関口巽の手記(一)頭の中を虫が這っている。
四六時中、虫が葉を喰む音が鳴っている。
私の意識は海中にあるようだ。
外への視界は歪みくすんでいて、
外からの呼びかけは反響し雑音が酷くて
うまく聞きとれない。
あの夜。
ただ中禅寺に会いたくて、
気配を辿り、帰ってきた。
何があったのだと問われても
よく、わからなかった。
喰い散らかされた記憶は断片的で、
繋ぎあわせることすら難しい。
まっかな紅葉
まっかな空
まっかな 眼
彼女のものだ、彼女に遭った。
私と同じ、さびしいひとだった。
だから一緒になった。
今も一緒にいて、私を食べている。
私は食べられて構わない。
でも、中禅寺のこと、
榎さんのことは食べないで。
二人のことを忘れてしまいたくない。
お願いだから食べないでくれ。
ふたりのことだけは
まっかなめが私をみている
まっかな空
まっかなもみじ
まっかな おみず
ああ、のどがかわいたよ
ちゅうぜんじ
これじゃあだめなんだ
まっかな
まっかな おみずがのみたい