湖の孤城 2その日の夜。Broooockから貰った紙を片手に、周囲を確認しながら歩いた。日も暮れて街が暗闇に包まれ始めた頃、小さな看板がひっそりとこれも小さい扉の横に立っているのを見つけた。
文字が最低限見えるようにするためだけの唯一の灯りも目立つことなく、ぼんやりと周囲を少しだけ照らしている。
ここか、と扉を押し開けた。古ぼけた見た目とは裏腹に軽く開いた扉の向こうは存外明るかった。
カランカラン、とベルが鳴る。
「おう、いらっしゃい」
「ご無沙汰。もう誰か来てる?」
「いや、まだ。1番奥どーぞ」
あの時よりも隈が少し減った気がするシャークんに案内され、店全体を見渡せる席に着く。店は全体的にシンプルで、あちらこちらに置いてある小さな観葉植物と小さい絵がアクセントになっていた。そこらの雑貨店で見るような小物ばかりで置く位置にはこだわったんだろうなという感じがする。
先にお冷と簡単につまめるフィッシュ&チップスを出された。そういえばこれって会計誰持ちなんだ?
「よく来たな、特にきんときとスマイルは来ないだろって思ってたんだけど」
「俺はともかくスマイルは来るでしょ、隠居してても暇なだけだろうし」
「それもそっか。にしたって急に集めて集まるもんかね」
「神父さんとか忙しいんじゃないのかな」
「な」
特に注文もしないから暇そうなシャークんと数分雑談に興じていると、ドアベルが鳴った。視線を向けるとスマイルときりやんが同時にひょっこりと顔を覗かせている。
「おっ!ほんとにいるじゃ〜ん、久しぶり」
「おっす」
「……なんというか、予想通り?」
「アイツ友達少なさそうだよな、前も思ったけど」
「えっ何!?なんか失礼なこと言われてない?」
「「お前じゃない」」
「え何?俺?」
口を開けばほんとに神父か?と言いたくなるようなきりやんと、どこまでもマイペースに聞いていない天才薬剤師のはずのスマイルに少し呆れて笑ってしまった。
「久しぶり。二人とも時間に都合ついたんだ?」
「まーね、俺は夜より昼の方が忙しいから夜は比較的楽に時間空くよ」
「俺は別にすることないし」
「あーそれは予想してた」
二人も席に着いたのと同時にシャークんが笑って言いながら立ち上がった。またなにか軽く作るつもりなのかもしれない。
「というかきんとき来たんだな。勝手に来ないもんだと思ってた」
「えぇ?来るよ、俺の絵がメインで対処しなきゃいけないやつでしょ?今回」
「そうなの?」
「え?スマイル聞いてないの?」
「いや診てほしい人がいるってだけ。『薬の処方はいらないから診るだけ診てほしい』って言われて」
「あー俺もそんな感じだよー。『多分悪霊じゃないけど悪霊だったら困るからさぁ』って。急に来たと思ったらそんなんだから何かと思った」
意外だった。けど彼の人との距離の取り方的にあり得ない話じゃないし、それでホイホイ来ちゃうようなやつらじゃなければもっと詳しく説明するんだろう。まあ要するに。
「お前らそんなので来るの?暇じゃん」
「広義的に見れば仕事ではありますし」
「まぁ俺は暇」
もう苦笑せざるを得なかった。なるほど、これは俺が関門だ。
「あいつさぁ、運ゲーで俺の家当ててきたんだけど」
「はぁ〜?なに運ゲーって」
明らかに疑問符を飛ばしているきりやんとは違ってスマイルは聞いてないかと思ったが、勝手にフィッシュ&チップスをつまみながらちらりと一瞬目線をこちらに寄越した。どうやら続きを聞く気はあるらしい。
「なんかねー、新聞配達の仕事やってた人が怪我だったかなんだったかで遠くまで行くのはしんどいってなったらしいの。その遠くにいるのが最近来た中じゃ唯一の男の一人暮らしだってんでワンチャン〜みたいな感じで来たんだって。見事に大当たり引かれたんだけどさ」
そう言って肩をすくめて見せた。何をするにもどこへ行くにも不自由なあの場所にわざわざ訪ねてくる物好きはいないだろうと思っていたが、何気なく続けていた習慣で尻尾を掴まれてしまったのだ。こちらとしては望んだ出来事じゃない上にちょっとため息をつきたいくらいである。とはいえ拒否する理由も見つからない、受け入れる他ないのだが。
「幸運だなそれは。記者ならある程度ラック値必要そうだな〜て思うから意外ではないけど」
「そうか?俺は遠くにいるって聞いたら人を嫌ってだと思うからきんときだってわかると思うけど」
「え、ウソ」
そんなに断定できるものだろうかと思って、スマイルに続きを促してみる。
「え?何?」
「いやそう思った理由なに?」
絶妙に察しが悪い。
「あぁ理由?いやだって、離れて暮らす理由なんて人嫌い以外にあるか?俺でもそうする」
「たしかにねぇ、元権力者でもなければそんな遠くにいかないし。きんとき家豪邸だったりする?」
「んなわけ」
「だろ〜?ならそこまで難しく考えなくたってしらみ潰しで見つかる」
はーやれやれといった風に大仰な反応を見せるきりやん。そんなものか?自分ではわからないものだ。
ふ〜んと生返事を返していたらシャークんが帰ってきて追加分のお冷とサラダとフィッシュ&チップス、ついでに取り皿を持ってきた。本当に会計誰持ちなんだ、俺はそんなに持ってきてないぞ。
それと同時にドアベルが鳴った。全員がそちらを見る。
