからか、僕たちに伸ばされた呪石の手も止まり砕け散った。本当に、これでリドルさんを止めることが出来たのかと、皆さんが氷漬けにされたリドルさんを見つめている。
マレウスさんより少し送れ、この場に到着したシルバーさんとセベクくんにリリアさんが、「遅くなった」とお詫びの言葉を伝え、氷の中のリドルさんを見つめた。
ブロットが排出された代わりに、自身の身体を結晶化させられ、体や髪、それに身に着けているドレスですら、まるで宝石のように赤く光り、まるでリドルさんを石でできた作り物のようにしてしまった。
こうなってしまったリドルさんを、簡単に人へと戻してやるなんて、今の魔法技術では不可能だ。イデアさんが最初に言った通り、氷漬けになったリドルさんは、この先の未来、高度に魔法技術が発展し、呪石化を解くことが出来ない限り、リドルさんの生命活動が完全に停止するまで氷漬けのままタルタロスの最下層で、永遠という時を眠るしかない。
それを先に聞いていたシルバーさんが、マレウスさんに嘆願する。
「マレウス様……もし叶うのであれば、マレウス様のお力で、リドルをどうにかしてやることはできませんか?」
「シルバー! 若様に嘆願など失礼極まりない!!」
「……いや、かまわない。シルバー続けろ」
マレウスさんに止められたセベク君は、クッと唇を閉じ後ろに下がり、シルバーさんは「ありがとうございます」と主に礼をする。
「俺は、ナイトレイブンカレッジで、リドルにとても世話になりました。だからこそ、こんな結末になってしまいましたが、せめて夢の中だけでもリドルが幸せで居られたらと思うんです。セベク、お前だってリドルには世話になっただろう? あの時の恩を今返さなくてどうする?」
セベクくんの中で何か思い返すことがあったのだろう、シルバーさんと揃い、マレウスさんにお願いした。
「どうだマレウス、家臣の受けた恩は、主が受けたも同然……叶えてやらんと男がすたるぞ!」
「ふむ……そういうものなのか……そうだな」
リリアさんに言われ何かを決め、氷漬けになったリドルさんの側まで飛び、宙で立ち止まり目を閉じた。
「運命の糸車よ、災の糸を紡げ。深淵の王たる我が授けよう祝福」
詠唱とともに満ちる光がリドルさんを包む。
「皆も、リドルが見る夢に幸あらん事を祈ろうではないか」
その場に居た皆さんが目を閉じ、こんな結末を迎えてしまったリドルさんやフロイドにアズール、そしてこの揺り籠の中で眠る小さな亡骸の幸を願った……