ハートに火をつけて！　誰が消す？「人魚の恋が叶わないと泡になるってホントなの？」

　今日の授業も無事に終わり、さて今日は待ちに待った部活動に勤しもうと、教科書やノートをまとめていたボクを呼び止め。隣の席に座るリドルさんが、言いにくそうな顔で僕に質問してきた。なんだか面白いことの気配に、僕の胸が踊り、すぐさま椅子に着席した。
　人魚の恋が叶わないと泡になる……そんな可愛らしい発想を、この苛烈で厳格で、ルール違反を見つけたら首を刎ねて回る暴君が、一体どこで聞いたのやら。
　まぁ……十中八九情報源は、リドルさんに恋をして恋敵となった兄弟と幼馴染だろう。
　どうせリドルさんに選んでいただかないと死ぬと言って怖がらせ、どちらかを選ばせる事を牽制し、またプレッシャーを与えるためだろうが……あの殺そうとしても簡単には死なないだろう兄弟と幼馴染が、そんな繊細な事を口にする姿を想像して、思わず腹を抱えて笑ってしまった！
　大笑いする僕に、リドルさんは「笑い事じゃないのだけれど」と唇を尖らせている。それにヒィヒィと息も絶え絶えになりながら、申し訳有りませんと胸元に手をやり謝った。

「ところでリドルさん、大昔に人魚のプリンセスが、人の脚を得るために海の魔女の慈悲にすがり、声と引き換えに脚を得たのはご存知で？」
「あぁ、それは先日文献で読んだよ。そのお姫様は、無謀すぎる。自分の正体を明かせずに恋を叶えようなんて……少し間違えば泡になって消えていた」
「そうですね、最終的に契約を遂行し、陸の王子と結ばれた事で事なきを得ましたが、もしこれで姫が泡になって消えてしまったら、陸と海で戦争になってもおかしくありませんからね……でもね、リドルさん人魚はとてもロマンティックな生き物なんです」
「ロマン……ティック」
　リドルさんをちらりと見ると、眉間に皺を寄せて、嫌そうな顔をしている。あの二人の努力が全く通用していない現実に、吹き出して大笑いしそうになり、咄嗟に頬の肉を噛んだ。あぁ、本当に面白い！
「でも、安心してください。リドルさんがフロイドとアズールどちらかを振っても……いえ、両方を完膚なきまでにフッた所で彼らが泡になることはありません。あるとすれば、せいぜいリドルさんを巡って血みどろの殴り合いが始まるぐらいです」
「な、殴り合いってキミ！？」
「それでどちらかが死ぬことになっても、弱肉強食、まぁ自然の摂理と言うことです」
　その時は、死んだ方の血肉全て、リドルさんに余すこと無く食わせてもいいかもしれない。負けた方も、好いた相手の血肉になれば少しは浮かばれるだろう。
「人魚は一途なんです。人魚同士の恋なら醒めれば一瞬で終わる恋も、人間相手なら呪いのように相手に一途になる。場合によっては生涯一度きりの恋になるんです。とれも狂っていて良いと思いませんか？」
「重すぎるだろう」
「リドルさんにそう思わせるなんて」
「どういう意味だい」
　リドルさんは、とんでもない事になってしまったと、今さら自分の背後に退路がない事に気づいた様で、大きなため息を付いた。
「諦めて、二人に愛されればいいんです。もうハートに火はつけられてしまった。それとも、リドルさんの炎で、完全に燃やして消し炭にしますか？」
「相手はキミの兄弟と幼馴染だろ？　よくそんな事を考えるね」
　呆れるリドルさんは、キミと話していると疲れるよと、話を聞かせてくれてありがとうと律儀にお礼を言って、フロイドが誕生日に渡したブックバンドに教科書をまとめ教室を出ていった。

「本当に、人の世界は面白いですね」
　あの二人が、陸の炎に焼き尽くされた時のために、こっそりとレシピを考えておこう。
　最上級の料理に仕上げて、心臓を消し炭にした彼に食べさせるために。

　あぁでも、もしリドルさんが同時に二人を好きになってしまったら？　あの陸で見た人間の中で最も真面目な人間が、そんな自分を許すだろうか？
　その時は、ルールをやぶった己の身を焼きかねない苛烈さを想像して、また笑いそうになってしまった。

　この三人のハートに火をつけて、一体誰が消すのだろうか？