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    はるしか

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    はるしか

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    ウツロマユパロディ、25年後編の榎さんの前日譚のようなもの。老榎さんは趣味で始めた事業があたったとかで探偵やめてもそれなりに忙しく、でも気儘に暮らしていたらいいな〜という妄想でかきました。

    老いたる榎木津礼二郎の手記(一)暫く日本を離れていた。


    気掛かりがあるから、日本を離れねば
    ならぬ仕事を避け続けてきたのだ。

    しかし、そのツケをどうしても
    払わなくてはならなくなり、それならば
    二度とそういった仕事が生ぜぬように、
    ついでにあれこれと面倒を済ましてきた。

    三年近くを費やした。
    帰国してすぐ、気掛かりの様子を見に行く。
    世間には居ない事になっている、
    世話の焼ける後輩二人である。


    勝手知ったるで表屋の横を通る際
    長年そこに暮らす少年信者、
    最早中年信者とすれ違った。

    その頭上に、よく見知った古臭い
    着物を纏った男が床に蹲るさまが
    浮かんだ。思わず、じっと見やる。

    「…京極、倒れたのか」

    ビクリと肩がゆれる。
    立ち止まるが、振り向かない。
    振り向けば応えねばならぬからだろう。
    中身のない男だ、昔からそうである。

    無視してさっさと庭を通り抜け、
    蔵から別邸へと向かう通路を抜ける。
    どうせ彼奴は、あの地下牢にいるのだ。


    予想に反して。
    その男はいつもの地下牢ではなく、
    別邸の所狭しと本が積まれてある
    黴臭い座敷に、芒と立っていた。

    「 京極 」

    まるで幽霊のように、芒としている。

    「 京極! 」

    静かに頭が揺れて
    ゆっくり振り返る。

    すっかり白髪になった頭。
    顔の皺も増えた、窶れている。
    何より、その眼に生気がない。

    「…ああ、榎さん、お久しぶり、ですね。
     関口なら、いつも通り、奥に…」

    「具合が悪いのか、倒れたのだろう」

    片眉が少しあがる。
    昔馴染みの仕草に、少し安堵する。

    「…頭痛が酷くてね、少し目眩がして
     ふらついただけですよ」

    目を逸らした先の本棚に
    メモ書きが沢山貼ってある。
    本棚だけに留まらず、あらゆる場所に
    メモ書きが挟まれてあった。

    「これは、なんだ」

    上手い字だか下手な字だかわからない
    独特な字体で綴られているメモには
    いつ誰に会ったとか、何処で会ったとか
    会話の内容なんかも書き連ねている。
    しかし、こんなものは三年前まで無かった。

    ややあって。
    観念したように小さく溜息をつくと
    目を逸らしたまま、死神の幽霊は喋りだした。

    「少し前から、頭痛による目眩の後は記憶が
     曖昧になるのです。忘れてはまずいものは
     書き留めておくようにしていて、」

    逸らした目をゆっくりと此方に向ける。
    かつての、他者を威圧し決して
    寄せつけなかった眼光は消え失せていた。
    旧友は、薄く嗤った。

    「しかし最近は、もう、みても思い出せない。
     書いたことすら、忘れている」

    「お前…」

    「まるで、誰かのように」

    地下にいるであろうもう一人の旧友。
    虫に記憶を食い散らかされ、
    異形の姿となり、不老不死となった男。

    「自分の事だから、わかるんですよ。
     彼はずっと僕の事を忘れなかったが
     僕はきっとこの病で呆気なく…
     彼の事を忘れてしまうでしょう」

    窶れた顔は青褪めても見えた。

    「その前に…そうなって、しまう前に」

    「おい、勝手に決めつけるんじゃない
     自分の事だからわかるって、
     お前は医者じゃないぞ!」
     

    言いながら、距離を詰める。
    本の隙間から、何処かから舞い込んだのか
    まだ青い紅葉がふうわりと飛んだ。

    「どうせまともに診て貰ってないのだろう。
     僕が病院を紹介してやる。
     医学は進歩しているのだ、
     脳の病だって治療すれば治る!」

    「ですが、僕は…」

    「僕が紹介するのだ、氏素性は探らせない。
     入院だの手術だのになったら猿の世話は
     僕がする、寮のときもしていただろう!
     それも忘れたのか!?」

    「…覚えていますよ」

    三年ぶりとは思えぬほど、
    老けこんだ拝み屋を睨み据える。
    いや、お互い老いたのだ。
    俗に言えば還暦前の爺である。

    たが、まだ此奴には負けない。
    此奴だって、僕に負けたくない筈だ。

    戸惑うような困った表情の中に、
    ほんの少し眼の奥に意地が灯った。

    「相変わらずだなぁ、あんたは。
     結構です、と言ったところで
     聞いちゃ呉れないんでしょう」

    「ふふん、当たり前だ。
     僕を誰だと思っている」

    「はぁ、それでは有難く
     御提案に従いますよ。ただ…」

    「ただ、なんだ?」


    「そろそろ…
     幸せな夢から醒めねばならない」




    あのときの台詞が妙に引っかかっている。
    あれから二ヶ月が経っていた。

    すぐに病院を手配し、検査を受けさせたのに
    検査結果について一切連絡を寄越さない。
    病院に聞けば結果は本人に送付済みだと言う、
    結果がでたら連絡しろとあれ程言ったのに。

    本当に世話の焼ける奴である。
    賢い癖に馬鹿である。
    昔からそうだ!
    大馬鹿者めが!!

    苛苛が募りに募り、
    夜半ではあるが、これから怒鳴り
    こんでやろうかと息巻いていた。
    そんな最悪のタイミングで、
    一本の電話が鳴った。


    「夜分に済まねぇな、礼二郎。
     お前と付き合いのある、拝み屋の件で
     聴きてえことがあんだよ」
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