夜な夜な。目蓋の裏には恐ろしいものが棲んでいる。
それは悪夢であったり、過去の過ちであったり、かつての後悔であったり、思い起こせば顔から火が出るほどの恥であったりと様々だ。
夜はそんなものが一斉に息を吹き返し、俺の頭の奥底からずるりと這い出てくる。眠りに就く前は暗闇の中に浮かぶ悪いもの達を追い払うのに必死で、この頃どうにも眠りが浅い。
「それでも、お前ならどうにかしてくる気がしてん」
腕に抱いた男の前でそんな弱みをみせれば優しく頭を撫でられた。意外にも慣れた手付きで。
彼の愛犬もこんな風に、慈しむように丁寧に、愛を注がれているのだろうか。そんな人生も悪くないと思える程度に俺の頭は疲れているらしい。今度生まれ変わったら、彼の犬にでもなろう。
「素直に甘えられて偉いじゃねぇの」
跡部の言葉が擽い。心の底から安らかになれる彼の声は、いつだって俺を包み込んでくれる唯一だ。
「俺様が全部食ってやるよ。テメェが思う怖いもんってのを残らず、どれも」
暗い暗い部屋の中、月明かりすらも俺たちを見付けられない深い場所で、跡部の声だけが胸を満たす。鎖骨、首筋、顎、頬、額。ひとつひとつ確かめるように下から上へ順を追って唇を這わせられると、少しずつ意識が遠き体がふわりと浮かぶような、沈むような不思議な心地がした。
美しい男の顔をぼんやりと眺めていれば口付けが降る。俺が強請っているとでも思ったのだろうか、欲しがったものを与えた者の顔で、跡部が満足そうに笑むからこちらもつられて口元を緩めてしまう。
「おやすみ忍足」
あやすような声を最後に目蓋が落ちる。何もない世界の裏側、俺だけの太陽が眩く輝く。
お前の腕に抱かれて眠る夜は、温かかった。