益田龍一の手記（一）探偵社に拝み屋が来たことを伝えると、
敦子さんは何かを確信したような表情で
そうですか、と言った。

それから先が難題だった。
あの拝み屋の出自に関わる事を聞き出そう
として煙に巻かれ、その上巧みな話術に自身
の精神まで揺すぶられてしまっただなんて
今思えば自分が未熟者なだけかもしれない。

どう伝えれば、あの男の危険性を示せるのか
ただ体験した事実を辿々しく報告し、
これ以上あの拝み屋と関わるのはよくない
かもしれないと、所感を述べるに止まった。

それでも熱心に聞き入っていた敦子さんは
ややあってもう一度、そうですかと言った後
「それでも彼と、ちゃんと会ってお話しをして
　何があったかはっきりさせなければ、ずっと
　決着がつけられないんです、だから」

寝室のドアが派手な音を響かせて、
バーテンの様な格好をした探偵が叫んだ。

「決着なんぞ、とうの昔についているぞ！」

づかづかと近づいてきた榎木津さんは、
慌てる僕を押しのけるように座ると

「彼処に、君の望むものはない。
　彼奴に会ったところで、望まぬものを
　突きつけられるだけだ」

ゾッとするほど冷めた目で、
敦子さんを見据える。
彼女もそれを強い視線で睨みつけた。

「やはり榎木津さんは、彼が
　兄さんだって、知っていたのですね」

確か、敦子さんのお兄さんは
幼い頃に亡くした筈ではなかったか。
しかし二人の睨み合いの圧が凄まじく、
口を挟めるような雰囲気ではなかった。

背中にじわりと嫌な汗を感じた頃。
探偵が大仰に頭を掻きながら、また叫んだ。

「ああ君たちは本当によく似た兄妹だ！
　執念深くて強情だ！そっくりだ！
　そんな顔をしていると仕舞いには
　彼奴みたいな顔になるぞ！やめなさい！！」

これには敦子さんも呆気にとられてポカンと
している、探偵はすっくと立ち上がると、
腕組みの仁王立ちで彼女を見下ろし。

「どうしても会いに行って話をすると
　いうのなら、僕も行こう」

と、言い放った。
思わず、敦子さんと目が合う。

「此奴や鳥ちゃんじゃ駄目だ、
　あてにならない。僕が一緒に行く。
　いいね、くれぐれも」

腰に手をやり、身を乗り出す。
自然と、彼女の顔に近づく。
声のトーンが低くなる。


「絶対に、一人で行くんじゃないぞ」


此方からは探偵の顔はみえない、
敦子さんの表情は凍りついていた。

探偵は「出掛ける！」とだけ言い残し、
薄手のロングコートを映画俳優のように
羽織って颯爽とドアの向こうに消えていった。


仕事が残っているから会社に戻ると
いう彼女をビルの入口まで送る。
何だかとても不甲斐なくて
役に立てなくてすみません、と謝罪した。

彼女は、此方こそ巻き込んでしまって
ごめんなさい。そう言って頭を下げた。
慌てた僕は、頭を上げた彼女と
近い距離で目が合ってしまった。


心配してくださってありがとうございます。
榎木津さんにも、お伝えください。


ああ、と思った。


この人は、一人で行くつもりなのだ。


何も声をかけられないまま、
背中を見送った。

胸騒ぎがする、放っておいてはいけない。
だけど、止められない。


何か、
大きなうねりの様なものに
呑み込まれるような。
そんな不安を抱えて、
僕は立ち尽くすしかなかったのだ。