起承転結の起黒衣森の深い木々の香りを運ぶ風が、グリダニア新市街を抜けていく。石畳を行き交う人々のざわめきは、活気あるエオルゼアの日常を彩っていた。
そんな緑豊かな街の賑わいを背に、二人の冒険者――ライリー・オルズとスヴェン・ヴァルカレは、まるで散策でもするかのような足取りで市場へと向かっている。
「……ライリーさん」
スヴェンの低く耳慣れた呟きに、ライリーは微笑みを崩さずに頷いた。白の混じった前髪が小さく揺れ、眼鏡の奥の瞳がいたずらっぽく光る。
「ええ、つけられてますね」
穏やかな口調と雰囲気で、二人の歩調は変わらない。
壮年のハイランダーである彼らは、その体躯やスヴェンの背負う無骨な戦斧が目を引く、いかにも冒険者といった佇まいだ。しかし、周囲の喧騒に溶け込むその落ち着いた雰囲気は、追跡者の存在など微塵も感じさせなかった。
「女性かな……スヴェンさんのファンですかね?」
ライリーの軽口に、スヴェンは軽く肩をすくめて応えながら、ちらりと路地の影に視線を向けた。
木々の間からわずかに揺れる亜麻色の髪が彼の目に留まると、人影はそれを察知したのか慌てて建物の陰へと隠れる。
……だが、通りすがりのモーグリがその様子を面白がるように影の上をくるくると回りながら、『ここにいるよ!』とばかりにクポクポとアピールしてくる。彼らを見ることができるスヴェンは「ふむ」と頷くとライリーに顔を寄せた。
「……危険人物ではなさそうだ」
「なら、ちょっとご挨拶しますか。」
ライリーの指が、腰に提げた右のチャクラムを軽く滑らせた。スヴェンは一瞬視線を交わし、かすかに頷く。
路地の分岐に差し掛かると、二人は言葉もなく別れる。ライリーが右の細道へ消えると、影は迷わずライリーの後を追った。石畳に響く足音が、彼の消えた路地へと吸い込まれていく。
路地は次第に狭まり、やがて石壁に囲まれた袋小路へと突き当たる。追跡者の足音が近づき、路地の入口でぴたりと止まった。亜麻色の髪の女性が慎重に中を覗き込むと、そこにはライリーの姿はない。
「どこ…?」
女性の声は小さく、戸惑いに満ちていた。彼女は一歩踏み出し、周囲を見回す。石壁に囲まれた狭い空間に、隠れる場所などないはずだ。にもかかわらず、ライリーの気配は完全に消えている。
「……ライリーさんに何か用が?」
背後から静かな声が響いて女性がハッと振り返ると、そこには路地の入口を塞ぐように、堂々と構えたスヴェンが立っていた。彼の目は穏やかだが、それを縁取る刺青と背に担いだ戦斧が、有無を言わせぬ威圧感を放っている。
彼女の長い耳が震え、表情が引き攣った。
「ヒッ」
小さな悲鳴を漏らし、その硬直した体と怯えきった表情を見たスヴェンが「しまった」と口を開きかけた、その瞬間だった。
「きゃああぁああっ!!!」
耳をつんざくような渾身の悲鳴が響き渡り、彼女は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
スヴェンは彼女を追跡者として警戒していたため、咄嗟に抱き留めることもできず、思わず一歩後ずさる。
ここまで怯えられるとは思いもよらず、困ったように目を白黒させながら、へたり込んだ女性の上、石壁に面した建物の屋根を見上げた。
すると、そこから慌てた様子のライリーが顔を出し、軽く跳ねる。まるで重力を感じさせない身のこなしで、カッカッと小気味良い音を立てながら、石壁を蹴って降りてきた。
「っと……驚かせてしまってすみません。大丈夫ですよ、危害を加えるつもりはありませんから」
ライリーの優しい声と、そっと差し伸べられた手に、女性はびくりと肩を震わせながらも、恐る恐る顔を上げた。
その瞳は怯えからか涙で潤んでいたが、ライリーを捉えた途端、どこか複雑な感情が宿る。
ライリーはその視線に気づいたようだが、何も言わずに優しく微笑んだ。
「私に何かご用でしたか?」
女性の亜麻色の髪は乱れ、瞳は怯えと困惑に揺れている。彼女が「ミリア、です……」と掠れた声で名乗ると、ライリーはにこやかに頷いた。
「私はライリー。こっちのかっこいいお兄さんはスヴェンさんです。ミリアさん、よろしければカーラインカフェでお話を聞かせてもらえませんか?驚かせてしまったお詫びにお茶をご馳走しますから」
ライリーの提案に、ミリアは二人を交互に見つめ、小さく頷いた。
スヴェンは必要以上に驚かせてしまったことを謝罪しようと口を開きかけたが、言葉を選びあぐねている間にライリーが流れるように会話を進め、ミリアもそれに頷いてしまう。
ライリーの方をちらりと見ると、目が合った彼は申し訳なさそうに眉根を下げ、スヴェンの背中をぽんと叩いて労ってきた。
その気遣いがひしひしと伝わってきて、スヴェンは僅かに頬を緩める。
「……驚かせてすまなかった」
「えっあ、いえ、私が悪いので…」
カーラインカフェへ向かう道中、ミリアは何度もライリーに視線を送っていた。
先ほどの悲鳴を聞きつけ様子を伺っていた人々を淀みなくあしらうライリーは、その視線に気づいているのかいないのか何事もないように振る舞った上で、所在なさげなミリアをさりげなくフォローしながら歩いていく。
スヴェンはそんな2人の後ろに着きながら、遠くからやってくる鬼哭隊への言い訳を必死に考えていた……。