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    トキ/em

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    ポイピクお試し以下同文。食堂でみんなと映画を見る寿史さんの話。

    『ヒーローとテレビの話:御鷹寿史の場合』(AHFより前の話)

     週末の夜。合宿施設の食堂兼談話室にあるテレビでは古い映画が流されていた。
     誰かが持ちこんだDVDではなく、毎週末の夜21時から国内外新旧さまざまな映画を放送している番組だ。映画の内容次第で、見たい者が集まっておしゃべりをしながら眺める鑑賞会。それは合宿施設に複数校のヒーローたちが集まるようになってから、週末の恒例行事になっていた。
     普段ならば早々に眠りに就いている霧谷が、それをめあてに夜更かしをすると聞いて、めずらしいな、と御鷹は目を丸くした。
     霧谷も時々混ざることはあれど、たいていは最初から――あるいは途中で眠気に負けている。
     今日は最後までちゃんと見るんだって、とこっそり教えてくれたのは光希だ。
     一年生たちはテレビに近いあたりのソファや床に集まって座っている。
     何事も回数を重ねれば同じことが繰り返されるようになるものだ。テレビに近い位置は、最近ではすっかり一年生たちの定番スポットになっていた。
     今日はそこに斎樹が加わり、霧谷と並んでソファに座っている。時々、斎樹と小声で会話しながら映画を見ている霧谷の横顔が少し眠そうに見えたので、御鷹は自分の分の他にもう一杯、はちみつ多めのアイスカフェオレを淹れた。

    「柊くん、良かったらどうぞ。冷たいものを飲むと目が覚めると思うよ」

     視聴の邪魔をしないようにCMのタイミングで霧谷にアイスカフェオレを差し出す。
     霧谷はわずかに目を見開くと、かすかに口元をほころばせた。

    「……ありがとう、御鷹サン」
    「どういたしまして」

     初めて会ったばかりの頃は、霧谷の硬い表情は変化が乏しく見えていたけれど、最近ではそうした表情の違いもわかるようになってきた。
     霧谷の隣に座る斎樹が礼を言うように目元をやわらげる様子も見分けられる。

    「御鷹はこの映画を知っているか?」
    「うん。『青空と傘』、結構古い映画だよね」
    「今度、この監督の新しい映画が公開されるらしい。映画が始まる前に宣伝していた」
    「ああ、それで放送してるんだ」

     斎樹の言葉に御鷹が頷いていると、床のラグに座る透野が「寿史くん」と手招きした。「ここ空いているよ」と示してくれた透野の隣に御鷹も腰を下ろす。自分の背丈を自覚していたので後ろに誰かいないか、視界を遮っていないかと振り返って確認してから足をくずす。
     透野はテーブルに置かれた大きなペットボトルから注いだらしいサイダーのグラスを持っていた。甘く泡立つ透明なジュースを、大切なもののように両手で抱えている。

    「寿史くんはこの映画、見たことあるんだね」
    「だいぶ前に、やっぱりテレビで放送していた時に見たよ。最後のほうのシーンがとても印象的だったな」
    「そっか。楽しみだな」

     短いやりとりの合間に、テレビ画面ではCMが終わって映画が再開した。
     現代とは異なる撮影手法で撮られたために少し色あせた風景が映る。その中で、黒髪の少女が傘をさして街を歩いていた。御鷹たちと同じ年頃に見える。十代後半だろう。整った横顔は御鷹にも見覚えがあった。幾つもの映画で賞に名を刻んできた名優だ。
     名前は確か、扇原――…
     そこへがやがやとにぎやかな声と共に、食堂に何人かが入ってきた。

    「矢後! 敬! お前たち、もう少し協力する努力をしろ」
    「うっせーな。終わったことにぐだぐだ言ってんじゃねーよ」
    「あ、良輔! なんか夜食ない? 腹へっちゃった。」

     風呂あがりの部屋着で姿を見せたのは、つい先刻までパトロールに出ていた頼城、矢後、伊勢崎の三人だ。三十分ばかり前に帰還した時もにぎやかだったけれど、一息ついて気が緩んだのか、ますます騒がしい。
     一気ににぎやかになった室内で、佐海と霧谷が露骨に眉をひそめた。

    「ポットの横に寮母さんが作ってくれたおにぎりが置いてあるよ。っつーか、映画見てんだから静かにしろよな、伊勢崎」
    「紫暮、うるさい」

     一年生にぴしゃりと叱りつけられた伊勢崎と頼城が足を止める。
     その隙に矢後は一足早く、佐海が示した先に置いてあった皿に辿り着いた。ラップを剥がしておにぎりをひとつ掴み、それを持ったまま談話スペースの空きソファをひとつ占領して寝転がる。
     頼城のほうはテレビを見るなり「『青空と傘』か」と目を輝かせた。斎樹と霧谷のところへいそいそと近づいてくる。