「おわ〜、もう揃ってるぅ。お待たせ〜」
そこには現状を作り出した張本人、Broooockがニコニコしながら立っていた。
※※※
「僕に付き合ってもらうために呼んだんだけど、君らよく集まったよね〜」
いけしゃあしゃあと。
鼻で笑いかけたが、そもそも暇だから来たとか言ってるやつを思い出してとどまった。よく集まったな。
「まあじゃあ、きんとき以外には全然説明してないから最初から全部説明するわ」
___まず、取材先はとある商家の御当主さま。
最近乗りに乗ってるから、その記事書くのが最初の目的だったんだけど……
「……あの、すみません。どうかしました?」
「__あ、あぁ、すまない。少しな。それで?」
取材中にも何回かぼーっとしてると思ってたら、取材終わり間際に急にガクガク震え出しちゃって。びっくりして使用人の人呼んだら落ち着かせるためにか部屋移動することになってさ。
「大丈夫ですか?持病、とか?」
「いや、病気では……ない。はずだ。少し本題から逸れてしまうし、他言無用にしてほしいんだが…」
その御当主曰く。
表の商業中心でやってるけど、治安取り締まりの一環で裏マーケットにも出入りしてる中で見つけた、知る人ぞ知る画家の絵。審美眼にも自信があるから本物だと思ってかなりの額払って手に入れて、応接室に飾った。
けどそれからいくらか時間が経った時、ふとした瞬間に視線を感じる。最初は気のせいかと思ってたんだけど、時間が過ぎるごとにはっきり『絵の中の人に見られている』っていう感覚になっていったんだって。
応接室で話をする人みんなに遠回しに視線を感じないか、人がいるように見えないか聞いてもみんな首を横に振るばかり。呪いかと思いつつもそれまでに自慢してしまった以上簡単に取り替えることもできないから応接室を変えようか考えている。ただ最近そこそこ忙しいから勘違いで体調が悪いだけかもしれない。教会もあまり行けていないし、そのせいかも。
そう言われたらまぁ、僕ができることにピッタリはまってるわけじゃん?
当然。
「僕の知り合いに薬剤師と神父いますから、連れてきましょうか?腕はいいですよ。あと、これはもしかしたら、なんですが___」
「…で、無事俺を引っ張り出せたってわけね」
「そうそう」
この野郎、と思いながらポテトを齧った。なるほど、思っていたよりガッツリ必要な人が揃っている。
俺が考え事をしているうちに向こうは向こうで遊んでいる。
「ちょっとー、腕はいいって何?俺全部いいだろって」
「いやぁー、酔っ払って二日酔いで聖水飲んじゃう神父だからなぁー」
「そうじゃん。いいの?そんなやつ紹介して」
「ハァ〜〜?仕事中は酒飲まねえし!いつも酔っ払ってると思わんといてくれる?」
賑やかだなぁ、と笑ってしまう。シャークんもずっと黙って聞いているが、面白そうに笑っていた。
「で?俺はその絵を描き直せばいいのね?」
流石にこのままだと話が進まないのでハイハイと手を振って聞いた。確か鉄道を使って1時間かそこらの街の景色だ。覚えている。
「まぁ最終的に回収できればいいんだし、返してくれないか言えば返してくれるかもしれないんだけどさぁ」
「え、そうなの?」
「うん。でも結構大事にしてるっぽいし、相手からしたらすんなり渡しちゃうと面子丸潰れなわけ。だから代替品必要だと思って」
「あー………」
描かないつもりでいたが、確かにそれは仕方ないかもしれない。どうにかしなくては。ただ、足掻いてみることはする。
「ねぇ、Broooockに他の画家の伝手ないの?」
「それも考えたんだけどさ、まずあなたのこと知らないような人は実力保証できないし、知ってる人はみんな口を揃えて『彼の作品は唯一無二だ、代替品として自分の作品は適していない』って言うの」
「そ〜〜〜れはまた……過大評価されてんなぁ」
頭を掻いた。あ"ー、と唸り声にも近い声が出る。
描かなきゃいけない、その心積りはしたがいざやることになると嫌になってくるものだ。聞きたくない意思表示の代わりに机に突っ伏した。
「ふ〜ん、じゃあきんとき頑張るしかないじゃん」
「きんときの絵が完成したらその人の家行くの?」
「僕としてはその予定〜」
こっちを見ているのがわかる。無言にならないでほしい、普通に気まずい。けど嫌なもんは嫌なんだ。あれ立った音するシャークんどっか行くのは話違くないか?お前せめてなんか言ってから席立てよオイ。
「ちょっと〜そこのお兄さ〜ん」
「聞こえない」
「ちょぉ〜いきんさ〜ん」
「聞こえな〜い」
「き〜んと〜きさ〜ん」
「聞〜こえな〜い」
久しぶりに駄々を捏ねている。Broooockも強制する気はないのか、半分面白がりながら声をかけてきている。そうだわ、あいつそういうやつだったな。
「やんなっちゃったかぁきんとき」
「まぁそりゃあの時やめようかなって言ってたしだろうなって感じだけど」
「えぇ〜困る〜」
「そんなに困ってないくせに……」
「あは」
やっぱり面白がってる。もう駄々捏ね続けてやろうかな。
ぶすくれてそう画策した時、Broooockがなんでもないことのように告げてきた。
「じゃ、僕も一緒に行こ〜っと」
「は?」
冗談だろ、と心の底から出た声がちゃんと声になっていたかは分からなかった。