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    2023/8/26参加 ながいきのワンドロ
    テーマ「追いかける」

    ※WEBオンリーイベント「ながいきの半神さま」を祝しまして、過去Twitterにあげていたものをこちらにもアップいたします🥳

     叔父に好きだと告げた時、彼は持っていた葡萄の一粒を落とし、中途半端に口を開けたままボンッと顔を真っ赤にした。
     眉を寄せて微動だにしなくなってしまったので、ソファにしなだれていた叔父に擦り寄り、染まった顔を覗き込む。セトはグッと唇を一文字に閉じ、ホルスから後退りし距離を取って、光の速さで部屋を出て行った。叔父は逃げ足が速いのだ。
     ひとりになった部屋で、へへっとひっそり鼻の下を擦る。
     幾千年の間に関係は変わり、この頃セトがホルスに対して、少なからず好意的に想ってくれていたのには自覚があった。だからこその告白だ。あの反応、あの様子では、きっと色良い返事が返ってくるだろう。
     赤くなった叔父の顔を思い浮かべる。早く口づけを交わしたいが、しかし心の整理をつけさせることも大事だ。セトが心の底からホルスを受け入れられるようになる暫しの間くらい、大人しくしていようと己を宥めた。
     だというのに、セトはそれからホルスの前に姿を現さなかった。
     外で仕事をしているのは神官を通して知っていた。贖罪の旅が終わったあと、セトに砂漠の警備の仕事を命じたのは、紛れもないホルスだ。
     ホルスの仕事中は、鳥が砂漠でセトを見ている。これはセトが新たに仕事を始める際、マアトによって「セトには監視をつけるように」との達しがあったため付けた鳥だ。
     鳥はようく見張っていてくれているが、警備の仕事が終わった途端、セトは全身を砂にして砂漠に紛れ、そこでいつも見失う。
     毎日神殿へと帰ってきているのももちろん知っている。神殿の中にある叔父の気配を、ホルスが見過ごすはずがない。だが今、現在、どこにいるのかが分からないのだ。
     いるにはいる。だが会えない。
     パピルスとペンを簡単に整理し、執務室から出る。仕事を片付けたあと神殿の中を練り歩き、毎晩セトを探す日々があの日から続いていた。セトの自室や鍛錬場に始まり、セトが普段近づかない浴場や人間の神官たちの厨まで。
     しかしいない。どこにもいない。
     このままでは口づけどころではない。セトと熱い夜を過ごすためふたりの新しい寝室だって用意していたのに、日の目を見ずにお蔵入りになってしまう。
     ひとり奥歯を噛み締め、鬼気迫る顔つきで喉の奥で「嫌だ」と唸った。
     ホルスはただセトを手篭めにしたいだけである。早くホルスの身体によってメロメロして差し上げたいのだ。佳人のとろんとろんに蕩けた顔を目に焼き付けたい。だってお年頃だもん。
    「ホルス」
     後ろから声がかかり振り返る。壁の蝋燭の火により照らされたのは母だった。
    「母上、どうなさいました」
    「ちょっと来てくれる」
    「? はい」
     それだけ言うとイシスは踵を返し、ホルスが進んできたのと反対方向に歩を進めた。特に怒っている様子ではないが意図が読めず、大人しく後ろをついていく。
     着いたのはイシスの自室だった。扉を開け、中に入る。
    「、は」
    「いい加減引き取ってくれる? 鬱陶しいったらないわ」
     中央にある寝台に、セトが身体を丸めて寝そべっていた。
     耳を澄ますと小さないびきまで聞こえてくる。よほど寝入っているらしく、近くに寄っても起きる気配がない。
     夜の間、あれほど探していた姿が急に目の前に現れ軽く混乱する。
    「ええと……叔父様はずっとこちらに?」
    「少し前から夜になると来るのよ。それで、こう。ひとの寝床を乗っ取って、朝まで起きないんだから」
    「……」
    「あんたたち、なにかあったんでしょう? 巻き込むのはやめてちょうだい。自分の寝台で身体を縮こませなきゃいけないのは飽きたわ。引き取って」
     イシスはホルスの顔を見上げたまま、人差し指でセトの身体を指差した。親に言われるにはなかなか気まずい内容だが、背に腹は変えられない。
    「ずっとお姿を探していたんです。教えてくださってありがとうございます」
    「ったく、なんで弟と息子が……」
    「……あの、どうして叔父様は母上の部屋に? 確かに、まさかここに逃げ込んでいるとは思いませんでしたが」
     前髪をかき上げため息を吐く母に、セトの身体を横に抱えながら問う。イシスはちらりとセトの寝顔を見て、フンと鼻を鳴らして腕を組んだ。
    「その馬鹿は、都合が悪くなると私のところに来るのよ。子供なんだから」
    「……母上のそばだと安心なされるのですね。おふたりの関係が羨ましいです」
    「ここまで関係が回復するなんて思わなかったけどね。ほら、早く行って。今日こそぐっすり寝たいわ」
    「面倒をおかけしました。おやすみなさい」
     セトの身体を抱きしめ、イシスの部屋を後にする。部屋からしばらく歩き曲がり角を曲がったところで、叔父の瞼に柔く口づけを落とした。
    「……叔父様、いつまで寝たふりを?」
    「……」
     じんわりと瞼が開けられる。セトが唇を尖らせ、視線を斜め下に落とした。
     口の端を持ち上げて笑う。
    「まさか母上の部屋に隠れているとは思いませんでした。見つからないわけですね」
    「……るせえな」
    「どこに逃げたって探して捕まえますよ。観念してください」
    「しつけえ野郎だ」
    「ええ、そうです。俺しつこいんです。もし朝になってあなたがまた逃げてしまっても、キチンと返事をくれるまで追いかけ回しますのでそのつもりで」
     冠の下から瞳を覗き込む。セトの頰にまた口づけを贈ると、みるみる間に顔が赤らみ始め、空気を誤魔化すようにホルスの胸板を拳で叩く。それでもジタバタ暴れることはないので、ひとまず諦めてくれたのだろう。
     セトはいささか、ホルスの忍耐と根気強さを侮っている節がある。幾千年の中でホルスがセトを諦めたことなど一度だってないのに。
     どこにいようが追いかけ探し出し、必ず最後はこの腕の中に収めてやる。
     けど少し早まったかもしれない。返事をくれるまで、と言ってしまった。返事を貰ったらセトも隠れることをやめてしまうだろうか。実はセトがいそうなところを探して追っかけ回すのは結構楽しいので、そこだけ少々残念だ。
     なんて呑気に思っている男の腕の中で、セトはひっそり心の中で小馬鹿にしていた。
     返事なんてくれてやるもんか。ぴよぴよ俺を探して困ればいい。
     セトもまた、ホルスに追いかけられることが好きなのだ。愛されているのだと実感できる、ホルスが自分の元に辿り着くまでの時間が好きだ。
     結局のところまあ、似たもの同士ということで。
     
     
     了
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