    「柊は初めてだったか? 少し古い時代の話だが説明が必要であればこの俺が」
    「いらない。巡くんに聞く」
    「はは。俺の知識は頼城からの受け売りだがな」
    「巡も覚えていてくれているとは嬉しいぞ。これは何度見てもすばらしい名作だ」

     霧谷とは反対側の斎樹の隣に腰を下ろし、頼城は楽しげに目を細める。そうして眼差しをテレビ画面に向けたまま背後に手を伸ばし「寝ながら食べるな、不良」と矢後の頭をはたいたように見えたのは、きっと御鷹の気のせいだろう。
     矢後が身体を起こす前に、二人の間に割って入るようにおにぎりの皿を抱えた伊勢崎がソファに勢いよく座る。

    「勇成、もいっこ食う? 一人二個あるっぽい」
    「食う」
    「紫暮も食べる?」
    「いただこう」

     先程叱られたばかりだからか、抑えた声で言い交わしながらおにぎりを分け合う三年生を横目で確認してから、御鷹は意識をテレビに戻した。
     街中を歩いていた少女は、いつのまにか海にいた。傘を広げ、砂浜に足跡を刻みながらくるくると踊る。「このシーン、知ってる。見たことある」と呟く伊勢崎に「主題歌の映像でも使われているからな」と頼城が説明を始めた。
     画面の中でも少女が歌い出す。
     やわらかなアルトで紡がれる歌は、御鷹も知っているメロディだった。
     バラエティ番組で懐かしの名曲特集が組まれる時には、必ずといっていいほど聞く歌だ。伊勢崎が知っているのもそういった番組で見かけたからだろう。

    「これ、この映画の曲だったんだね」
    「俺も知ってる。こういうシーンだったんだなあ」
    「あの子はどうして晴れているのに傘をさしているのかな?」
    「おっと! 映画の核心をついてくるね、光希くん。それはね――」
    「ネタバレだったらぜってーやめろよ、北村」

     声を弾ませ、身を乗り出し、あるいは肘でつつき合いながら一年生たちが小声で言い交わす。
     ソファに座る面々の様子を伺うと、霧谷も眠気はとんだ様子でじっと画面に見入っていた。その傍らで、斎樹と頼城が何やら言い交わして笑っている。
     頼城はよほど気に入っている映画らしい。普段よりも表情が緩んでいる。あるいは無事にパトロールを終え、斎樹や霧谷といった身内とくつろいだひと時を過ごしているせいかもしれない。
     常日頃から颯爽と振る舞う頼城のそういう私的な部分を御鷹が垣間見るようになったのは、合宿施設で共に過ごす時間が増えてからだ。
     不良だらけの風雲児を束ねる総長と名高い矢後が実際は一日のほとんどを寝て過ごしていることも、伊勢崎が他校の佐海や霧谷に対して星乃の面々に向けるのとは違う一面を覗かせることも、御鷹は知らなかった。
     後ろを振り返れば、矢後と伊勢崎がそれぞれの食べるおにぎりの中身を見せ合っていた。映画に興味はないものの、見ている一年生たちの邪魔にならない程度に気遣って小声で言い交わしているらしい。
     ふふ、と思わず笑い声がこぼれる。
     傍らの透野が不思議そうに首をかしげた。

    「寿史くん?」

     面白いシーンだったろうか、と確認するようにテレビと御鷹を交互に見る透野に、御鷹は「違うよ。映画じゃなくて」と小さな声でささやいた。

    「……皆で映画を見ているのが、楽しいなって思ってね」
    「そっか。うん。それは僕も楽しいな」

     サイダーのグラスを大事そうに抱えたまま、透野が笑う。
     御鷹も頷き、ぬるくなったカフェオレを口に運んだ。

     映画自体は御鷹が生まれる前にヒットした映画だ。
     主演の少女はその後もたくさんの映画に出演して名優と謳われた。
     主題歌も懐かしのメロディとして親しまれている。
     そんな昔の映像を、映画の内容を、主題歌を、自分が知っていることに。そして透野のように今はじめてその映画を見る者がいることに。そうして今、皆でいっしょに同じテレビ越しにその映画を見ていることに。
     そうしたことに不意に新鮮な驚きを覚えて、なんとなく楽しくなったのだ。
     ヒーロー仲間の言葉を借りるのであれば、こういう時にドラマティックだと言うべきなのかもしれない。

     映画は、またシーンが切り替わっている。
     先程までひとりで歌っていた少女は今度は友人たちと一緒に言葉を交わしていた。それぞれの手には色とりどりの傘があり、少女が歌っていた歌を今度はみんなで――様々な音程を重ね合わせて美しいハーモニーを紡いでいく。
     歌いながら、少女たちが歩いていく。学校の校庭を横切り、街へ。そして海辺へ。

     もうすぐ、御鷹の記憶にも残っているラストシーンだ。
     そこだけは見逃すまいと、御鷹はテレビ画面を見つめた。
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